第56話 鏡のおくすり~王都パレス~(7)
「マリィのスープは薄味だねぇ。なんで塩気がないの?」
「マリィ、十分に塩辛い。これ以上、塩を足さなくていい」
「あれぇ、王子様は世俗の塩味はお嫌いですかぁ?」
「黙れ、エルフ。ハイネス人は何でも塩をかけ過ぎだ。食材の味が無くなる」
私とお師匠の隠れ家は狭い。たった4人と1匹で満員御礼だった。
その部屋の中で、スープの塩味で論争している。王子のレイと、エルフのブラウン。
不味い、旨い、言いつつも2人は、私の料理をたくさん食べてくれる。
もうすぐパンが焼ける。
その匂いに鼻を膨らませるアルトは、すっかり元気だ。
アゼルさんが、桶でアルトの身体を洗っている。
先ほど、やんちゃな相棒は、泥沼に落ちて帰って来たので、ごつい手で洗濯されている。
アゼルさん、生臭い魚を釣って来たのは良い。
表面ヌメヌメでひょろ長いこの魚をどうするか、今なお、私は悩んでいる。
包丁で捌いたところで、たくさん骨がある。その上、塩をかなり振っても、沼地の臭いが強い。
ぶつ切りにして、スープに入れようとしたら、レイに止められた。
「そいつは不味いから食いたくない」と従兄は、はっきり言ったのだ。
正直に言われて、私も吹っ切れた。ようやく解放だ。
「この魚、謎! 止めた! パンとスープだけで良いや!」
私は魚を放置して、パンの焼き加減を見た。
魚の方、ブラウンが気を利かせてくれた。一方で、お節介を阻むレイは、正論だった。
「おれが食うよー」
「止めとけ。エルフの腹を治療すると、この国の薬は足りなくなる」
ブラウンが腹を下す前提だ。
優しく伝えられないレイは、いつものように毒舌王子だ。
それは、ブラウンの庇護欲を台無しにする。
罵声が廻るのを、私は恥ずかしくて、ため息が思わず出た。
口喧嘩している2人に、焼き立てのパンを届けた。そして、切り分けて、アゼルさんとアルトにも、パンを渡す。
みんな美味しそうな顔で食べてくれた。
私は安心した。上手く焼けたパンに助けられたようだ。
でも、食事はパン以外の料理が美味しく出来ない。それに、ヒト種以外の薬の調合技術は、まだまだ不安定だ。
半分の向上心と、もう半分の劣等感から、私の口が開いている。
「私の知識も技術も、全然よくないわ。これじゃあ、大切な人たちを本当に大事なときに守れるのか」
結局、王でなく、青年大臣に旅の内容を伝えて、私の1年間の旅は終わった。
王は未だに昏睡状態だ。寝所には、王妃が献身的についている。
元気に食事が出来るアルトと違い、王には解毒薬の量が足りなかった。
アゼルさんの持っていた解毒薬は、子供の量だったのだ。
冷静に考えれば、あの解毒薬はお師匠が準備した、私に対するものなのだ。
あの場で出来る限りのことはやった。
レイも、ブラウンも、アゼルさんも、会う人たちはみんな、私を励ましてくれた。
1人で落ち込んでいたら、たくさんの人が側で支えてくれた。
それに……。
私は服の内側から、銀のスプーンを両手に1本ずつ取り出した。
今、2本に増えたのだ。
アルビオンのビビ女王からの1本。そして、フランシス王妃エレンからの1本。
どちらのスプーンにも、私の顔は映った。意外と、落ち込んでいないし、晴れ晴れとした顔なのだ。
理由は分かっている。
身内と同じくらいに、『国家薬師』である王妃エレンに認められたからだ。
「魔法使いでなく、『国家薬師』を目指してみるかぁ……」
私、独り言のつもりだったけど。
ガタッ。椅子と身体が動いた音。
パンを食べ終えたみんなの顔が私に向いていた。
魔法使いは1人で、たくさんの人を救う。
同じ魔法使い1人で、たくさんの人の命を奪う。
光と闇を同時に抱えた存在、それが1人の魔法使いだ。
この期に及んでも、孤独な魔法使いに、私はなりたくなかった。
それに、あの事件後の大臣の言葉から思うことがあった。
「この場にいる皆さんのおかげですね」
私は命を守る側の1人で良い。あれ以上の結果は望まない。
現実に戻る。
秋は、優しく窓から光を注いでくれた。
恐らく、窓がある家では、貧富の差なく誰でも実感できる。
この感じが良いと、私は小さく笑った。
「この世界の出来事は、光と闇の合わせ鏡みたい。立ち向かうには小さい存在だけど、私は薬師マリィ。だから、それで良いでしょう」
光と闇の鏡の中では、小さい存在がいくらジタバタしたって何にもならない。
私に出来る分、1人の薬師として、小さい仕事を全力でする。
この仲間たちが一緒にいれば、大きい鏡の世界でも、私は生きていける気がするのだ。
【fin】
薬師マリィさんの小さな旅路 鬼容章 @achiral08
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