小話集

―結婚を断られた時のにいちゃんの心境―


 断られちゃったか~。

 ………………にいちゃんって呼んでって頼んだのは僕だし。

 最期までにいちゃんとして生きなきゃ駄目だよね。うん。

 よ~し!これからもいもうととして可愛がるぞー!




―慎司があかりを結婚対象としてみたきっかけ―


 高校のクラスメイトと昼食中である。

 クラスメイトは乙女思考の少年である。

 類は友を呼ぶである。


 彼女にするなら誰にする?

(……何で、あかりねえちゃんの顔が浮かんだんだ?まぁ、好きだけど。可愛がってもらってるしなー。可愛いってよく言うけど、俺よりそう言う時のねえちゃんの笑顔のほうがよっぽど可愛いんだよなー)


 彼女とどんな事してみたい?

(ねえちゃんと………と仮定して。ねえちゃんとしてみたいこと???いっつも格闘ゲームしてるけど。彼女……)


「やっぱり手を繋ぐことだよね」

 クラスメイトの田中君。


「外じゃ恥ずかしいし、やっぱり家の中、とか?」

 クラスメイトの林君。


「いやいや、家の中の方が恥ずかしくない?外でもカップルがいるところとか、その。暗い時間とかのほうが、周りに人がいるし、」

 クラスメイトの神田君。


「「「そんな勇気ないよね」」」

 尻すぼみになる三人。


(ねえちゃんと、手を繋い、だことは、小さい頃はあるけど、今は………俺が、可愛いっていって、手を繋い、だら、ねえちゃん。どんな顔、するか、な?喜んでくれる、か、な)


「「「権藤君、顔真っ赤だよ」」」

「……あ、かりねえちゃんのこと、ちょっと考え、てて」

「「「権藤君、可愛い」」」




―結婚を申し込む前。慎司が勇気を出してあかりに可愛いって言ってみた―


「ありがとうでも、慎司の方がこの世の誰よりも可愛いよ」

「……う、うん。ありがと」


 満面の笑顔のあかりにたじたじの慎司。




―結婚を申し込む前。慎司が勇気を出してあかりに可愛いって言って手を握った―


「……手が、私より大きく、こんなに厚く、逞しく、なって。うん。成長したね。うん。それでも、可愛い」

「……う、うん」


 嬉しいのか悲しいのか複雑そうな、それでも笑顔を浮かべるあかりに、可愛いと言っても喜んでくれない事に気落ちしながらも自分の手の中にすっぽり収まるあかりの手の小ささと柔らかさと温かさにドギマギする慎司。




―慎司はあかりになんとか喜んでほしくて、クラスメイトに可愛いと褒められた事を複雑な気持ちで話した―


「やっぱり慎司は世界一可愛いんだよ」

「……ぁりがと」


 満面の笑みを向けられて嬉しいから(はずなのにじゃないよ)目の前が霞む慎司。




―夏休み。慎司があかりを祭りに誘うと―


「格闘ゲームに勝ったらいいよ」


(これって遠まわしに断られてるのかな?)


 今の段階であかりに勝った事がない慎司はそう疑うもなんとか勝とうと奮闘する。が。


「おねえちゃんの私に勝とうなんて何百年早い」


(……笑顔見れたからいっか)




―夏休み。慎司があかりにどこかに行こうと提案すると―


「海月。いいよね。癒されるよね~」

 

 水族館。薄暗い照明は辺りを淡い水色にほのめかし、硝子張りの辺り一面には彩りを少し抑えられながらも鮮やかな魚介類が悠々自適に浮泳する中を歩き、他に比べると小さな円筒の水槽が十二設置してある海月がいるエリアに来た二人。

 下がる目尻、波を立てる口元、そんな幸福感いっぱいのあかりの笑顔に、ドギマギする慎司。逸らした目線は浮遊する一番小さな一匹の海月に。一つ、息を浅く吐いて、答えの分かっている質問をぶつけた。


 寝ても、覚めても、頭に浮かぶのは、考えるのはあねと慕っていた隣の人の事ばかり。

 したい。

 なってほしい。

 これは、


「にいちゃんの子ども、だから、ってのもあるけど、まぁ、赤ん坊の慎司に一目惚れ?したから、かな。だってもう、天使だよ。天使」


 予想した答え。


「血の繋がりはないしさ。なんでこんなに構うのかって、不思議、というか、嫌になる時がある、かも、さ。あー。わたし、こうって決めたらなかなかそれを変えられないから。もし、迷惑ならそういってくれたら、有難い」


 莫迦な結論。

 もしかしてこれで最後だと、思っている?

 きづいていない?

 ここ三か月、ずっと名前を呼んでいない事に。

 以前のように呼べないんだよ。


 浅く腹式呼吸。そして身体ごと向かい合う。


 ここでよかった。

 静かで、神秘的で、少し閉鎖的だけど寂しくなくて、呼吸のしやすいこの場所。

 荒波狂うこの心境も落ち着かせる。


「あかり」

「すき」

「けっこんして」


 いつからか、確実に待ち望んでいた反転する目線の高さ。

 いつだって、顔を真っ直ぐに向ける人。

 いつだって、心の拠り所にしていた人。


 あかりが口を開く前に、彼女の手を握って、イルカショーが行われる外界へと繋がる場所へと向かう。

 ああ、きっと。

 今は静かについて来ているあかりも、そこでこたえるのだろう。


(まぁ、諦める気はさらさらないけどね)


 太陽の光が近づくにつれて、気持ちもまた高揚していった。




―最後のプロポーズ?本編のその後―


 玄関前で抱き合った状態のまま、慎司はこれが最後になるだろうなと思いながら、精一杯の気持ちを込めた言葉を口にした。


「あかり。結婚して」

「……………」


(……あれ?イエスは?はいは?)


「あかり」

「……………」


(え?え?)


「あかり」

「会いたかった」


 あかりは喋り易いようにと、額を胸元に置いたまま僅かに距離を取った。


「会いたかったけど……」


 あかりは一つ大きく息を吐くと、慎司の腕を握って、ぐっと距離を取り、慎司を仰ぎ見てまくし立てた。


「まだ二年間あるし、その間にもしかしたら慎司にとって最良の人が見つかるかもしれないし、私の気持ちもねえちゃん部分の方がまだ大きいかもだし、会いたかったけど。顔見れて、嬉しいけど。気持ちがぐちゃぐちゃで………勝手だけど、ねえちゃんになろうって決めたの、すごく、すごく、私にとっては、変えようがない、想いで」


 気持ちが定まらないまま、このまま、流されるように。

 まだ、この子が十八歳だというのも、やっぱり、気にかかる。

 そうやってあれこれ考えれば考えるほど、足は止まって。

 時間はどんどん過ぎて行くのに。

 どんどん過ぎて行くからと、


 苦笑する。


 答えは出ているのに、こうやって、言い訳ばかりしているのは、一度決意した事を曲げたくないだけ。大事に、大事にしてきたその想いを、捨てたくなかっただけ。


 これまでの時間があったからこその育まれた想い。

 慎司は捨てようがないだろうけど、わたしはそれを捨てる。

 瞬間、幼いわたしが絶望を垣間見せる泣き顔を見せたけれど。

 捨てなければ、受け入れられない想いも、あるのだ。


「…あかり?」


 心配を露わにする口調に、小さく頭を振って、微笑を浮かべて。


「結婚、しよっか」


 ごめんと、心の中で呟いて、自分から慎司に抱きついた。




―結婚半年後―


 新居の居間にて。廃屋になった公共施設の処理や再生の計画の立案及び実行を国からの委託されているところに高校卒業後に就職した慎司は日本中を忙しく行き来している為に、せっかく買った新居へと帰ってもそう長くいる事はなく、今回は一週間であった。


 あかりはそれを誇らしいと思いはすれど、寂しいと思った事はなかったのだが。


「……セックス?」

「そう」

「……したいの」

「ああ」

「…そう」


 慎司から口にされないだろう行為の単語を耳に入れたあかりは、半ば放心状態になった。慎司はそれを拒否されたのだと取ってしまった。


「あかりが嫌なら「あー。そうじゃなくて」


 気落ちした慎司に、あかりは待ったを掛けた。


「そうじゃなくて。ただ、キス止まりの夫婦になるとばっかり思ってたから。嫌じゃなくて、意外だった。うん」


 あかりは気まずそうに頬を人差し指で掻きながら言葉を紡いだ。


「子ども、ほしいの?」

「言ったじゃん。全部したいって」

「あー。まぁ、そうなんだけど」


 不貞腐れて告げた慎司に、曖昧に頷くしかなかったあかり。

 どこかふんわりとした状態のままの夫婦生活を送って行くと思っていただけに、セックスと言う自分にとっては非現実的な問題に直面するとは露にも思っていなかったのだ。


(年齢的には、まぁ、今は高齢出産でもけっこう無事に産んでいる人もいるし。子ども。か……何でここで、目玉のでっかい宇宙人を浮かべたんだ?それだけ未知の領域ってことか……命を授かったら、ねえちゃんに訊けばいいし。一人で子育てするみたいなもんだけど、ねえちゃんいるし、かあさんたちもいるし………あー、でもセックス、か。いやだなー。何が嫌って、この裸見せるのがまず嫌だし。痛そうだし、痛そうだし、痛そうだし……一週間、毎日するつもりなのかな。いや、そうだよね。今度帰って来るの、三か月後だって言ってたし………ムリムリ。私だって仕事あるし。屍になってられないし)


「……今日と明日(金曜の夜と土曜)でお願いします」

「うん」


(心の準備もあるだろうからって今日言ったんだけど、まさか……今からする、とか)


 ご飯食べた。風呂入った。歯を磨いた。準備万端だ。あとは寝室へ行けば、


「……じゃあ、お願いします」

「おねがい、します」


 慎司は小さく頭を下げて、あかりの手を握って、あかりは握り返して、寝室へと向かったのであった。




――後日。寝室の寝台の上にて。


(からだいたい。どこもかしこもいたい。こえだしてないのに、かれてこえがでない。いーやーだーってこえだして手足じたばたさせたいのにできない)


 目の前には慎司の満足そうな寝顔。ああ、むかつく。必死だったくせに。ちょっとは寝苦しい顔して見ろっての。いや、それもむかつくけど。


「……恥ずかしがる時間なんてなかったね」


 初夜なのに、甘ったるい時間は皆無。兎に角必死。何するにも必死。

 全身が熱いし、涙腺は壊れたみたいに涙が絶えず流れて来るし。

 水分不足だわ、酸素不足だわ、激しく波打つはずの心臓もゆっくりしか動かなくて壊れたかと思った。ほんとに。


「……最後の方なんか、どっちもいやだとおねがいを繰り返してたような気がする……ほんと、よくやったよ」


 自分で自分を褒め称えたい。そして。


「……年上なのに経験皆無でごめん。みっともないとこばっかでごめん…………今日は抱きしめたままで寝るというのはどうでしょう?」

 

 目を覚ましたばかりの慎司にそう告げるや、慎司は苦笑して、顔を寄せ、あかりに口付けた。






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たけたけ -恋愛- 藤泉都理 @fujitori

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