たけたけ -恋愛-

藤泉都理

本編

 恋慕とか親愛とか友情とか家族愛とかそんなんしるか!

 好きな人の中で!

 好きがいちばんおっきいのが結婚したい人で!

 ほかが友達!

 血が繋がってたら問答無用で家族!


 ねえっ、

 あかりは!


 真っ赤な顔で息切れを起こして、それでも息を取り込むことなく苦しそうに言葉を吐き出す。

 天空からおちてくる雪が蒸発するんじゃないかって言うくらい熱量で。


 ただただ必死に。

 自分の想いをわたしに伝えようとして。

 変わる事を知らないその瞳で、言葉で、態度で。


 いつも、いつも。


 ごめん


 十七歳も年下の彼にこたえる。


 わたしはねえちゃんだから

 結婚はできない


 だけど、その時ばかりは言葉にはできなかった。




『結婚してほしいなぁ』


 ゆるい口調でそう申しこんで来た十四歳年上の男性に、


『にいちゃんだから無理』


 きっぱりはっきりそうこたえたら、そっかぁ、むりかぁと、にいちゃんはやっぱりゆるい口調でそう呟いた。


 にいちゃんと言っても、血の繋がりは無い近所に住む男性。

 母親同士が仲が良かったのが縁で、にいちゃんとわたしもよく顔を合わせてはよく遊んでいた。


 どうしてわたしに結婚願望を抱くようになったのかは、結婚を申し込まれてから十七年経った今でも不明なのだが。


 もっと不明なのが。


「あかり!結婚して!」

「ねえちゃんだから無理」


 にいちゃんの息子にまで結婚を申し込まれた事だ。



 にいちゃんのプロポーズを断ったからと言って、関係が気まずくなる事はなく、わたしたちは幼い頃のように、とまではいかないまでも、結構な頻度で会っては遊んだりしていた。

 だからにいちゃんが結婚して、にいちゃんのおよめさん、つまりはわたしにとってのおねえさんが子どもを産んでからも、しょっちゅう家を訪れた。

 ただ、目当てがにいちゃん、から、赤ん坊、慎司へと変わって行ってしまった。


 可愛い。その一言に尽きたのだ。

 目に入れても痛くない。まさにそれ。


 毎日毎日、新婚家庭にお邪魔しては、慎司に可愛い、可愛いと、言い続けた。


 高校を卒業して、大学も卒業して、就職してからも、訪れる回数は減っていった分、可愛いを連発しまくった。


 それがいけなかったのだろうか。


 さすがに慎司が高校生になった頃には、可愛いという一言が似合わなくはなっていたけれど、それでもやっぱりわたしには可愛い存在でしかなかったのだが。


「あかり」


 ねえちゃんからわたしの名前を呼び捨てするようになって、姉離れかと衝撃を受けたのも束の間。


「結婚してくれ」


 両親の遺伝子はどこに行ったのか疑問極まりない、精悍な顔つきでそう申しこんで来た。


 もしかして、にいちゃんのわたしへの結婚願望の遺伝子がねえちゃんを通じてパワーアップして慎司に乗り移ったのか。


 本気でそう思うくらい、慎司は執拗にわたしに結婚を申し込んできた。

 だけでは足りなくなったのか。


 勝手に家の中に潜り込んでは家事全般をして。

(気に入られようと無理した結果、迷惑な事になっている)


 勝手に風呂に入り込もうとしたらしいのだが鍵が開かずドアの前に座り込んで。

(冷水をかけて追い出しに成功した)


 勝手に寝台に入り込んでは添い寝しようとして。

(問答無用で足蹴りして部屋の外に転がした)


 仕事帰り。買い物。出掛ける。

 誰かに会う時はさすがに遠慮しているのか現れないが。

 わたしが一人の時は気が付けば慎司が隣に居る。

 ちょっとしたホラーだ。


「だからねえちゃんだからけっこんできないっていってんでしょうが!」


 あまりにしつこいので、一度切れた事がある。


「ねえちゃんじゃねえじゃん!」


 そしたら慎司も切れた。

 

 なんでわからないんだ!?


「わたしが慎司のねえちゃんと思って、慎司がわたしをねえちゃんと意思疎通した時点でわたしたちの間柄は姉弟になったの!姉弟は結婚できない!法律で決まってんの!アンダースタン!?」

「ねえちゃんって呼んだら、あかりが嬉しそうにしてたから呼んだだけだっつーの!!俺は一度もあかりを実の姉とか思った事はねえ!!」


 それはかなり衝撃的な告白で、地の底まで落ち込んだ。

 周りが真っ暗になって、悲しくなって、思い切り泣いた。

 慎司は何も言わなかったような気がする。

 それから、結構な時間が経ってこんなに泣いてんだから諦めてくれるかと思ったが。


「諦めて俺と結婚しろよ」


 溜息交じりにそう言われて、そっちこそ諦めろとバカスカ思い切り殴った。


「慎司は、私への家族愛を、恋愛感情と、勘違いしてんだっ、て」


 殴りながらなせいか。息も切れ切れにそう言ったらまた溜息。

 そして着火。冒頭の科白。

 極めつけに。


「この頭の固い分別ばばあ!!」


 罵っては、部屋から飛び出した。


「…わかってんじゃん。ばか」


 ねえちゃんと呼ばせてきたけれど、慎司を思う気持ちは孫を愛でる祖母のようなものだ。

 可愛くて、可愛くて、可愛くて、ひたすらに可愛くて。

 幸せになってほしくて。


「ばばあでいいし、別に」


 涙が流れる。

 ただ静かに。






「デートして」


 これで最後にするからと、口に出しては言わなかったけれど。

 これで最後なんだと、思った。

 にいちゃんの時のようにはいかない。

 変わってしまう。

 行きたくない。

 行きたくないのに、

 促される瞳のままに、身体が勝手に動き出す。



 さびれた公園の中央にきらびやかなクリスマスツリー。

 クリスマスから二日経っているせいか、元々人がそんなに訪れないせいか。全く人がいない。

 静かで寒くて、二人きりで。

 怖い。


「ねえちゃんで、何の不都合があるの?」




 凍りつきそうな心臓は、音を消して、存在だけを前面に押し出してくる。

 なんじゃく。

 もっと音を出してよ。




「全部したいから、ねえちゃんのままじゃ、困る」

「いっちゃん好きだから、お嫁さんにしたい」

「ねぇ、結婚してよ」






 音を消してよ。






「雪でも水になって残…らないか。蒸発するし。でも、蒸発したら雲ができて雨になって戻って来る?」


 首を傾げながら、山積みになっている紙の中から一枚取り出す。

 崩れ落ちたが今は無視。あとで片付ける。


「あいたいあいたいあいたい。ほんとに、ホラーだって」


 毎日毎日欠かさずに送られて来る手紙には、いつもたった一言。

 たいてい、あいたい。

 ほかは、ほにゃららしたい。


「にいちゃんを見習えっての」


 溜息。そして、手紙を箱に入れる。段ボールじゃなくて、ちょっと小奇麗なのに。




 四年間会わない、声もきかない。それでも結婚したいなら、してもいい。



 そう宣言して、今は中間時。


「四年後に一気に燃やそう。いや、途絶えた時点でそうしよう」


 自宅の前で燃やすの禁止らしいが、無視。

 夜に燃やそう。きっと真っ赤で綺麗だ。


「………呪いを植え付けんなよな。莫迦」


 あいたいあいたいあいたいあいたい。

 自分が書いたみたいになる。


「これは、絆されたって言うのか、はたまた、責任を取る、になるのか……まぁ、でも、諦める可能性もあるわけだしなー」


 ごろごろごろ。

 フローリングの床を転げ回る。

 にいちゃんの顔が浮かんで、ピタリと止まる。


「にいちゃんにも、こんなふうに迫られてたら、結婚したのかな」


 疑問は、直ぐに、否定の答えを出す。

 それから。



 それから、



「…………っ」


 部屋着で部屋を飛び出そうと、玄関の扉を開けたら―――。


「あーー。と。手紙、届けに来ただけで。いま、帰って来たばっかで。それなら、やっぱ、自分でじかにポストに入れたかっただけで、だから、」


 慎司は顔を逸らして、口を噤んで、手紙だけを前に突き出す。

 いらん、莫迦。ごみを増やすな。環境に悪い事すんじゃない。


 そう悪態を付くか、

 有り得ないけど、抱きつく、か、


 二択しか選択肢はないと思ったのに。

 慎司の姿を視認した瞬間、わたしのからだは動作を一切止めた。


 手紙も受け取らず、何も言わないわたしを疑問に思ったんだろう。

 おそるおそると、顔をわたしに向けると、何故か、瞳が落ちそうなくらい目を見開いたかと思えば、身体もわたしのほうに向けて、バッと勢いよく両手を広げて。

 これでもかっていうくらい、嬉しそうな顔をして。


「おいで」


 ホラーの定番の科白だとか、わたしはあんたより十七も年上だとか、とにかく、何でもいいから、悪態を付きたかったのに。

 動いたのは、口じゃなくて爪先で。


「……今日、全部していい?」

「できるか、莫迦」


 強く、強く、たくましい身体を抱きしめるわたしは、

 多分、慎司に負けないくらいに笑顔になっていたと思う。











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