第4話決意

 ラセツに意志を確認する為に楼に向かう途中、雨が激しくなっていった。傘も持ってなかったので、遊郭の近くの神社で雨宿りしていると、神和地区から警報が聞こえる。何事かと戸惑い、外の様子を見に人が出てきた。その群れからツユクサが顔を出した。大声で叫んでいるが、激しい雨音にかき消されていく。ツユクサはいいから来いというような仕草をして、神和地区の方向に走る。タイシャクもその後ろ姿を追った。神和地区に着いた頃、警報は止んでいた。

「タイシャク、大変な事になった」ツユクサは屯所の中に入り、雨で塗れた隊服も拭かずタイシャクに向きあった。

「シュリ様の意識がなくなった」ツユクサは動揺を隠せない様子だ。

「昼間、王宮の庭園を散策なさっている時は元気だったが、その後、意識を失われた。今も戻っていない」

「シュリ様のお子様のご様子は?」

「わからない、しかし流れる可能性も」

「団隊は流れる可能性も視野に入れているのか。事件性はないのか」

「俺もそう思っていた。事件性がある気がする。むしろ事件性がないという方が無茶だ」

「ラセツにこの件は伝えたのか」ツユクサはやや戸惑うように「シュリ様を殺す動機があるのは鬼しかいない、という判断で現在は団の牢に入れられてる」

タイシャクは牢に入れるように団長にラセツへの面会要請をした。団隊全体は鬼のラセツ寄りのタイシャクを快く思わない。しかし、センジュ団長が同伴であれば、という条件で面会を許可し、ようやくラセツに会えたのは深夜も回った頃だった。神和地区の鬼の収容施設は今は使われていないが、全ての牢屋の檻は鬼が恐れる「月光」と同じ成分でできている。昔、鬼を生け捕りに出来た時、対鬼戦闘用の実験体として大量に収容していたのだ。実験体にされた鬼は月光に何故弱いのかを主な研究材料にされ、神経構成、細胞構成をくまなく探すために切り刻まれる。特に鬼の脳と血液は当時貴重であり、民間人も鬼を乱獲し、鬼を高い金額で団隊と取引きしていたらしい。しかし、結局鬼が月光を恐れる理由は解明出来なかった。

ラセツは牢屋に鎖で括られていた。薄暗く、表情は読めないがタイシャクはその雰囲気から感じ取った。絶望している、と。

「おい、ラセツ」

「ははは、この鬼は捕獲時、抵抗もしなかった腰抜けだよ。果たして月守隊に必要なのか、今一度問いたいところだね」

「ラセツ、何か答えてくれ」

「おい、鬼、何か反応をしろよ」団隊所属の隊員がそう言って鎖に高圧電流を流した。ラセツは一瞬ビクリと動いたが、耐性があるのか、それ以上の反応は無い。

「ラセツがシュリ様を殺すとは思えません。第一、シュリ様はラセツの唯一の親族ですよ」タイシャクはあくまでも冷静にセンジュ団長に告げた。

「親族を殺すのも鬼畜生ならやりかねない。タイシャク隊長、鬼を信用するのも大概にするがいい。歴史がそう物語っているだろう。自害する時も子供を殺す親鬼が大量に存在していたというじゃないか。そういうのを鬼畜生っていうんだよ」

「自害は鬼の誇りからです。自分も選択に迫られたら、誇りを取り、自害します」

「随分とご立派な決意だなぁ、タイシャク隊長は」センジュ団長は鷹揚に笑った。

「ラセツ、だったかな、鬼の名は。君の母親が死んだのは君が今居る牢屋だ」なんでそんな場所に、とタイシャクは団隊の気色悪い趣味に辟易した。

「君の母親は最後まで人を憎み、恨み辛みを吐き続けて死んだ。鬼は永遠に、人を恨み続けるんだな。そしてお前もここで人を恨み続ける事になる」また鎖に電撃が走る。火花がジリジリと散り、先ほどより強い電流が流れたと悟った。もうここまでかもしれない。ラセツは釈明する気配も、気力もないようだ。鬼と人とが平等に暮らすなど、ただの幻想にすぎないのか。

「・・・んなわけないだろ」

「鬼が何か言っているぞ」

「母上が、人を恨み続けて死んだわけがないだろ!!」

ラセツは顔を上げていた。赤い眼が更に赤く光っている。鎖を簡単に引きちぎり、牢屋に放り投げた。今まで、ラセツは我慢していたのだ。なんなく鎖も、人も引きちぎれる力を、折られた誇りも、全て我慢して、飲み込んでいたのだろう。タイシャクは察した。鬼が暴れたら、全て元の木阿弥だ。また鬼が忌み嫌われ、歴史が繰り返される。ラセツはそれを初めから理解していたのだ。

「母上が最後に俺に言った言葉を、俺はたとえ100年経とうと忘れない!!人を恨まないで、俺の力を人に使えといった!!鬼の力が必ず必要とされると!!」そして牢屋の檻を捻じ曲げた。

「馬鹿な!この檻は月光で出来ているのだぞ!!」団長離れてください、抜刀の許可を、と騒ぐ隊員を押しのけて、ラセツはセンジュ団長に近づいた。

「俺は月守隊のラセツだ」

ラセツは左胸から月光が出現している。

「月守隊への忠誠を誓って、俺は人と共に鬼退治をする」

「団長、ラセツの釈放許可を!」

いいだろう、とセンジュ団長はラセツの赤い眼を見据えた。そしてタイシャクとラセツに告げる。

「人と鬼が共闘出来るのか、団隊は見届ける」








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異類戦記希望譚 猫田 エス @nekotaes

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