嫉妬の鏡

肥後妙子

鏡のからくり

 私は今日機嫌がよかった。なんといってもカッコイイ男の子を知る事ができたのだから。と言っても身近な存在じゃない。ヨーロッパのどこだかで、バレエダンサーとして修業中の人だ。どこの国だっけ。まあいいや。あとで検索すれば分かるでしょ。

 

 同級生の他の女の子達も、バレエダンサーの彼が国際コンクールで優秀賞を撮ったニュースを知っていて、その話で盛り上がった。真剣勝負をしている男はカッコイイものだと、私達は知ったのだ。昨日までは知らなかった価値観だ。男子たちはどう思ってたかって?そんなの知ったこっちゃない。なんか男子たちは無関心っぽかった。


 下校しかけの時、忘れ物に気が付いて教室に友達のコと戻ると、男子が二人、残ってお喋りしてた。何の話かは知らない。あの男のコを知ったからにはクラスの男子の存在なんてかすんしまったのだ。教室から出るときにちらっと男子生徒の方を見たけど、その時目の合った方の男子が、妙に強張った顔をしていた。

 ん?とちょっと変に思ったけど別にどうでもいいや。大方、女の子の品定めの話でもしてたんでしょ。それで当の女子が入ってきたから気まずいと。勝手にやって!


 私には真剣勝負に挑む男のコの存在があるから、そんなの関係ないもんね。


                 * * * 


 全くバカだよなと俺は思った。クラスの女子達の事だ。あいつら、昨日ニュースで同世代の日本人少年が国際的なバレエコンクールで優秀賞をとったと放送されたからって凄い凄いってきゃあきゃあ言ってやがる。

 

 俺もそのニュースを見たけど、優秀賞をとった奴は顔は地味で、バレエなんか全然似合わない感じだ。不細工でも運動神経に恵まれていれば、女はチヤホヤすんのか。全く、女は馬鹿だ。俺は女子たちを惨めな存在だと思い、気の合う同級生と哀れみの言葉を言い合っていた。

 

「あいつら、何にも考えてねえのな。あんな不細工がちょっと賞をとったからってあんな反応するなんてさ」

「まあ、そんなもんだろ。不細工でも肩書があれば騒がれるんだろ」

 そこにバレエ少年の事を話していた女子達のうちの二人が入ってきた。忘れ物でも取りに来たらしい。


 俺はてっきり反論されるのだと思った。しかし、女子二人は顔を見合わせるとくすくす笑いながら、さっさとノートを机から取るとさっさと教室から出て行った。その時、女子の一人と目が合った。俺の頭に血が上った。その目は言っていたからだ。

 

 貴方は他人の事をとやかく言えるだけの資格があるの?

 

 言葉で直接言われた訳じゃない。でも、確かにその目は雄弁に語っていた。

「貴方は他人の事をとやかく言えるだけの資格はあるの?」


 家に帰ってからもその言葉は追いかけて来て、頭の中でその問いはぐるぐる回り続けた。

 それは俺が心のどこかで、誰かに言われはしないかと恐れていた言葉だからだ。

 お陰でその日はなかなか眠れなかった。


                              終

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

嫉妬の鏡 肥後妙子 @higotaeko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ