第3話 飛竜と麻呂
「名誉の戦い」のために森林地帯へ訪れた武家大名一行は壊滅。
生き残ったのは大名マロと牧羊家キナの二名のみ。非戦闘員の牧羊家を守れるのは、腐っても侍大将のマロしかいない。
「アイエエエエエ!!娘から離れるのじゃああ!!!」
マロは今までの己に背を向けて逃げ出した。なけなしの勇気を振り絞り、強大な捕食者へ木刀を叩き込む。
「アイエエエ!!」
だが、飛竜は弱敵には見向きもせず不可思議な杖術を操る娘に夢中だった。
ポクッ ポクッ ポクッ ポクッ
マロが泣き喚きながら木魚めいた打撲音で木刀を乱打する。だが、そのダメージは微小。飛竜が意識を向けるまでもない。牧羊家は分身術の域にまで達した牧羊術で飛竜の攻撃を間一髪で回避していく。当たらなければどうということはないが、捕らえられるのは時間の問題だ。
「このバカマロ!逃げなさいッ!!」
「いやじゃ!アイエエエ!!」
ポクッ ポクッ ビシィッ ビシィッ
マロの木刀の響きが変化した。飛竜に対するダメージに至らない打撃だが、斬撃を目的としない
悪い予兆を感じた飛竜がマロに振り向いた瞬間、放たれた毒矢がただれた皮膚へ突き刺さる。再び牧羊家へ向けて身じろぎする飛竜、その背中へ木刀の一撃、飛竜はイラついて背後へ首をもたげるが、その背中へ今度は手裏剣が突き刺さる。
グォワアアアアアアンン!!
飛竜が苛立ち咆哮するが、もはや二人に恐怖はなかった。大名への噛みつきを牧羊家が逸らし、牧羊家への跳躍を大名のムカつく打撃が阻止する。最低の囮と最強の誘導が飛竜を雁字搦めに捕らえている。
「マロ、毒矢を!!」
「キイエエッ!!」
電光石火!マロが猿叫と共に叩き込んだ木刀は楔めいて毒矢を飛竜の皮膚下へ押し込む。激しい毒熱により飛竜が初めて悲鳴を上げた。
グォアッ!?
("致命の毒"が通った!)
明らかな体幹のブレ、巨体がゆっくりと後ずさりはじめる。キナは勝利を確信した。
◆◆◆
後ずさる飛竜の配送に私は一瞬だけ油断をする。勝機だ。牧羊術で誘導するまでもなく撃てる。私が杖を持ち替えて吹き矢を再装填する隙を飛竜は見逃さなかった。後ずさり姿勢のまま勢いよく後方へ跳び、大木の幹を蹴って反動で高く飛び上がる。飛竜の名の由来である、滑空鉤爪の奇襲だ。
グォアアアアア!!
空中にいる対象は牧羊による進路変更が不可能。
(……回避不能、牧羊術は間に合わない、即死だコレ、野生をなめてた、仙衛門、甚五郎さん、おじいちゃんゴメン……)
走馬灯を巡らせるキナの眼前に何者かが走りこむ。マロだ。武家大名は、侍の総大将は、木刀を両手で掲げ、威張った。
グォアアアアア!?
吹き飛んだのは飛竜の方だった。木刀によって滑空軌道を逸らされた大質量が巨木へ激突し、どうと倒れる。
侍の奥義「威張り」は、気を張り巡らせることによって瞬間的にあらゆる打撃、魔術、質量を弾き逸らすことを可能にする。マロは恐怖のあまり全身の冷汗が逆流しているが、精いっぱい虚勢を張った。
「汝、アッパレである!」
私は鼻水まみれで威張り続けるマロの顔を見て安堵し、ついに気を失った。
◆◆◆
我々は家路につくために仲間達の遺品を集めた。飛竜の尾、仙衛門の野太刀、甚五郎の手鉤、小姓たちの扇子を担ぎ、危険な森林地帯からの離脱を開始する。
帰路の道中、マロは口を固く結び何かに耐えているようだった。あれほど文句を言っていた荷担ぎを積極的に行い、足元の悪い場所では私を支えるほど献身的だった。やや展望が開け光が差し込む。荒れ街道は近い。
その時、背後から飛竜の鳴き声が聞こえてきた。
クォココココ
若飛竜が母の匂いを追って着いてきてしまったようだ。私が杖を振り上げ森へ誘導しようとするのをマロが制止した。
「こやつはまだ幼い。森へ帰しても他のオスに襲われるでおじゃる」
クォココ?
「よって、我が城へ連れ帰り、飼いならして乗騎とする」
かつて【
「マロの武勇と度量を国許へ見せてやりたい。頼めるか牧羊家、いや、牧竜家殿」
「よしなに」
「飛竜の子よ、お主の親はマロが討った。遺恨があらばマロをいつでも喰らえ」
森林地帯を抜け街道へ出る。二人と一頭の道連れに、いつの間にか美しい女性が加わっている。
キナは故郷で伝わる牧羊歌を唄う。
"All follow me ここだよ"
"All follow me 怖くしないから"
船への道程はまだ遠いが、武家大名の足取りに迷いはなかった。
『牧竜』 終わり
『牧竜』 お望月さん @ubmzh
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