第4話 少年は恋焦がれる

「さてと、ここなら良いかな。ちなみに今日からの君の部屋はここね。それと、ちょっと隠蔽しながら話そうか」

「あ、はい。あの、ちょっとお待ちください」



内緒話するには必需品の手のひらサイズの魔道具を握らされる。これで僕とシジル様の声は外に聞こえなくなる。


シジル様に案内されて入った部屋はパッと見、普通だ。ブラウンを基調とした落ち着いた雰囲気の部屋で、必要なものが必要なだけあるシンプルな部屋、でも、なにかチクリとした違和感がある。話をする前に綺麗にしておきたい。

細かいものがないから片付けずに拭き掃除と掃き掃除をして良いはずだ。シジル様に一言断りを入れてから部屋を一気に清掃すると、驚いたようにシジル様が目を丸くしていた。



「やるね、マリアンはあまり掃除が上手じゃないし、ちょうど良かった。悩むまでもなく、君はペトラの身の回りのお世話係だね」

「清掃しておかないと……。そのトラップ仕掛けられていると、僕だと即死するので」

「あぁ、なるほど。耐久性がないからこそだな。良い戦略だ」

「それで、あの、トラップ、そこにまとめました」

「いいね、最高だ」

「あの解除はできてないので、気をつけてください」

「おう、問題ない。ありがとう」



まとめられた魔道具たちを発動させないようにしながらも、興味深そうに見ているシジル様は不敵にニヤリと笑った。シジル様の場合、僕と違って防御力も高いからいくつかが発動したところでめんどくさいだけで大した効果はないのだろう。



「うん、この類の魔道具は発動すると消えるから痕跡消してないと思ったらビンゴだな。いくつか俺の方でもができそうだ」

「まだ荷入れをしていなければ、他のお部屋もやりますか?」

「おう、頼むわ」



掃除の傍らで、シジル様が説明をしてくださる。普通はこういうのは作業しながら話すようなことでもないが、効率的だからと進めていくシジル様には好感がもてる。



「知っての通り、ペトラ、ペトロネア殿下には敵が多い。国内の他の殿下はもちろんだが、ご存知の通りレイド王国からも狙われている」

「はい。存じております」

「とはいえ、飛んでくる魔法を一瞥しただけで投げ返すような殿下だ。そういう献身は求めてないし、俺たちを回復させるのに手間がかかるから、そういう類は求めてない。それにリンドラもマリアンも付いてる、護衛込の側近が何人かいるから、そういうのはあっちに任せておけ」



容易に想像ついた。殿下なら事も無げに済む攻撃が僕にだけ大ダメージになって、お手を煩わせてしまう未来が見えた気がした。

それに辺境伯令嬢のリンドラ様も、ベリアル家の嫡男のマリアン様も魔法だけでなく腕っ節も強いだろう。



「ペリに求めるのは、外交。特にエデターエル。

ソフィア様はたぶん諦めてない。ペリのことを同胞に近いと認識したようだから、何度もやってくるはずだ」

「は、はい」

「緊張しなくても、ソフィア様も天使。力を手に相手を傷つけるようなことはできない方だ。ペリ相手に天使の特性も使えないだろうし、うってつけだろ」



天使の特性、力のある人は天使を傷つけたくない尽くしたいと感じてしまうらしい。

ただ、逆に力のない僕みたいなやつ相手にはそれは発揮されない。魅了の力に靡かないのが大前提なら確かにそれは他の側近の方よりも僕の方が向いてそうだ。



「わかりました」

「あとは、今はマリアンがやっていた部屋の掃除関連かな。ペリがそれを受け持てば、マリアンは他のことができる」

「はい!頑張ります」

「よし、良い子だ」



シジル様は幼い子どもにするように僕の頭を撫でて褒めてくれた。見た目が子どもっぽいとはいえ、2.3歳しか離れていないのに。



「あと、最後は俺からの忠告。ペトラに一目惚れしたんだと思うが、やめとけ。ベリアル家に消されるぞ」



さあっと血の気が落ちる。遠くから見つめていただけなのに気が付かれていたなんて、やはり側近に選ばれる方は違うのだろう。



「ペリはわかりやすかったからなぁ。まあ、もうペトラも気がついてたし、ペリが惚れてる分にはいいんだけどさ。

あまり殿下に近付きすぎると、ベリアル家当主エリザベート様に手を回されると厄介だぞ。マリアンが正式に婚約者になるまでは名前では呼ばず、普通に殿下とお呼びしていた方が無難だ」

「ありがとうございます」

「それに……あいつは誰にも応えない。傷は浅い方が良い」



これまでそういった世界に無縁だった僕に対する優しい忠告だった。最後のシジル様の言葉はどこか深淵のような言葉の重みがあった。幼少期からの殿下の遊び相手も兼ねていたシジル様とマリアン様は色々なことを知って、そして、同じように傷ついてきたのかもしれない。


こうして、僕の得たばかりの小さな心はそっと胸の奥に仕舞われた。そうしていかないと、生き残ることができない。

折角、助けて貰ったのにそれを無為にするほどに愚かにはなれなかった。


僕から殿下の御名を呼ぶことは許されない。それでも、いつか信用されて、ペトロネア様とお呼びできる日が来るように。

シジル様に連れられて、パーティのあと、そのまま新学期の開幕式を行うという会場に戻る。


シャンデリアの灯りから得た輝きを放ちながら、歓談するペトロネア殿下がシジル様に気がついて、僕らに直答を許す。



「力及ばずながら、殿下に神々の祝福が与えられますよう尽力いたします」

「楽しみにしているよ」



そう言って、憧れの殿下は柔らかく微笑んだ。

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