第3話 少年は恋焦がれる

目の前の袖からふわりと薫る甘い花の香りに美しい方は匂いも素晴らしいのかと感動をしながら、ゆっくりと見上げる。予想はしていたけど、ペトロネア殿下を間近で見ると小心者な僕の心臓は動きを止めてしまいそうだ。



「お手を煩わせてしまい、申し訳ございません」

「マリアン、構わないよ。シジルからも連絡が来ていたからね。私も彼の入学前に掌握できていなかった」



頭上でなされる会話に目を白黒させてしまう。僕のちょっと変わった魔力が報告する必要があるなんて、知りもしなかった。


精霊一族には極たまに攻撃魔法・魔道に転化できない魔力を持つ者がいる。

実力主義かつ弱肉強食のフェーゲ王国で精霊の領地の外で生きていこうとしたら、長生きできないが、一族内で過ごしていれば元々荒事が得意でない領地というのもあって何も問題は起きない。

だから、学院に行かなければいけない期間だけ気をつけておけばなんとかなると思っていた。



「ペリ・シタン」

「は、はい!」



まさか僕の名前をそのお声で呼んでいただけるなんて!どもってしまうのも、声が裏返ってしまうのも、もう返事しちゃったからにはどうしようもないことだけど、ちょっとカッコ悪かった。



「君をわたしの側近候補とする。他の殿下から声掛けは貰ってないね?」

「はい!え、ええ?!」



反射で返事をしたけど、今有り得ない大出世の話を聞いた気がする。

第一王子の側近はそのうち王の側近になる。さらりと告げられた言葉に二の句が告げない、もちろん僕なんかの階級で否やを言えるはずもないから返事はどちらにしろ「はい」だけだけど。


なによりも遠くから見つめるだけでも胸が高鳴るほどの殿下の側に控えて、その仕事に携われるなんて、とても光栄だけど、僕に務まる気がしない。



「殿下、あまり戦えないものを側に置くのは私は賛同できません。エウロラよりも戦えませんよ」



マリアン様から告げられた事実に気持ちが落ち込む。比べられたエウロラ様は同じ精霊一族でも、僕の一族より格上の精霊で、エウロラ様はその中でも優秀と有名な才媛だ。僕と比べることすら烏滸がましい。



「マリアン、いつも心配ありがとう。でもね、私は弱肉強食だけではいつかフェーゲから神々の祝福が離れていくと考えている。

それに君はさっき力を当てられていたから気がついていると思うけど、あのソフィア嬢は強かだよ。放置していて精霊領を持っていかれては困るだろう?」

「そうですね」

「天使の力を持ちながら、自我があれだけ強い人は初めてみたよ」



くすくすと少女のように楽しげに笑う殿下は話していることはどうやって国を護るかという壮大な話なのに、そのような重さは微塵も感じられない。



「ああ、シジル。ご苦労さま、全員無事に転移できた?」

「転移の方は問題ない……が、問題はこっちで起きてたみたいだな」

「彼はペリ・シタン、今さっき私の側近に召し上げた。シジルに任せて良い?」

「かしこまりました」



経緯もなにも聞いていないのに、即諾したシジル様を思わずまじまじと見てしまう。アスダモイ家のことは噂には聞いていたけど、すごい。



「守は私から与えましょう」

「そうだね、属性が近い方が守りやすいだろう。マリアン、いま渡せる?」

「問題ありません。水の神ハーヤエルよ、我が力を糧に守を与えたまえ」



少し唇に指を当てて考えられていたマリアン様は幾重にも巻いていたネックレスのうちの一つ、小さな青い宝石のついたネックレスを外して、守を与えられた。

それをそのまま僕の首にかけて、カチリと音がした。外せない魔法も付けたみたいだ。構わないけど、子どもじゃないし、無くしたりはしないよ……。と少しだけ反論したい。



「あ、あの、ありがとうございます」

「ペトロネア様のご判断ですから」



お礼すらすげなく断られた。実力で側近に選ばれたマリアン様からしたら庇護するための側近だなんて許せないだろう。側にいる許可をいただいて、舞い上がっていた気持ちが地面に降りてくる。


一体、僕になにができるというのか……。


どんどん暗澹たる気持ちになってくる。精霊領でも僕の扱いを持て余されているのにどうしたら良いのだろう。勉学に励んで精霊領内の塾の先生にでもなろうと思っていたのに。



「じゃあ、ペトラ。式までペリを借りていても?」

「シジル、殿下に対する言葉遣いがなっていない」

「マリアンは相変わらず硬すぎるよ、本人が良いって言ってんだからさ」



言い争いをはじめた2人を横目に気にしないことにしたらしい殿下は僕と真っ直ぐに視線を合わせて、話しはじめる。

柔らかく細められたエメラルドグリーンの瞳がその思慮深さを示すように深い色を映して淡く輝く。


嗚呼!この瞬間だけを切り取ることができたなら、僕はこの空間で永遠に幸福を感じていられるのに。



「もちろんいいよ、シジル。

ペリ、先ほどのソフィア様は本気だった。国事に巻き込んで申し訳ないけど、君を普通の学生として扱うことはできない。できることで問題ないから、側近として仕えてほしい」

「あ、あまりできることはありませんが、誠心誠意頑張ります!」

「大丈夫、君は良い力を持っている。期待しているよ」



誰にも認められなかった力に期待していると殿下に言って貰えた。今後の説明等や部屋割の変更のためにシジル様に着いていきながらも、ずっとその部分がリフレインされてどうにかなってしまいそうだった。

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