第2話 少年は恋焦がれる
学院の歓迎パーティは圧巻だった。兄弟の多い家に生まれて、それも同世代の何人目かよく分からないぐらいになってくると王城で開かれる交流会にも参加できない。
シャンデリアが灯りを放ち、磨かれたタイルが輝いている。食べ物も見たことのない異国料理から、見慣れたフルーツまであらゆるものが用意されていて、気後れしてしまう。
兄のお下がりの服ゆえに少し袖が余る。その袖先を指で触れながら、壁際をそろそろと移動する。
「え?なんでこんな子どもがいるの?」
「やめとけ、どっかの賓客の連れだったら俺らの首が飛ぶ」
「あ、あぁ、確かに」
「それに、黒いマントだ。どちらにしろフェーゲには関わるな」
僕のことを言っていそうな彼らに気が付かないフリをして、横目でそっと確認する。白いマント、レイド王国の学生だ。怖い人間の国の人たち。僕の方こそ関わりたくない。
じわじわと離れようと画策していると、突如、誰かに抱きしめられた。豊かな波打つ金色の髪が緑のマントの上を流れている。
「我が同胞!と思ったら人違いかなぁ?」
唐突な抱擁の割に力が強くない。離れてから見上げると、興味津々で僕を見ている少女がいた。金色の髪に青い瞳、それに何より魔力の質が似ている気がする。
「え、えーと、精霊系シタン一族のペリです」
「なるほど!同胞ではないけど、かなり近しいね!会えて嬉しいよ!私はエデターエルのソフィア・ヘルビム!」
え?エデターエル?言われて思わずもう一度、姿を確認してしまうが、美しい金の髪に、頭の上には薄らと天使の輪、背中には真っ白な翼がある。紛うことなき、天使だ。
天使は儚くて美しくて、触れてはならない神の遣いと聞いていたけど、ま、まあそうだよね、個体差があるに違いない。精霊にも攻撃的なやつと、伝統的な支援特化なやつといるわけだし。
天使と精霊はその特性も見た目も近い、彼女が僕を同胞と間違える程度には特徴が似ている。
エデターエルはそもそも天使の数が少ないこともあって、同年代に数名居れば良い方だ。彼女が同胞を見つけたと思って喜ぶのも納得する。
「ソフィア様とお近付きになれて光栄です」
「私も光栄だよ!ペリ君、ただ精霊にしては性質が私たちに近いね、フェーゲで苦しくない?なんなら……」
「ごきげんよう、ソフィア様。時の神クィリスエルのお導きにより邂逅がなされました。変わらず光の神バルドゥエルの御加護がお厚いようですね」
ソフィア様がなにか言いかけていたが、途中でマリアン様が割って入ってきた。
マリアン様がお話されるということは、ソフィア様はもしかしなくてもエデターエル直系のご令嬢?!とても親しみやすい空気だったために流されそうになったが、王女様なのか!
割って入られても特に不愉快さは感じていないのか、それとも天使の特徴か、にこやかにソフィア様は返礼された。
頭上で繰り広げられる貴族的な会話を聞きながら、ソフィア様は同胞だと思ったから僕に気安い対応で来てくれたのだと理解した。マリアン様に一歩も引かずに対応している。
階級的に二人の会話に割って入ることは許されないし、注目を集めているからここから離れたいものの、ソフィア様ががっちり僕の手を握っている。力は強くないからやろうと思えば振り解けそうだけど、天使の王女様を害してしまうことになったら大事だ。じっとしていよう。
「でも、この子は!そうだなぁ、私がここで風と土の神に奏上するって言ったら?」
不穏な言葉が聞こえた。風と土の神は夫婦神、天使がその二神に奏上するというのは婚約または結婚を意味する。
って、ちょっと待って!!確かに僕は木っ端貴族で、婚約者も候補もいないけど、エデターエルに行くなんて予定にないよ!それに、エデターエルに行ってしまったらあのお方の姿を拝見することすら許されない。
「闇の眷属モルーピエラの祝福が降りているようですね」
「いいよ、話しにくいでしょう?他の天使にはダメだけど、私はもう少し直截な物言いが好きだよ」
「シタン一族の族長の許可は得ていますか?」
「ヘルビムの申し出を跳ね除けるほどの力があるのかい?弱肉強食のフェーゲで、戦う力を持たない精霊がどう扱われているのか、私は知っているよ。そしてこの子はかなり私たちに近いと言ったはずだ」
ソフィア様はこのままフェーゲにいたら僕が死んでしまうからエデターエルにおいでと言ってくれている。今どきの精霊にしては珍しく全く戦えない魔力を持つのに気がついたらしい。
「フェーゲ王国で軍神リッカエルの加護を持たないものがどうなるか、わたくしは最も近しい一族を減らしてしまうことに闇の神に誘われてしまいそうです。エデターエルなら風の神シナッツエルのように守護することができましょう」
またもや唐突にソフィア様は僕の手を握っていない方の袖で、顔を半分覆う。泣いてはいないけど、泣きたいぐらい悲しい気持ちになってしまいますわという表現だ。
それを天使がすると、魅了の力が強い。至近距離で受けているマリアン様も、膝をついたりはしないもののさすがに少し辛そうに眉を寄せている。
「それでは、私が彼の水の神になりましょう。これでご安心なされましたでしょうか?」
水の神は庇護して導く神または執務の神、この場合だと戦う力のないものも庇護すると言う意味だ。
そして、僕の目の前で広げられた袖は見覚えのある袖で、現実味がなさすぎてかの方の声がすぐ後ろから聞こえることに意識が遠のきそうだ。
「まあ、ペトロネア様なら私も安心できますわ。ただ、彼が望むならエデターエルはいつでも手を取ることをお忘れないようお願いいたしますね?」
そう言い切るとソフィア様は先ほどまでのマリアン様との苛烈な言い合いが嘘のように淑やかで儚そうな天使の姿になり、緑のマントの他の天使たちのところへ合流していった。
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