ただ、永遠を誓いたいだけ

七味とうがらし

ただ、永遠を誓いたいだけ

いつもは誰一人いない筈の公園で、女の人が座っていた。

まだ20代くらいだろうか、大きな荷物を持っている。

ボーッとしていて、全く動かない。

いや、見ていないうちに動いた可能性もあるか。

だが、雨が降りだしたのに動かないので、さすがに心配になってきた。

彼女は、誰かに似ているのだ。

似ている人の顔も性格も思い出せないが、何かが似ている。

だから、ほっておけなくて急いで部屋を飛び出した。

窓からだと近く見えるのに、案外遠かった。


「あの、大丈夫ですか?」


よく見ると服がボロボロで、凄く痩せていた。


「うん、大丈夫。私、今退院してきたばかりなの。でも、片っ端から連絡しても、皆繋がらなくて。」


まるで子供のようだ。

知らない人に、ぺらぺらと個人情報を話しては危ないだろうに。

すると間髪いれずに話し出した。


「私ね、誰かを忘れちゃったんだって。だから、その人を探してるの。私のこと、知ってる人を探しているの。」


彼女は、その事で入院していたのだろうか。

心配で、気付けば口が勝手に動いていた。


「そう、良かったら、家に来ますか?雨が降っている間だけでも。後一時間ほどで日が落ちますし。」


なんとなく、助けてあげたかった。

ただ、それだけ。

これが僕たちの出会い。



「あなたは、どなた?」

「僕?僕は、元 結誠(はじめゆうせい)。」


なんとなく、敬語はやめた。

きっと彼女の方が年下だし、彼女はタメ口だし、敬語を続けるのも変だったからだ。

彼女は少し顔をしかめて頷いた。


「そっか、うん、そうなのね。私は希。名字は、分からないの。だから、希って呼んで。」

「私、さっきも言ったけど人を探しているの。私の家は、もっと遠くにあるみたいで、知り合いが一人もいないの。お金は、何故かたくさんあるわ。」

「そう。その探している人は、ここらへんに住んでいるの?」

「ううん、分かんない。手掛かりはほとんどないから。記憶を辿るしかないかな。」


何も言えなかった。

これから、どうやって生きていくのか分からないだろうに、まるで感じさせないように明るいのだ。


「え、どうしたの?」


やっぱりほっておけない。

このまま分かれると、彼女がいつか死んでしまいそうで、消えてしまいそうだった。

何も分からずに、不安な筈なのに。

これは彼女の元からの性格なのだ、多分。


「良かったら、これからしばらく、ここにいて良いよ。記憶喪失なんて、大変だろうし。」

「え、良いの?ありがとう。でも悪いし、出きる限り思い出せるように努力してみる。数ヶ所、デジャヴな場所があるから、行ってみたりして。」


断られずに良かった。

彼女がこんな性格じゃなく、もっと疑り深かったらまるで変態扱いだろう。

その程度の常識はわきまえている。

本当、良かった。



それから二人で、色々なところへ行った。

少しでも手がかりがあればそこへ行って、少しでも既視感があれば、その辺りを歩いてみる。

その繰り返す日々の中で、僕は彼女に親近感を抱いた。

彼女の話すことが、まるで僕にもあったように感じるのだ。

ずっと昔からの友のような気がしてならなかった。



あるとき、彼女は帰りたいと泣いた。

それは土地じゃなくて、ずっと言っていた人の隣で、僕にはどうしようもないことで。

自分まで泣きそうになるのだ。

記憶さえ戻れば、僕はいらないと言われているようで。

ずっとずっと、苦しい。

僕はずっとずっと、どこかで溺れて続けている。



「 ね、忘れちゃうってことは、それほど大事じゃなかったんだよ。無理に思い出さなくても、良いんじゃない?ゆっくり、思い出せば。」


僕はポロリとそうこぼした。

僕はただ、忘れた彼に負けているのが悔しくて、そう言っただけだった。

同じ土俵に立つことすらできず、悔しかった。

しかし、それはあまりにも無神経すぎた。


「駄目、それじゃ駄目なの。やめて、そんなこと、言わないで!ひどいよ。軽く、言わないで。大事な、大事な人だから。」


ひどく取り乱して、ぼろぼろ大粒の涙を流す。

そりゃそうだろう。

本気で困っているのに、軽くこんなことを言われては。

自分は馬鹿だ。


「嫌だ、私、大事だったの。その人が私の全てだった。色々なことを忘れちゃったの。だから、絶対、思い出さなきゃ駄目なの。」


まるで小さい子どものようだった。

謝りたくても、今さら遅い。

遅すぎる。


「嫌だ、やだ、やだ、嫌だ。思い出したいの。でも、何にも思い出せない。手掛かりを知れば知るほど、分からないの。」


「…ごめん。ごめんね。ただ、苦しむのが辛くて、それだけだから。僕は記憶を思い出すのを諦めたから。だから、そう言っただけ。」


「諦める?なに、言ってるの。」


これはただの僕の行動だ。

希とは違う。

正面から向き合おうとしている希とは全く違う。

でも、それでも苦しそうで、つい溢してしまった。


「僕も、僕も本当は記憶ないんだ。君と同じように。でも、何とかスマホとかで、自分を知ってここで暮らしている。」


そうだ。僕も僕を何も知らない。

知ったことも、違うかもしれない。

そんな、揃わない不良品のパズルみたいな人間。


「歳も、誕生日も、分からないんだ。でももう5年程たつから、そこまで困らない、し。」


「待って。待って。あなたもなの?」


うんと頷く前に、希が早口で話す。

それでは全く違うじゃないかと言いたげだった。


「え、結誠?ゆうせい? 」


呪文のように、ぶつぶつとつぶやく。


「知ってるわ。私、あなたを知っている。」



思い出しかけた記憶を辿る。

けして切れないよう、ゆっくり、丁寧に。

そう、確かに私達は知り合いだったのだ。

深い深い。

元結誠。

誠。まこと、まこと。

まこと。

そうだ。


「思い出した、」


「私達、ただの知り合いじゃない。」





「むすめさんと結婚させてください。」


緊張する。

もう、三度目だ。

また、断られるのだろうか。


「何度も言うが、君とは結婚させられない。希はまだ大学生だ。それに、君の年収で本当に養えるのか?」


やはり断られた。

お父さんは私のことを愛してるからこそそう言うのだ。

知っている。それでも許せなかった。

私の幸せに誠くんは不可欠なのに。


どうしても一緒になりたい。

誠君の親にも断られた。

私が子供を生めない体質だからだ。

どちらにも断られて、もうどうすれば良いのだろう。


最近では、お互いがぶつかることも多い。

些細なことでも、イライラしてしまう。

誠くんは優しい。

でも、それがムカつくのだ。

親の反対を押しきってでも結婚したいと言って欲しかった。

だから、勝手に大学をやめて、誠くんに言った。


「ねぇ、誠くん。どうするつもりなの?もう、このままだと結婚なんて出来ないよ。」


誠くんは何も言わない。

黙って聞いていた。


「もう私、大学やめたから。一緒に遠くへ行こう。誰も知らないところへ。それか、もう一生会わないで。」


まるで脅しだ。

無理やり責任をとらせて、最低だ。

分かっていても、頭が追い付かない。

無言が続き、ようやく誠くんは口を開いた。


「分かった、駆け落ちしよう。」


それだけだったけど、とても嬉しくて、その瞬間のために生きていたのかとまで思った。


荷物をまとめる。

持って動けるくらいの、少ない荷物。

あまり読まない本も、二人で買った椅子も机も、全て置いていく。

もうここにいるのは今日が最後なのだ。

実感がわかないが、何だかしんみりとする。

そう、例えるならば知らない人のお葬式に出ているみたいな。

夢心地で、切なくて、色々な混沌の中。

どうして生きていくなんて、考えていない。

その時の幸せだけを思って、二人で飛び出すのだ。



全てを置いて、バスへのる。

縁も、財も、日常の全てをその場に置いて。

捨てたものがどうなるかなんて知らずに、考えずに。

もう取り戻せないけれど、明るい未来を信じて。

揺られ続けたのだ。


最後の思い出は、大きな骨ばった手。

その時、少しばかり大きな地震が起きて、落石が酷くて道から落ちた。

こわくて手を繋いで。

助かりたくて、小さな奇跡を信じて。

今まで何も思ってなかった神や仏を心に描いて。

あのときの恐怖が私達から記憶を消したんだった。



やっと全てを思い出した。

私は、小林希だ。

そして、元結誠(はじめゆうせい)。

私は元結 誠だと間違えて、誠くんと呼んでいた。

それが邪魔して、ずっと思い出せなかった。

私は今まで知り合いだと気付けなかった。


でも、今さらどうしよう。

何故あそこまで徹底的に切ってしまったのだろう。

一つでも、たった一つでも残っていればそれで良かったのだ。

誠くんも、思い出せずに諦める選択肢をとらなくてすんだのだ。


「希?」


ぼろぼろ涙が溢れる。

誠くんは、戸惑いつつも涙を拭いてくれた。

記憶など関係なくて、誠くんはいつまでもこういう人だ。

その事実にひどく悲しくなる。


「少しだけ、分かった。私のことも、あなたのことも。でも、もう戻れないみたい。」

「?うん。そっか。」

「私のせいだったから、全部謝る。全部に謝る。ごめん。ごめんね。」



なぜ、こんなことを言い出したのか、鈍感な誠くんは気付かない。

おかしなことを言っているようにしか思わないだろう。

それでも、どうしても謝りたかった。

人生を台無しにしてしまったことを。

こんな私に捕まってしまったことを。


優しい誠くんなら笑って許してくれることも、私は知っているから。

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