幽霊失格
@smile_cheese
幽霊失格
私の趣味は観察である。
しかも、人間観察ではなく幽霊の観察だ。
幽霊が見えるサングラスを発明したあの日から、幽霊観察は私の日課になっている。
しかし、そんな私が幽霊以上に観察したいと思える人間がこの世にたった一人だけ存在する。
私の親友であり、小説家でもある『上村ひなの』だ。
私が言うのもなんだが、ひなのはとにかく変わっている。
人には好きな小説は何かと聞くくせに、自分の一番好きな小説のタイトルが思い出せないらしい。
小説家としてそれはどうなんだとは思うが、本人はあまり気にしてはいないようだ。
そんなひなのが書いた小説がとある有名なコンクールで賞を取った。
テレビのニュースでそのことを知った私はひなのに電話を掛けた。
まるで自分のことのように大喜びしていた私に反して、ひなのの声はどこか元気がなかった。
すると、ひなのはおかしなことを言い出した。
「あの小説を書いた記憶がないの」
筆跡は確かに自分のものだが、書いていたときの記憶がすっぽりと抜け落ちていて、いつのまにか小説が完成していたらしい。
ひなのは不思議に感じながらもコンクールの締め切りが近づいていたこともあり、そのまま小説を提出したのだと言う。
「それだけ書くことに没頭していたってことなんじゃない?」
「けど、こんなことは初めてで。本当は私じゃない誰かが書いたんじゃないのかなって思うの」
「誰かって、誰よ。ひなの、一人暮らしでしょ?」
「それでね、茉莉ちゃんに相談があるの。前に幽霊が見えるって言ってたでしょ?私の家、調べてくれないかな?」
ひなのは寝ている間に幽霊が小説を書いたのではないかと思っているらしい。
本当にそんなことが起こりえるのだろうか。
とにもかくにも、私はひなのの家へと足を運び、幽霊が居ないかを調べることにした。
しかし、いくら探しても幽霊などはどこにも見当たらなかった。
やはり小説はひなのが書いたものではないかと伝えたのだが、ひなのは納得がいっていないようで、怖いから今日は泊まっていって欲しいと頼み込んできた。
特に予定があったわけではない私はもう少しこの家で観察を続けてみることにした。
「その小説さ、読んでみてもいい?」
私はひなのから小説の原稿を受け取った。
『恋に焦がれた夜』
タイトルから察するにどうやら恋愛小説のようだ。
苦手なジャンルではあったが、読み進めていくうちに私はどんどん小説の世界に引き込まれていった。
しかし、全て読み終えた後で私は少し違和感を覚えた。
「ひなの、この小説のタイトルはなぜ『恋に焦がれた夜』にしたの?」
「それも覚えてなくて…」
「確かにこれは恋愛小説だったわ。けど、私ならこんなタイトルは付けない」
「どうして?」
「夜の描写が少なすぎるのよ」
この小説で夜の描写が出てきたのはわずか数回だった。
それも、ストーリーの主軸とはあまり直結しない場面ばかりだ。
本当にひなのが書いていないにしても、作者はどうしてこのタイトルにしたのだろうか。
「ねえ、茉莉ちゃん。これってタイトルが先に浮かんだのかな?それとも、タイトルは後から付けたものなのかな?」
「さあ、どうだろう。私は小説家じゃないからよく分からないけど。順番なんて、どっちが先でも…」
その時、私はあることに気づいてしまった。
「順番が…違う?」
なるほど、そういうことか。
ひなのは間違ってなどいなかったのだ。
『恋に焦がれた夜』
『こいにこがれたよる』
『こ い に こ か ゛ れ た よ る』
『た ゛ れ か こ こ に い る よ』
『だれかここにいるよ』
『誰かここに居るよ』
これはアナグラムだ。
この小説はひなのが書いたものではなかった。
作者はひなのの言った通り幽霊だったのだ。
けれど、幽霊がこの世の物体に触れることなど出来るはずがない。
となれば考えられることは一つだ。
「ひなの、あんた憑りつかれてるわね」
「え?」
「出てきなさい、幽霊さん。私とお話ししましょうよ」
すると、ひなのの意識が一瞬飛んだように見えた。
『よく分かったわね。あなた、霊媒師?』
「私はただの天才科学者よ」
どおりでいくら探しても見つからないわけだ。
この幽霊は最初からずっとひなのに憑りついていたのだから。
「どうしてこんなことしたの?」
『私も小説家だったの。けど、コンクールに応募するための原稿を持って外に出た後で交通事故にあって…』
「それで、ひなのの体を使って小説を書いてみようと思ったのね」
『賞を取るなんて思ってもみなかった。この子には悪いことしたわね。私はただ、もう一度小説が書きたかっただけなのよ。幽霊失格よね』
「文字通りゴーストライターだったってわけね。ひなのがこの事を知ったら賞を辞退するかもしれないわ」
『それならそれで構わない。私の小説を読んでくれた人がいる。それだけでもう十分なのだから。それに…』
「それに?」
『この子はきっと全て気づいているわ。だって、この小説のタイトルを付けたのは私ではなく、この子なんだから』
「つまり、ひなのは気づいていて、それでもこの小説をコンクールに送ったって言うの?」
『もしかしたら、私がこの世に残してきた未練を晴らそうとしてくれたのかもしれないわね。だから、あとのことはこの子が決めてくれて構わない。私はもう逝かなければ』
そう言うと、幽霊はそれ以上何も口にしなくなった。
そして、ひなのの意識は再び元に戻っていた。
「茉莉ちゃん、ありがとう。もう調べなくても大丈夫だよ」
ひなのは全てを理解しているような口調だった。
本人がそう言っているのだから、これ以上深入りするのは止めておこう。
ひなのならきっと、いつか自分一人の力で賞を取ることが出来るだろう。
だって、私たちは天才なのだから。
「ねえ、茉莉ちゃん。私ね、一番好きな小説のタイトルを思い出したんだけど、知りたい?」
「教えてよ。あんた、また忘れるといけないから」
「そのタイトルはね、私が初めて最後まで書き上げた小説なの。ずっと忘れていたけど、なぜか今になって思い出したの」
それは、ひなのが高校生のときに書いた小説だと言う。
タイトルは…
『 初 恋 』
上村ひなの
完。
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