3話 とりあえず、前進

「ねぇ、大丈夫? 」


 彼女の2度目の問いかけで、ようやく意識がハッキリしてくる。きっとさっきまで彼女の瞳には血の気が引いた俺の顔が映っていたことだろう。とりあえず俺は「あぁ」と生返事をして彼女の手を借りようやく立ち上がる。


「私、ソフィア! お兄さん、ずいぶん変わった洋服を着ているね。どこの人? 」


 ソフィアと名乗る少女は質問という今、俺が1番したい行為をしてくる。どこの人? いや、そもそも俺はここがどこなのか聞きたいのだが。しかし、聞かれたことに答えないのも失礼だと思い素直に答える。ソフィアは外国人っぽいし何人かを答えたほうがいいのか?


「えっと、日本人だけど」

「ニホン? 」


 どうやらピンときていないようで彼女は視線を落とし、記憶を探っている。その服装やさっきの獣からわかっていたが、ここは俺がさっきまでいたような現代日本じゃないのか?とりあえず、こちらも質問をぶつけてみる。


「えっと、変な質問して悪いけどここはどこかな? 」

「え? ジーラスの森……だけど? 」


 やはり、聞いたことのないような名前が返ってきた。そんな名前のところほぼ確実に日本ではないだろう。俺は、何に巻き込まれたのか余計にわからなくなっていく。


「んー、よくわからないけど戦うのが苦手ならここは危険だよ。私の家に行く? 」


 家? ここらへんに住んでいるのか? 正直信じられないような話だが……。その時、視界の端で“黒い何か”が動いた気がして再び全身に寒気が走る。とにかくこの森が危険なのは事実だ。また、あんなやつに襲われたら今度こそ助からない。ここは素直に。


「あ、ああ! 頼む、連れてってくれ! 」

「オッケー、オッケー! 着いてきて!」


 俺が村に行くことを決めたとたん気難しい顔から一変、先ほどの様な笑顔が戻り元気な足取りで俺を先導する。どうやら、コロコロと表情が変わる明るい子の様だ。初めてあった人が友好的な人で良かった。


「ここらへんってああいう獣が良く現れるの?」

「んー、あそこまで大きいのは珍しいかなー? 可愛いのはたくさんいるけどね」


 ここに来た瞬間その珍しいのに直面したのか、俺は。でも、頼りになる女の子に出会えたのは幸運だ。そう安心したとき、ある“おかしいこと”に気が付く。


「……そういえば、俺たち会話できているよね? 」

「うん? そうだね? 」


 俺の突然の問いに彼女はその意図が分かりかねているようだ。でも、“おかしい“。


「俺たちが話している言葉って“日本語”だよね? 」


 日本語で会話をしているなら日本を知っているはずだ。さっきの日本を知らないようなリアクションはおかしい。そんな疑問に、ソフィアはさらに困惑したように答える。


「いや、私たちが話しているのって“アラン語”だよ」


 ――――― 一瞬、思考がフリーズする。アラン? 聞いたことのない名称を聞くのは2度目だが、これはさっきとは訳が違う。今まで自分が使っていた言語の名称が違うと否定されたのだ。


「い、いやいや! そんな訳ないよ! だって、そんな」


 あぁ!混乱してろくに反論ができない自分がもどかしい! とりあえず、しゃべりながら自分の口の動きを確認してみたが間違いなく話している言葉通りに動いている。無意識に知らない言語を話しているわけではない。


 そんな狼狽している俺を落ち着かせたのは、2つの瞳だった。ただただ、俺を見つめる瞳があることに気づいたとたん急上昇した体温がそれに吸われていくような錯覚を覚える。落ち着け、落ち着け。ここで慌ててソフィアに詰め寄っても意味がないだろ。


「い、いや。なんでもない。……ごめん。」

「ううん。気にしてないけど……」


 あぁ、やってしまった。空気を最悪に……


「あっ! そういえばお兄さん名前は?」


 そんな空気を壊すように再び元気な声で質問を振られる。まずい、まだ名乗ってなかったか。


「えっと、九郎……だよ」

「クロウ兄ちゃんか。かっこいい名前だね!」


 名前でまた突っ込まれないか不安になったが、イントネーションによっては外国人の名前でも違和感がないおかげかそんな心配は杞憂に終わった。


 そこからは、完全にソフィアのペースだった。さっきは、空気を悪くしたと感じたが、そんなことは全然なかった。どうやらソフィアはおしゃべりが好きなようで父親の話や最近の狩りの話をし続けた。それによると、ソフィアの父親は薬草から薬を作る研究をしているらしく、材料の調達が楽なためこんな森の近くに住んでいるらしい。ソフィアは、その仕事の手伝いで森にいたようだ。


 また、1時間ほど歩けばここからたくさんの人が集まる”リアズム”という都市にも行けるらしい。都市まで徒歩1時間とは不便すぎないか、というツッコミが喉元まで出かかったがなんとか抑え15分ほど聞き役に徹した。そうしていると


「ほら、あそこだよ!」


 と、ソフィアが大げさに指を指す。その指された先を注目すると、確かに人が生活しているような家や畑が見えた。だがその家は、ところどころ汚れており築何年か問いたくなるようなものであった。家に帰れるのがよっぽど嬉しいのか、軽く小走りになるソフィアの前では決して言えないが。


 ペースアップしたソフィアに合わせ歩を進めていく。一体、ソフィアの父親とはどんな人なのだろうか。そんな期待と不安が僕を焦らせる。どんな人か気になる理由は明確だ。未だに自分に何が起こったのか分かっていないからにつきる。ここはどこなのか? なぜ、俺なのか? 元の場所に帰れるのか? そんな疑問の答えを求めて俺の歩みはさらに、さらに速くなる。

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黒白の復讐譚 @saiou_uma

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