2話 重なる笑顔

 浮遊感、そんなものを感じたのはほんの一瞬だった。次に俺が知覚したのはさっきまでの山と違う爽やかな草の香りだった。


 何故そんな香りが?疑問が頭の中に浮き出ると同時に俺は目をあけていた。そうすると、視界に入ったのは今までいたところとは違う場所だった。木々があるという点では同じだが、その木はまさに新緑といったようなものでありみずみずしさにあふれていた。


「……どこだ?……ここ?……」


 思わずそんな疑問が口をつく。あたりを見回してみるが、まるで見たことない場所だ。病院だったら突然倒れたとか推測ができるが、なぜ俺がこんなところにいるのか想像すらできない。


 しかし、ただ立ち尽くしても状況は好転しないだろう。そう感じた俺はとりあえず歩こうと1歩を踏み出したその時だった。


「……グルルルル」


 突如、そんな声が背後から聞こえた。まさか、そんな筈がない。あまりにも想像していなかった出来事で、全身に鳥肌が立つ。しかし、まず確認だ。確かめなければどうすればよいかもわからない。そう自分に言い聞かせ背後にいる何かを視認するため、ゆっくりと視線と動かしていく。


 そうすると、唸り声の主が3mほど離れたところにいた狼であることが分かった。いや、狼といったが似ているのは体格だけだ。足先から頭頂部までの大きさは2mほどあり、何よりも口から鋭利な牙を覗かせながらよだれを垂らしている。


 そんな、腹を空かせているのか? ど、どうする? 走って逃げる? いや、刺激したら追いかけてくるか? しかし、腹を空かせているならどっちにしても襲われる?


「グルルルル……ガァッ!」 


 そんな悠長に考えることを許すほどの弱肉強食で生きてきた生き物は甘くなかった。全速力で駆け出し腹を満たすため迫ってくる。


「……っ!」


 それに対して俺はあまりの恐怖でその場で尻もちをついてしまう。逃げなければ。頭ではわかっているが、体が震えて動かない。もう終わりだ。そう思ったときだった。


「加速(アクセル)……やあぁぁぁ!」


 その声が聞こえた瞬間、突風が俺の顔を煽り獣が俺の視界から消える。いや、違う。あまりにも一瞬の出来事だったが何となく見えた。獣は人に首元を何かで刺され高速で左に吹っ飛んだ。


 視線を左に移すと、瀕死となった獣と右手にゲームで見るような剣を持った腰まで届くほどの長い金髪の少女がいた。年齢はまだ小学生のように見えた。ふぅ、と一息ついておりまるで毎日行っているストレッチ終わりの様だ。白い服についた返り血を見なければとても獣を殺した直後には見えないだろう。


 その少女は剣を背中の鞘に納めながらこちらに軽やかに歩み寄り、屈託のない笑顔で話しかける。


「大丈夫? 」


 その笑顔は遠い記憶の中に眠る芽衣に似ている気がした。

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