黒白の復讐譚
@saiou_uma
1章 安寧の終わり
1話 悪魔が紡ぐは憎悪の夢物語
「はぁ、……はぁ、……はぁ」
暗闇の中で自分の荒い息だけが聞こえる。この洞窟の奥底にあるのは自分が殺めた死体と剣を握り血まみれで佇む自分だけだ。
ついに、やったのだ。
俺は、その実感を目の前のほんのさっきまで生きていた人間を見つめて徐々に感じ始める。俺は今までずっと崖際で踏みとどまっていた。だが、ついにその一歩を踏み出し底の見えない暗闇へと落ちたのだ。今更、崖に手を伸ばしても決して戻れない。だけど、後悔は無い。こうしなければ今頃死んでいたのは自分であった。そして、何よりもこれは俺が為そうとしていることの「予行練習」の様なものだからだ。これからの「本命」に備えて慣れておかなければ。
そう心の整理をつけていたところ背後から足音が響いてきた。瞬時に振り返り剣を構えながら、こちらに向かっているのは誰なのか確かめるため暗闇を凝視する。そして現れたのは、女性であった。左腕に巻かれた黒い布のようなもの、背中にある純白の剣、肩より少し長い程度の銀髪。間違いない。相手は自身の「仲間」だ。それを確認した瞬間、安心して剣を下げ背中の鞘に納める。
その女性は後ろの死体を一瞥したのち近くに粗雑に捨てられた俺の黒い布のようなものを拾い、目の前に膝をついて黒い右腕にそれを巻く。慣れた手つきで素早く作業をしながら
「大丈夫か」
と、俺を心配してくる。心配しているのが、体か心かまたはその両方かわからない。だが、なんであろうと俺の答えは1つだ。息を整えながら、しかしできる限り力強く答える
「もちろんだ。俺はこんなところで止まれない。俺の目的は赤の仮面を殺すことだからな。」
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「春眠暁を覚えず」と昔の詩人は言ったらしい。意味は確か「春の夜は眠り心地が良いから朝になっても気づかず寝てしまう」だったか。まぁ、この人の言いたいことは分からなくはない。だが、本当に眠り心地が良いのは決して夜なんかではない。昼なのだ。心地よい陽気の日に日向ぼっこしながらする昼寝こそ至高であると、俺は言いたい。特に俺は、おじいちゃん先生の授業を子守唄にしながら眠るのが1番好きだ。まさに今のように、6時間目の数学の高橋先生の授業なんか絶好の昼寝日和だ。
「じゃあ、ここを……21日だから、出席番号21番、高藤。解いてみなさい」
……そして、その眠りを邪魔されるのが1番嫌いだ。
「じゃあ、今日はここまで」
先生のその言葉を合図に委員長が号令をかけ授業が終わる。まったく、出席番号で生徒を当てるなんて馬鹿げている。それだと、32番以降の生徒に当たらないことに気づいてないのか。そんな不満を心に秘めながら、教室の掃除を適当に済ます。そして、たいして中身のない帰りのホームルームが終わりいよいよ解放の時間だ。スクールバッグを肩に背負い帰ろうとしたところ、
「おーい、九郎! ゲーセン行こうぜー!」
と、異様に明るい声に呼び止められる。この声は顔を見なくても分かる。1年のころから友達の恭司だな。いつもだったら、誘いに乗るのだが
「悪い、今日用事があるから」
申し訳ないが今日ばっかりは許してくれ、と内心思いながら誘いを断る。そもそも、あいつ中3で受験なのに大丈夫なのか。まぁ、授業中に居眠りをする俺の言えたことではないが。そんな心配をしながら足早に校門を出て、下校する。俺は部活もやってないし他の人たちよりも早く家に帰ることになる。
だが、今日は途中でいつもの道から外れ小さな山に入る。別に突然ハイキングしたくなったわけじゃない。ただ、思い出と後悔に浸るだけだ。
誰も手入れしていないため、育ち放題な草をかき分け目的地を目指して進んでいく。その場所は別に遠いわけじゃないため5分とかからず到着した。
その目的地というのは、一見ただの廃屋だ。だが、俺とあいつにとっては。妹の芽衣にとっては特別な「秘密基地」だ。小学生の時に見つけた俺たちだけの秘密基地。ここで毎日遊んだのをよく覚えている。「あの日」までは。
4月21日。その日は、芽衣の命日だ。あれは、5年前。俺は10歳。芽衣は8歳の時だった。死因は交通事故。2人で遊んだその帰り道。ちょっと自販機でジュースを買うために目を離した一瞬のことだった。何か珍しい虫でも見つけたのか分からないが、芽衣は突然道路に飛び出てトラックに轢かれた。今でも病院で両親が大声を上げ泣く姿は鮮明に覚えている。俺のせいだ。幼いながらに自責の念に駆られたが、両親は俺を責めるようなことを一言も言わなかった。
だが、むしろそれが俺の心を締め付けた。怒鳴ってくれたらどれだけ楽だろう。いや、むしろ楽になってはいけないのかもしれない。これは、罰だ。これからずっと俺は後悔して苦しむ。そんな気さえした。
そして芽衣の一周忌。俺は、芽衣に会いたくなりこの秘密基地に来た。別にここに来たところで会えないのはわかっていた。だが、秘密基地という思い出に会えるだけでも当時の俺には良かったのだ。そして、いざここに来ると感情の波が心の内から湧き出しそれは涙となって頬と伝った。懐かしさ、哀情、後悔。そんな思いが様々な情景とともに溢れてくる。ここに来ることが辛くもあったが、それだと、いつかこの感情を忘れてしまいそうで怖くなった。それ以来妹の命日になるとこの秘密基地、もとい廃屋に来るのがすっかり習慣になってしまった。
さらに、3年前。俺が小学校6年生の時に父親まで失踪した。理由や消えた場所のめぼしは今でもまるでついていない。今では、俺と母親の二人暮らしだ。ある程度貯金もあり元々共働きであったが、母さんにかかる心労などの負担はこれまでと比べてあまりにも大きかったはずだ。それを思うと感謝してもしきれない。
様々な追憶のせいで歪んだ視界を元に戻すため瞼を閉じ袖で両目をこする。そして、再び目を開けた時猛烈な違和感に襲われた。
「あれ……腕、光ってないか……? 」
最初は、太陽の光かと思った。だが、もう時間は夕暮れだ。そして何より、照らされているのではなく俺自身が光っている様に見える。
「っ! どういうことだ……!」
驚愕していると、光っているのは腕だけではないことに気づく。足も胴体も髪の毛も光っている。これは何だ! 病院に行ったほうが良いのか! そもそも病気なのか、これは!
混乱して見当違いなことを考えているのが自分でもわかる。だが、こんな状況で冷静になんてなれるか。
何かできることはないかと、腕を振り抵抗するがそれを嘲笑うように無視して光はどんどん強くなっていく。
「だ、誰か……助け……!」
そう叫ぼうとしたが叶わず、俺の視界は光に包まれあまりの眩しさに目を瞑った時、体が宙に浮いたような感覚を覚えた。
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