第6話 玉木を救え その1

 江戸城、桜沢の詰め所では切一が吉安(殿)に大奥の出来事を報告していました。

「殿、大奥で玉木がデンデンの幽霊と寝たそうです」

「そう、確かそんな幽霊の話しもあったような……」

 と、吉安はあまり興味なさそうにいいました。

「それで、翌朝、こともあろうに公方様が、あの玉木に嘘の呪いの話しを吹き込んだんですよ」

 と、切一は報告をつづけました。

「嘘の呪いの話しとは?」

「それが、チンコを切り落として出家しないと、一ヶ月以内に呪い殺されるという、恐ろしい話で――」

 吉安は「はっ」とひらめくものがありました。

「その話、つかえる」

「つかえると、いいますと?」

 切一は意味が解らなくて、ききかえしました。

「わしがムチられた事を忘れさせるのよ。お主の解決方法の二にあったではないか」

(二.こんなことはすぐに忘れさせるぐらいの大事件をおこす)

 吉安はそういうとニヤリと笑いました。

「殿、そうですね。頭が切れますね」

 切一はそういってうなずきました。

「その呪いの話、尾ひれはひれつけて、市中に噂にして広げるのじゃ」

 と、吉安は切一に命じましたが、切一は少々問題があることに気づきました。

「殿、公方様以外の者が大奥に出入りしていることが、公になってはまずいんじゃありませんか」

「そうだな、デンデンを城内をさまよっている幽霊にすればどうだ。そして、玉木が幽霊とは気づかずに、隠れて手籠めにして呪われたとか。うーん、なんか必然性にかけるな。でもまあいいか、何種類かの噂をながしてぼかしてしまえばいいだろう」

 と、吉安はいい、なにか決め手がたりないように思っていました。

「じゃ、私の方で適当に何種類か作っておきます」

「じゃ、このこと、そちに頼んだ。あと、与一をここへ」

 と、吉安は切一に命じました。

「はは、ただちに!」


 与一は切一と入れ替わりにやってきました。

「与一、お主は公方様の身代わりで、ときどき大奥へいくそうじゃが、デンデンの話しは知っているか」

 と、吉安は与一にたずねました。

「はい、知っていますよ。僕はいつもデンデン様を指名しますから」

 と、与一は何気なく大変な事をさらりと答えました。

「なに! デンデンは幽霊ぞ。お主、それを知っていて幽霊と寝ているのか?」

 吉安は目ん玉が飛び出るぐらい驚いていました。

「寝ているだなんて、殿は変な事を想像しますね。僕はただ会話を楽しんでいるだけですよ。会話だけしてそのまま寝るだけです。それに、デンデン様は幽霊なんかじゃありません。ちゃんと足ついていますよ」

 与一は、なんで殿がそんなに驚いているのかわからないでいいました。

 そんな、与一の返答を聞いて、吉安はおかしくなり、目が黒丸になりいいました。

「じゃあ、なんで、美人の女を指名しないの?」

 与一も目が黒丸になりいいました。

「だって、大奥の美人の女のひと、とても怖そうだもん。刺客や密偵もいるというし」

「それにしても、デンデンはないんじゃないのか?」

「いや、デンデン様なら安心感があるんです」

「…… ――えーい、お主と話をしていると、こっちまでおかしくなってしまうわ――」

 いつも、吉保は与一と会話をするとペースがおかしくなっていしまうのでした。

 

 そんなところへ、公方様がやってきました。

「ヤス、ヤスはいるかー」

「はい、吉安ならここに」

 公方様は玉木のことで相談に来たのでした。

「ヤス、大変な事になった。もう、ヤスの耳にも入っていると思うが、デンデンの呪いのことじゃ」

「はい、聞きおよんでおります。それが、何か?」

「それでな、余が玉木を大奥に招待した手前、そんな呪いてやつが死んだり、チンコ切られたりしたらかわいそうで、枕を高くして寝られんのじゃ。なんとかならんのかのう」

 吉保は不思議そうな顔をしていいました。

「そのことは、みな、嘘の作り話のはずでは?」

「誰がそんな事いったのじゃ?」

「く、公方様」

「アホたれ、、お主は、そんなとこまで密偵しているのか。あれは、嘘。あそこで、女坊主に嘘といわなかったら、大奥幽霊屋敷物語になり、大変な事になるではないか」

 と、公方様はいいました。

「じゃ、玉木にも嘘をつけばよかったんじゃないですか?」

 と、吉保はききました。

「嘘をついても良かったなもしれんが、そのまま知らないで呪い殺されるのも忍びない。ならば真実を話しておく方がまだいいわ。あと、玉木には関係ないのでいわなかったが、下手にこのことに関わると、デンデンの呪いがそのものにもふりかかってくるんじゃ」

 そう、公方様のがいうと、吉安はぎくりとしました。というのも、ついさっき切一に呪いの噂を拡散するよう命じたばかりでした。

「下手にかかわるとは、どんなことでしょうか?」

 と、吉安は恐る恐るききました。

「そう、噂を広めたり、瓦版に書いたりしたものたちだな。奴らはも同じように、変死したり、行方不明になったり、気が狂ったりしたみたいじゃ。まあ、なにかに利用するとがよくないんだろうな」

 と、公方様は静かにいいました。

 吉安はスーと、背筋が寒くなりました。

(あー、どうしよう。玉木と同じになってしまう……)

「殿、どうかしたんですか? 顔色が悪いですよ」

 と、与一はいいました。

 与一は公方様と吉安のやりとりを聞いていても、何のことだかさっぱりわかりませんでした。

「……」

 吉保は放心状態でした。

「ところで、公方様、玉木がチンコ切られるってどういうことですか?」

 と、与一は公方様にききました。

 そんな、へんてこな質問に公方様はなんて答えていいかわからなくなり、目が黒丸になっていいました。

「それは、女を断つということじゃ」

 と、公方様は変な事をいってしまいました。

「へー、チンコ切って女を断つんですか?」

 与一は真面目な顔で言いました。

 公方様は、放心状態の吉保と、ぼけている与一をみて、これ以上ここにいても仕方ないと思い、立ち去る事にしました。

「ヤス、また、あとで」


 女医の由香は玉木を連れて、神社にきていました。

 そこは、藩邸から一番近い神社でした。

「玉、とりうえず、除霊をするのよ。そうすれば簡単に解決よ」

 と、由香は参道を歩きながらいいました。しかし、心は、通りの団子や草餅、焼きせんべいなどの誘惑に負けそうでした。

「無理するなよ、付き合ってあげるから、食べてからいけばいいじゃねえか」

 と、玉木らしくないことをいいました。

(こいつ、こんなにやさしかった? まあ、いいか欲望のままで)

「じゃ、この草餅」

 由香は、草餅のつぎは、天狗焼き、しょうゆせんべい、つぎから次へとほうばりました。

「あんまり、口にもの詰め込んじゃ、喉つまらしちまうぜ。お茶飲みながらゆっくり食べようぜ」

「何、いってるの、私は医者よ。そんなことわかりきってるわ」

「違いねえ」

(いつもの、玉と違う。いじりがない。逆にかわいそう……)

 

 お腹がいっぱいになったら、いよいよ神社でお祓いすることとなりました。

「かしこみかしこみ――この早風玉木にとりついているデンデンという霊をはらいたまえー」

 と、神様に祈祷した途端

 神主が振っているお祓い棒が「ボキッ」と、音をたてて突然折れてしまいました。

「な、なんと!」

 神主が唖然としていると、デンデンの霊が現れました。

「そんなんで、追い払えると思っているのかい。笑えるねえ」

 と、いってスーと消えました。

「玉、いまのは何?」

 由香は棒が折れて、雰囲気が変わったことだけはわかりましたが、霊は見えていませんでした。

「デ、デンデン」

 玉木は腰を抜かしていました。

「あの霊の除霊は、む、無理だ――」

 神主には見えていたらしく、そういって腰を抜かしていました。


 次に訪れたのは、江戸で一番のお寺でした。万金寺といいました。みるからに豪華絢爛で高僧が住職をしていそうなお寺でした。

「玉、そう落ち込まなてい。除霊が駄目なら供養だよ。こんどは高僧にたのんでみるからなんとかなるよ」

 と、由香は玉木を慰めました。


「ほう、このお布施で、デンデンの霊を供養しろと――」

 と、万金和尚はお布施を手に持ち重さを量っているようでした。そしていいました。

「無理だね。デンデンの霊はとても強いらしい。それに、玉木とやらチンコを切るか、狂い死ぬかのどちからだというじゃないか。そんな、一大事の供養が、こんなお布施では無理だね」

「なんで、そんなことを知っているんだ」

 と、由香はききました。

「江戸中の噂になっているではないか。瓦版だってある。ほれ」

 すでに、桜沢の仕込んだ噂の拡散で、デンデンの呪いはあちこちに広がりはじめていました。

「ちぇっ、この生臭坊主。どうせ、こんな和尚に供養されたって成仏しないよ」

 由香が捨て台詞を吐いてその場を去ろうとしたとき、突然、本堂につるしてある天蓋が、「ガジャーン!」とすごい音をたてて落ちました。

 幸い、直撃はしていなかったので誰もけがはなかったのですが、みんなが唖然としていると、また、ここでも、デンデンの霊が現れました。

「あんた、ほんとうに生臭坊主だね、一緒に呪ってやろうか――」

 と、いってスーと消えました。

 デンデンを見た万金和尚は、背筋が寒くなり冷や汗をかいていました。

「いまのが、デンデンか?」

 と、万金和尚は由香に聞きました。

 由香は幽霊は見えなかったのですが、天蓋が落ちてきたことで、これはただ事ではないと実感しました。

「デンデンは見えないけど、この天蓋が落ちたのはデンデンの呪いじゃないの?」

 と、由香はいいました。

「みんなデンデンの仕業さ。もういいや」

 と、玉木は、ぽつりといいました。


 城では、吉保が切一から報告を受けていました。

「殿、首尾よく噂を流してきました。今頃は江戸の城下ではその話でもちきりに違いありませんぜ。ただ……」 

 と、切一がいいかけている途中で吉安がさえぎりました。

「はて、わしはそんな命令をしたんか?」

 と、吉安はしらを切ることにしました。

「殿、確かに噂を流せと――」

 と、切一が確かめようとすると、横にいた与一がいいました。

「なんか、デンデンの呪いに関わると、チンコ切られるって、公方様がいっていたよ」

「与一、どういうことだ」

 切一は、何故、殿がしらを切るのか不安になりました。

「だから、関わるとチンコ切られるんだって」

 と、与一は呪い殺される方は、忘れたみたいで、チンコの事ばかり強調していいました。

「殿、変わり身の早いのは殿らしいのですが、報告には続きがありまして……」

 と、切一はいいかけましたが

「いいです。殿がそのようであれば報告しないほうがいいでしょう」

 といって、怒って立ち去りました。

「殿、いいんてすか?」

 と、与一が吉安に聞くと

「これでいいんだ…… 呪われなくて済むはずだ」

 吉安は不安な気持ちを隠せないようでした。 


 ところが、数日後、江戸中、大変な噂でもちきりになっていました。特に、文冬瓦版が、どんでもないことをスッパ抜いたのでした。この時代の文冬瓦版は江戸で一番のスクープ瓦版でした。

 

 ムチが足りなかったデンデン(文冬瓦版)

 

 昨今、噂になっているデンデンの呪いは、まぞやでムチられた、玉木と桜沢への欲求不満が原因か――

 あまりに早く気絶したため、欲求不満が溜まっての呪うことになった。なぜなら、ムチを持ったデンデンの幽霊の目撃者が多数―― 

 どうする、桜沢? 玉木?―― 命かチンコか究極の選択。


 他にも、いろいろな瓦版が好き勝手な事を書いていました。


 吉原にカウントダウン暦を設置 (江戸瓦版)


 デンデンの呪いがあと二七日でリミット。どうなることか見守る暦を設置―― 桜沢と玉木の呪いからの解放と安泰を願って、臨時神社を新設――

 絵馬をかけてお祈りを。(提供、吉原神社)


 祈祷も供養も無力!(ポスポス瓦版)


 玉木、お寺にいくも神社に行くも、まったく無意味だった。お寺では天蓋が落下―― あざ笑うデンデン、途方に暮れる玉木――。


 この市中のことは、吉安の耳にも入りました。しかし、先日、切一を無下にしたので、その詳しいことを切一には聞きづらく、こんなことは、与一に向かない事柄で、どうしていいか困っていました。

 そんなところへ、切一がやってきました。

「殿、ご機嫌はいかかですか? その後、なんともありませんか?」

 切一は無下にされたとはいえ、切一なりに殿を心配していました。

「おう、切一か。この前はすまなかった。この吉安を許してくれ」

 と、吉安はすまなそうにいいました。

「いえ、その変わり身の早さも含めて、お使いしていますので、お気づかいすることはありません」

「そうか、それでこそ切一」

 吉安はすこし気が楽になりました。

「それでですね……」

 と、切一はいい、市中に出回っている瓦版を殿に差し出しました。

「な、なな、なんということ!」

 と、吉安は叫びました。

 


 

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たまらん 吉道吉丸 @piyokuma

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