第5話 デンデンの呪い

 寝所では、玉木が女とひとつ布団にはいっていました。左には女坊主、右にはあの太いブ女が、ついたてひとつで寝ていました。風情もなにも、あったものではありませんでした。しかし、玉木にとっては、そんなことは全く関係ありませんでした。

「それじゃーいただきまーす」

 と、女を抱き寄せると、

「バシッ」

 と、いきなり女から股間に、膝蹴りを食らってしまいました。さらに、女は、女坊主と太いブ女に、一撃を当て気絶させてしまいました。

「うー、うー、いて、な、なんで、こうなるの?」

 と、玉木は悶絶しながら女に聞きました。

「私はお前の刺客よ。覚悟しな!」

 と、女はいいました。

 玉木は驚いて腰を抜かしていました。

「お、お助けを。俺は公方様じゃなくてニセものだ。俺を殺してもなんにもならん――」

 玉木は泣き声で懇願しました。

「嘘つくんじゃねーよ。そんなことあるわけねーだろ。覚悟しな!」

 と、女がいい、玉木を殺害しようとしました。

 

 その時、太いブ女がむくっと起きあがりました。女の一撃は太いブ女の肉厚のせいで、あまりダメージを受けていないようでした。

「そいつは、偽者だよ。おまえさん、顔見世は初めてだろう。大奥は、よく偽物がくるんだ。それにしても、こんなひどい偽者はじめてみた。普通、あんな物色のしかたを見たんなら、誰でも気づくんだけどねえ」

 女はまじまじと玉木をみて、「はっ」と気づいたらしく

「畜生、覚えておきなー」

 と、捨て台詞を残して煙幕玉を投げつけました。

 そして、煙が消えないうちに、いなくなっていました。

「私の名はデンデン。覚えておきな。で、この偽者の公方様はどうしようかなー」

 と、太いブ女はいいました。 

「ひらにお許しを、公方様にお願いされてきただけです。いて、いて」

 と、股間を押さえながらいいました。嘘をいって、この場を切り抜けようとしました。

「へー、お願いされたわりには、女を選ぶときのあのスケベ顔はスケベ本能の塊じゃねーえか」

 と、デンデン(太いブ女)はいいました。そして、玉木の股間をむんずと掴みました。

「わたしと、寝るなら許してあげるよ。そして、子をつくるんだ。でなけりゃ、不届き者が侵入したと大声で叫ぶよ。そうなれば、お前は、まあ、打ち首だな。さあ、どうする」

 デンデンは、玉木に究極の選択をさせようとしました。

 玉木は気が動転して、どうしていいかわからなくなりました。

(ここは、ひとまず大声をだされたら終わりだ。いうことをきかなくては……)

「寝ます! デンデン様、寝ますから許して。いて、いて、手を離してください」

 と、玉木は虫が鳴くようなこえで言いました。

 デンデンは手を離して、にやりと笑い、急に優しい顔になりました。

 そして、たんたんと布団を整えて、玉木を手招きしました。となりで、女和尚が転がっているのは気にもしていない様子でした。

 玉木はこれまでと思い観念しました。ただ、ついさっき蹴られた急所が痛くて、どうにもそれどこではありませんでした。でも、そのことが玉木にとって一筋の希望の光となりました。

(ここは、役に立たないと平謝りして切り抜けよう)

 と考え、急に、土下座をしていいました。

「この、早風玉木、デンデン様のお相手をするといったのですが、先ほどの急所への蹴りのせいで役に立ちそうにありません。今日の所は平にご容赦を――」

 そんな玉木をみたデンデンは、むっとした顔になっていいました。

「本当にそれが理由かい。私を見て役にたたなくなったんじゃないのか?」

「そ、そんな――」  

「私はね、よく公方様に指名されるんだ。でも、何故だと思う。あの大奥の女たちの寝所での振る舞いに公方様は嫌気がさしているんだ。おねだりや脅し、はては密偵から刺客までいる。私を選んでおけば安全なのさ。でも、寝所まではくるがそれで終わり。お手付きだけど、お手付きじゃない。どういうことかわかる?」

 と、デンデンは感情もはいり、玉木に訴えかけました。

「それで、私は子はできないし、他からは嫉まれるし、ストレス太りになったのさ。最初は、ただの荷物運びと掃除の仕事をしてただけなのに、公方様に目をつけられてこの有様さ」

と、いってデンデンは泣き出しました。

「公方様は罪なお方だな。俺からいっておく。デンデン様を解放してと」

(なんとかなりそう、あと少し)

 玉木はそう思い、公方様にとりなしするようにお願いしてみると約束しました。

 しかし、デンデンはそれはそれ、これはこれ、ここぞとばかりに玉木に襲い掛かってきました。

「あんた見かけがいいから、役に立とうがたつまいが、試してみるよ」

 デンデンは玉木の上に乗っかり思い切り抱きつきました。そしたら、玉木はデンデンの体重に圧迫され、耐え切れず泡を吹いて気を失ってしまいました。  

「あれれ、気失っちゃった。まあ、いいか――」

 

 玉木は夢をみていました。

 三途の川を渡り、船からおりていました。

「あら、あんたまた来たのかい」(詳しくは、たまらん外伝をご覧ください)

 と、ダツエねいさんはいいました。(奪衣婆が若かったこのの呼び名)

「ああ」

 と、玉木は気のない返事をしました。

「どれどれ」

 といって、ダツエは服を吸い取りケンエに渡しました。(亡者の服の重さをはかる鬼)

 服を木にかけると、びよーんと垂れ下がりました。

「重いねー、なんかやらたしたのかい」

 ダツエねいさんは、気の毒そうにききました。

「いや、なにも」

 玉木は、脱力感でどうでもよくなっていました。

「仕方ないね、決まりだからけ」

 と、ダツエはいい、ド地獄の札を玉木の額に張り付けていいました。

「あとは、エンマ様になんとかしてもらいな」


 地獄の法廷では、エンマ様が、小槌を打ちながらせっせと判決をくだしていました。

「釜茹地獄、次、ムチ打ち地獄、次、舌抜き地獄―――」  

 そして、玉木の順番になりました。

 エンマ様は玉木をみていいました。

「あれ、玉じゃないか。何をしたんだ。そんなド地獄の札をつけて?」

「いや、なんでもない。早く判決してくれ」

 玉木は無表情のまま、どんな判決にも関心なさそうにいいました。

「それじゃ、最近新設した、新しい地獄を試してみるか」

 と、エンマ様はいい、小槌を打ちました。

「逆レイプ地獄! どうだ、お前にぴったりの地獄だろ」

 判決の時のエンマ様はとても陰険な顔をしていました。


 そして、玉木は鬼に連れられ、逆レイプ地獄にいきました。

 そこについたら、鬼がいきなり玉木を牢に突き入れ鍵をしました。

「グッド、ラック」

 と、鬼は言い残して去っていきました。

 玉木が、牢の中を見渡してみると、なんど数十人のデンデンがいました。

(なんで、ここにいるの―――)

 すぐに、いっせいに玉木に襲い掛かりました。

「な、なんだこれは……」

 玉木はなすすべもなく弄ばれていました。

「こ、これが逆レイプ地獄か…… 果てしなく続くのか……」

 そして、ほどなくして気を失ってしまいました。

 しかし、地獄というところは容赦がないもので、すぐに水をぶっ掛けられ、逆レイプが再開しました。それが何回も繰り返され、もう回数も忘れてしまいまいました。

 

「うっ、うっ、うっ、ハァ、ハァ、……」「ヒャーッ」

 と、夢の中で水を掛けられてと思ったら、玉木は気が付きました。

「やっと、お気づきになりましたか?」

 と、女坊主はいいました。

「大奥の寝所です。そろそろ退出の時間です」

「デンデンは?」

「な、何の事ですか?」

「確かデンデンに襲われて…… 夢?」

「玉木様は寝所に入るは否や、大いびきをかいて寝てしまったんですよ。あんなかわいこちゃんを選んでおきながら、何もしないで寝るなんて私はびっくりしましたよ」

 と、女坊主は怪訝そうにいいました。

(夢か? それにしても股間が痛いし、とてつもない疲労感があるな。夢のせい?)

 と、玉木は思いました。

 玉木は女坊主に連れられ大奥の出口に向かいました。 

「さあ、大奥の出口ですよ」

 女坊主はそういって鍵をあけて、玉木を連れて大奥を出ました。ほどなくして、廊下の先に公方様が待っていました。

「玉、どうだった大奥は?」

 と、公方様はききました。

 玉木は暗い顔をしていいました。

「いや、なにも無かった。ただ、デンデンという女に襲われた夢を見た。俺は本当に襲われたと思うんだが、女坊主の話しだとそんなことはないというんだ」

 それを聞くやいなや、公方様の顔が急にこわばり

「デンデン! それは幽霊じゃ」

 と、叫びました。

「余は見たことはないが、デンデンという幽霊がでるという噂はきいたことがある」

「なにー、幽霊!」

 玉木は、そう叫んで腰を抜かしました。

「それはな、先代の時に、名をデンデンという女がいての、先代は指名をして寝所まで一緒にしたんだが、何故か手を出さなかったんじゃ。そしたら、デンデンはストレスが溜まって自棄食いをして太ってしまったんじゃ。先代はそんなデンデンをみて罵倒して、お暇をだしたんじゃ。そして、デンデンは失意の元、自害して果てたんじゃ。血文字で『上様を呪う』と襖に書き残したあったそうじゃ。あと、顔見世の時、いつも右の八番目に坐していたそうだ」

 公方様は、たんたんと玉木に説明しました。

「そ、そんな……」

 玉木は背筋がスーと寒くなりました。

「あ、そうそう、前に、余になりすまして大奥へいってデンデンに襲われたといっていた奴が何人かいたんだよ。それが、そのあとの行く末が良くないんじゃ」

 と、公方様は思いきり含みをもたせていいました。

「と、いうと?」

 玉木はしわがれ声でききました。

「聞かない方が良いと思うのじゃが、聞きたいか?」

 玉木は首を縦に振って

「うん、うん」

 のしぐさをしました。

 玉木は、公方様にこんな言われ方をしたら、聞かないわけにはいきませんでした。

「そうじゃのう。みな、ひと月以内に、うつになって自殺したり、気が狂って死んだり、果ては吉原で変死したりしたな。で、今日は満月だから、そう次の満月までじゃな。ただ、チンコ切り落として宦官になって、呪いをといてから出家したやつは助かったみたいじゃ。それいらい、みなデンデンの呪いだといって、右の八番目は鬼門なんだ。右の八番目は指名するなと桜沢にいわれなかったか?」

 と、公方様は大げさに玉木を怖がらせるような口調で言いました。

(そういえば……)

「…………」

 気の小さい玉木は、固まったまま動かなくなりました。

「これ、どうした玉!」

「…………」

「駄目です。固まったまま気を失っています」

 と、女坊主はいいました。

「誰か、この者を八図藩の藩邸へ連れいていけ」

 と、公方様が叫ぶと、すぐさま桜沢配下の密偵が現れてました。

「気を失っているだけじゃが、念のために医者に診てもらうようことづけよ」

「はは!」

 玉木は城の秘密の出口から、大八車で藩邸まで送り届けられることとなりました。


「ところで、公方様、デンデンの話しは聞いたことはあるのですが、あの呪いの方は本当の事ですか?」

 と、女坊主はききました。

「呪いの方は、みんな、嘘。余の作り話じゃ」

 公方様はそういってニヤリと笑みを浮かべていました。

「公方様も人が悪い」

 女坊主はそういい、公方様はとても恐ろしい人だと思いました。


 藩邸では朝から、女医の由香が玉木を診察していました。

「また、玉。今度は朝から何!」

 といって、気を失っている玉木の診察をはじめました。

 まず、体をみて外見上はなんともないので、やっぱり下の方かと思い、そちらを診察しました。

「玉袋に打撲有、竿が……。うーん、なんだろ、やたら擦れている? やっぱり赤チンだな」

 女医はぶつぶついいながら、まず強い酒を吹きかけて消毒して、例のごとく、赤チンの液体か入った壺に大筆を入れて染み渡らせ、玉木のチンコに筆を交差させるようにして塗りました。

 玉木は染みて痛かったのか呻き声をあげました。

「あ、ごめん、といってるまだ気を失っているか…… なんか、殿の痔といい、こいつのチンコといい、最近こんなのが多いなあ……」

 と、ひとりごとを言って治療していました。

 すると、おもむろに玉木が目を覚ましました。そして、ただ「ボー」と、していました。

「あら、目が覚めたの。今回は大したことはないよ」

 と、女医の由香がいいました。

「俺はもう駄目だ。呪いをかけられた。うっ、いて!」

「玉、何があったんだい。呪いってなんだい?」 

 と、女医の由香がききました。

 玉木は大奥の事を一部始終、由香に聞かせました。ただ、一つの嘘は、大奥にいくことになったのは、公方様の身代わりになってくれと頼まれたからだ、といいました。それと、この前のムチの傷は、公方様にお供しようとしたけれど金が無く、それでも店に入ったらムチられたと。あくまで、公方様の側近としての仕事のせいでこうなっていると。

「あんたも大変だね。まるで戦にいって満身創痍で帰ってきたみたいじゃないかい」

 女医の由香は、少しだけ玉木を見直した感じでそういいました。

「あとは、いんぽで出家か、気が狂って死ぬしかないんだ―――」

 と、玉木は泣き崩れていいました。

「……うーん。チンコの方はすぐ直ると思うけど、問題はその呪いだね。呪いがとければ、病気は気からというから、そのうつのような弱気も治るんだろうね。それとも、私がチンコ、切り落としてやろうか? 出家したら助かるんでしょ?」

 と、由香はとんでもない冗談を軽くいってしまいました。

「ふえーん―――」

 玉木は大粒の涙を流しながら泣き崩れてしまいました。

 由香は、そんな、玉木をみて、いつものアホがこんなになるなんで、よっぽどの事なんだと思いました。

「ごめん、チンコを切り落とすなんてひどすぎるよね」

 由香はそういって玉木をやさしく抱きました。なんか、かわいそうな子供のようにみえてきて、由香の母性本能をくすぐりました。

「玉、私が守ってあげるわ」

 と、由香は玉木にいってしまいました。

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