第4話 大奥へいこう

 伊立菊宗は松の廊下を汚した件で、藩がおとり潰しになるかどうかのピンチに直面していました。ただ、その日はさっき会ったばかりの公方様は何故か雲隠れしていて、また桜沢も不在とのことで、蟄居の間に軟禁されていました。

 翌日、何故かまた同じように公方様に茶室に呼び出されました。

 今度は公方様が茶をたてて、伊立殿をまっていました。

 伊立が茶室に入るやいなや

「よう、伊立殿、堅苦しいことは抜きだ、まずはお茶を」

 と、茶を差し出しました。

 伊立は茶を飲みながら、まじまじと公方様を見て、とんでもないことに気づきました。

(昨日とは違う、別人だ)

「あの、公方様、昨日も私に茶をたててくださいましたよね?」

 と、伊立は恐る恐るききました。

「いや、知らん。余は茶はたてておらん」

 と、公方様はきっぱりと否定しました。

「え、そんなはずは? 昨日、確かに私はここにきて、公方様よりお茶をいただいております。そして、その、お茶を飲んだとたんに、下痢になって…… あんなことになったしだいであります」

 伊立は言い訳をして、なんとか無罪放免で、切り抜けようとしました。

「仮にそうだとしても、余の茶のせいにはできまい。それに、影武者が茶室にいたなんてことも口外できまい。主は、はめられたのじゃ」

 公方様は茶を飲みながらいいました。

「そ、そんな……」

「主も修業がたりないのう。この城なんて権謀術策の修羅場の世界ぞ」

「そうですか、じゃ、これから私はどうすればいいんでしょうか?」

 伊立は、公方様に不安そうにききました。

 公方様は、少し考えてからいいました。

「そうだな、おとり潰しはあんまりだし、どうだろ、余の綱丸に城をつくってはくれまいか?」

「え、綱丸様はお犬様ですよね。城は必要あるんですか?」

 と、伊立は不思議そうにききました。

「伊立殿、これが余の温情だとわからぬか? 本来ならおとり潰しでもおかしくないところを、城一つで許してやっている事が」

 それをきいた、伊立はひれ伏して

「はは、謹んで、綱丸様のお城をつくらせていただきます」

 と、いいました。

「それじゃ、余から桜沢にいっておくから。あとは、桜沢の指示に従ってくれ。それと、城の細かいことは、綱丸のトレーナーの蘭とかいう者の、いうことを聞いてくれ」

 と、公方様はいいつけました。


 江戸城では、政直が御用部屋を賜っていました。仕事といってもこれといったものが無く、マサは初日から暇を持て余していました。部屋は桜沢からもらったゲームが散乱していました。

 そんなところへ、玉木は足を引きづりながら、金衛門に支えられ登城しました。

「玉、玉は大丈夫かい?」

 と、殿は冗談交じりに聞きました。既に城中では、桜沢と、この玉木が吉原で、メタメタにムチられたことが話題になっていました。

「玉は、玉は、はれて痛いんです。当分使えなっいって…… オシッコだってままならない……」

 玉木は泣き声でこたえました。

「それは、気のどくにのう。こっちばかりいい思いをして、何か埋め合わせをしないといけないなあ」

 と、殿は玉木を憐れんでいいました。

「あそび金がもう少しあれば――」

 玉木がそういいかけると、金衛門が口をはさんできました。

「駄目です。この前の十両だって、貧乏な八図藩にとっては貴重なもの。もう、出せませんからね」

 幕府も、こういう遊び金は出所が無く、しかもお忍びで吉原となってはなおさらでした。

「殿、なにか、適当な理由をつけて幕府から経費をもらえないんですか?」

 と、金衛門はつづけました。

「うーん――」

 殿も玉木も頭をひねっていました。

 そんなところへ、突然、戸を開けて入ってくるものがいました。

「マサ! 今日も吉原へいくぞー!」

 それは、なんと、公方様でした。

「はは、公方様の仰せとあれば、この政直、どこへでもお供します」

 と、政直は、まるで仕事でいくかのようにいいました。

「かたい、かたい、徳ちゃんでいいよ」

「はい、徳ちゃん。今日も行くよ」

 それを見ていた玉木は捨て台詞を吐きました。

「ちぇっ、いい気なもんだぜ。こっちは大変だったのによ。へ!」

 公方様も昨日の玉木の事は耳に入っていました。

「玉、昨日は災難だったな。後で埋め合わせをするよ。そうだな、大奥なんかどうだ。余は飽きているから、玉に貸してやるよ」

「え、そんなことできるんですか?」

 と、玉木は驚いてききかえしました。

「大丈夫、桜沢にたのんで余に変装すれば簡単よ。あっちが役に立つようになったらいつでもいってくれ」

 公方様は大変な事を、まるで簡単にできるかのようにいいました。

「おおお、おお、大奥だ!」

 と、玉木は雄たけびをあけました。

 そんな、気持ちが高揚している玉木に、政直はさらりといいました。

「ところで、玉、今日の経費、何とか都合つけてきてくれ」

 その一言で、玉木も金衛門も途方にくれました。

「……」

  

 その後、玉木は金衛門と町に出ていました。

「ここだな、きのきの屋は」

 と、いって店に入りました。

「お武家さん、何の御用ですか?」

 と、若い女主人かでできていいました。

「ここは、きのきの屋文衛門の店ですよね。折り入って頼みがあるんですが」

 と、玉木が低姿勢でいいました。

「あんたたち、金を借りに来たんだね。お武家さんの頼みごとといったらそれしかないもんね。それで、あんたどこの藩の者だい?」

 と、女主人は急に高ぴーになっていいました。

「八図藩」

 と、金衛門はいいました。

「聞かないねえ、聞いたことない藩の者には貸す金なんかないよ」

 女主人は、江戸っ子らしくキレがよく断りました。

「そこを、なんとか。八図藩は殿が側用人になっていろいろ物入りなんで、頼みますよ」

 と、玉木がくらいつきました。

「側用人…… うーん、確か吉原でムチでメタメタになった桜沢の殿と玉木とかいうものが、噂になってたな」

 女主人がそういうと、玉木の横で金衛門が「こいつ、こいつ」と玉木を指さしていました。

「ふーん、あんたが玉木かい」 

 女主人は少し考え込んでいいました。

「金を貸してもいいが、服脱いで本物の玉木かどうかみせてみな」

 それを聞いた玉木も少し考え込んで叫びました。

「わかった、この早風玉木、武士としての気合をみせてやる――」

 金衛門はどうしたものかと思っていました。

(金を借りるのに武士も気合も関係ないんですけど)

 玉木はすぐさま服を脱ぎ、ふんどしまで脱いで仁王立ちしました。

「どうだ!」

 女主人は、玉木の全身みみず腫れの体をみて、さらに、玉木の気迫に圧倒されて、少女のように気持ちが小さくなっていました。そして、視線を股間に移した時、赤チンで真っ赤になった、不気味な赤チンコが目に入り、思わずキャッと目を伏せ、真っ赤になってしまいました。

「も、もういい」

 と、苦しそうに女主人はいいました。

 玉木は服をきながらいいました。

「じゃ、金は貸してくれるんですね」

「わ、わかったわ、でも、使い道と金額を紙に記してちょうだい。それで、私がいいといったら血判を押して」

 と、女主人はいました。

「こちらにも、条件がある。使い道については他にばらさない事だ」

「いいわよ」

 玉木は、紙に使い道と金額を記し、女主人に見せました。玉木はどうせだから百両と金額を書いていました。

 それをみて女主人はいいました。

「あんた、とんでもない仕事してるわね。恐れ入ったわ。でも、あんたは貸した金で遊んじゃいけないよ。遊んだらただじゃすまないからね」

「どうして」

 と、玉木が困惑していうと、女主人は答えました。

「当たり前だろ。お前が使ったら遊び金で、やつらが使う場合は接待費だ」

 すると、あちこちから、ガラの悪そうなP浪人が現れました。

「こいつら、桜沢邸にもいたけど、このPってなんなんですか?」

 と、玉木はききました。

「あんたは知らなくていいことよ」

 女主人はそっけなくいい、そしてP浪人の長らしき人に向かっていいました。

「百両もってきて」

「へい!」

 それを、見ていた玉木はいいました。

「文衛門さんに断らなくていいんですか?」

 その、ことばに女主人はすぐに反応しました。

「この、きのきの屋文子をなめんじゃねぇー。世間じゃ文衛門っていっているが、きのきの屋をここまでにしたのはこのわれじゃ」

 片膝をたて、裾をまくりあげ、ももまで出して叫びました。

 そんな、女主人をみて、玉木と金衛門は目が点になっていました。

「じゃ、文衛門さんとは?」

 と、金衛門がききました。

「あいつは、ただの飾りよ。世間体を考えて名前だけつかっているのよ。ただの馬鹿オヤジよ」

 女主人はそういって、P浪人が持ってきた百両を玉木に渡しました。

「おう、ありがたい。また、頼むかもしれないけど、その時はよろしくな」

 と、玉木はいいました。

「あんただったら、いくらでも貸すよ。たまに、こっちからの頼みごとを聞いてくれたらね」

 女主人は意味ありげにいいました。

 

 玉木は浮足立ってました。別にこの金で遊べなくても、くやしいことはありませんでした。なんといっても、公方様より大奥のプレゼントがあったことで頭がいっぱいでした。


 一方、桜沢邸では、吉安(桜沢の殿)は部屋にこもっていました。恥ずかしくて、登城ができる状態ではありませんでした。

「ムチでメタメタにされたなんて末代まで恥。この上は腹を切って果てようか? しかし、そんなことで自害だなんて、それも恥。おー、恥、恥、恥……」

 吉安は奇声をあげたり、ものを投げたり、襖に穴を開けたり、情緒不安定になっていました。

「えーい、切一! 切一はどこだ!」

 すぐさま、どこからともなく、切一が現れました。

「殿、何か御用でしょうか?」

「切一も知っておろう。まぞやの件はどうにかならぬか?」 

 と、吉安はしょんぼりしていいました。

 切一は部屋の荒れた状況をみて困惑していいました。

「心中、お察しいたします。この切一、どんなに恥ずかしくても、御一緒するつもりです。それで、解決方法を冷静に考えてみました」

 

 切一の解決方法

 

 一.人違いだったと噂を流してうやむやにする

 二.こんなことはすぐに忘れさせるぐらいの大事件をおこす

 三.殿がカミングアウトする


「殿はどれをご所望でしょうか?」

 と、切一は問いました。

「やはり、無難なところで、一の人違いだな。でも、そんなことできるのか?」

 吉安は不安そうにそういいました。

「やはり、そうですよね。そのためには、まず、あの玉木とかいう奴を丸め込まなくてはいけません。奴が殿と一緒にムチられたのだから、奴が殿ではなかったといえば、世間は信じてくれるでしょう。あと、じゃ、誰がムチられていたかですが、誰かが殿のかわりに泥をかぶってくれるものを捜さなくてはいけません」

 と、切一はいいました。

「奴か……」

「ただ、殿、いい情報があります。あの、玉木は公方様から大奥への招待を受けています。そして、その段取りをこちらですることにしています。そこで、恩を売っておけば、口封じは可能かとおもいます。問題は殿の代りです……」

 切一はそういって考え込みました。吉安も誰かを考えていました。

 そして、二人同時に、この役、どう考えてもあいつだろ、とひらめきました。

「与一だ! 与一を呼べ」


 吉安は与一に事情を説明して、その身代わりの件をお願いしました。

「与一、たのんだ」

 と、吉安は、とぼけた変な顔で目を黒丸にして頼みました。 

「はい、わかりました」

 と、与一は、とぼけた真面目顔で目を黒丸にして返事をしました。

 与一には、なんのことなのかよくわかっていませんでした。なぜなら、与一はまぞやにいましたし、いたことにしてくれと頼まれても、そのまま事実の事でしたから。

「あとは、あの玉木だ。玉木を呼んでこい」

 と、吉安は切一に申し付けました。


 玉木が桜沢邸にきたのは、もう夕刻になっていました。

 部屋には与一もいて、正座していました。

「桜沢の旦那、なんの御用ですか?」

 と、玉木はめんどくさそうにいいました。

「そうそう、大奥の事じゃが……」

 吉安がそういいかけたら、玉木は突然、目が光りました。そして、口をはさんできました。

「いけねえ、まだ早い。お互い、ムチられた仲だからわかるでしょ。あと数日、あと数日まってください。そうすれば傷も癒えるし、あっちの方も役にたつんです」

 吉安は笑いながらいいました。

「そちらの方は、ご希望の日に、万全の態勢で楽しめるようにする。そのかわり頼みごとがあるんじゃが、きいてはくれまいか?」

「頼み事とは?」

「あの、まぞやの件なんだが、お主と一緒にムチられていたのを、この与一にしてはくれまいか? なんせ、わしは天下の側用人、ムチられて絶叫していたとあっては職務に支障がでるからの」

 と、吉安は上から目線でいいました。

「やだね、武士たる者、嘘をついちゃいけねえ。この早風玉木をかるくみないでくれ」

 玉木は、さもそれらしくいいました。

 しかし、吉安はニヤリと笑みをうかべいいました。

「大奥の件はどうしようかな……」

 玉木は「はっ」と大奥行きには桜沢が必要だと気づきました。そして、急に態度が変わりました。

「桜沢のお殿様、そんな要件、お安い御用ですよ。昨日はそこの与一とムチられていたんです。間違いありません」

「おお、そうか、そうであったか。大奥の事はこちらにお任せあれ」

 と、わざとらしく吉安はいいました。

「殿、ムッちたけど。ムチられてはいませんよ」

 与一は訳がわからないでいいました。吉安も、まさか、昨日、与一がさどやにいてムチっていたとも知らず、何をいっているのかわかりませんでした。

「ムチってもムチられてもどちらでもいいから、さどやにいたということでいいな」

 と、吉安は与一に命令口調で言いました。

「はい、わかりました、殿」

「あとは、切一、噂を広げるんだ。さどやにいたのは与一だと」

 と、吉安は切一に命じました。


 数日後、噂は広がりましたが、城内では、そのうわさが本当かどうか、みな、疑心暗鬼でした。というのも、与一は実直で知られていたので、そんなことはするはずがないと、みなが思っていました。ただ、桜沢の権力が強く表立っていて、さどやのことをいう者はいなくなりました。

 その後、与一は殿の恥まで肩代わりした男と噂され、城内での株はとても上がりました。

 ただ、江戸の町では、いぜん桜沢はムチられた側用人で、ざど用人とあだ名までついていました。あとは、せっせと豪遊する、徳ちゃんとマサがいました。少しだけ、吉原では有名人になっていました。

 

 玉木の方は、いよいよ、大奥を満喫する日となりました。桜沢の御用部屋では段取りの打合せをしていました。

 まずは、公方様に変装することからでした。

 切一は、江戸で評判のカリスマまげ師とカリスマメイク師を呼んで、玉木を与一の時と同様に、公方様にそっくりにメイクするよう命じました。

 次に最低限のルールを教え込みました。その中でも特に重要なのは、対面のときに選んではいけない女がいるということしでた。特に右の五番目と八番目は絶対に選んでは、いけないとのことでした。なぜなら、それは尾春藩の刺客だとのことでした。

 あとは、女坊主と、左一番奥の女は桜沢の密偵であるとの事でした。

 ただ、玉木の方はというと、そんな注意事項、なにも聞いていないようでした。

 切一はいいました。

「あとは、わからないことがうあったら与一に聞くと良い。あいつは公方様のピンチヒッターで定期的に大奥にかよっているから」

 それを聞いた玉木は、驚いて、与一の方をみて目が黒丸になりました。

(なんという、うらやましてことを……)

「与一、何かアドバイスすることはあるか?」

 と、切一は与一にいいました。

「武運を祈る」

 と、与一の目も黒丸になりながら玉木にいいました。

 

 その夜、玉木は徳ちゃん(公方様)と入れ替わりました。徳ちゃんは、いつものように、お忍びで城外へいき、マサと吉原で豪遊することになっていました。

「じゃ、玉、幸運を祈る」

 といって、徳ちゃんは玉木の肩をたたき消えていきました。

 

 玉木は女坊主をつれらて、大奥の扉の鍵をあけて出陣しました。

 今回は対面で女を選ぶことになっていました。鈴が鳴り、扉が開かれ、美女がづらりと両脇に並んでいました。だが、ただ一人、この場所には似つかわしくない太いブ女が混じっていました。玉木は変だなと思いながらもあまり気にもせず、女の物色をはじめました。

 玉木は、顔がとてつもないスケベ顔になり、どれにしようか悩んでいました。こともあろうに、通り過ぎては戻ったり、右いったり、左いったり、訳がわからなくなっていました。それでも、このニセ公方様を、疑うようなそぶりを見せる女はいませんでした。

 そして、とうとう、最後に決めた女は右の八番目でした。これが、なかなか、かわいくて、玉木の好みのようでした。ただ、これは、切一に絶対選んではいけないと注意されてた女でした。

(あーあ、あのアホ、尾春藩の刺客を選んじゃったよ。特に八番目は今日初めてだから、公方様が偽物だと知らないな。こりゃ、血の雨降るかもな)

 と、桜沢の密偵の女は思いました。

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