クリスタルパレス発
あかいかわ
クリスタルパレス発
終夜営業のファミリーレストラン。窓際の席に男性客がひとりすわっていて、本を読みながら退屈そうになにか咀嚼しているのが、レースのカーテン越しになんとなく、見える。
急に空腹を思い出す。僕のちっぽけな胃袋はずいぶん長いこと干からびたように空腹で、とにかくなんでもいいからあたたかなとろっとした粘性のものをその空虚な空間に満たしたいという突風的な欲求に駆られてしまう。なにかはわからないけれど窓際の席の男性客が口に運んでいるもののことが無条件にうらやましくなる。うらやましくてたまらなくなる。でも無理だ。こんな時間に財布も持たない痩せぎすのちびすけが来店してみたところで、それをあたたかく迎えてくれるウェイターなんて、この世界にひとりだって、いない、いるはずもない。
ふいに男の視線が窓のそとに向けられたような気がして、僕はあわてて身を縮こませる。危ない、見つかってはいけない。でも、大丈夫そうだ。男はたぶん空を見上げていたがそこになにか見えるはずもなく、ふたたび開いたままのページに視線を戻したようだった。きっと空模様を確かめたかったのだろう。上空の風はますます強さを増し、その唸り声は餓えた獣さながらの明確な感情を宿し始めている。苦しがるような、責め立てるような、錯乱するような鼓舞するような声が重層的に空を支配しつつある。風のひとつが僕の顔に吹きつけ、前髪をかき乱す。ゆおぉぉぉぉぉん、と残響がする。うょおぉぉぉん。ふふぃよぉぉぉぉぉんんん。
結局レストランのなかに時計は見つけられず、いまが何時なのか確かめることはできなかった。きっと店内のどこかに時計くらいはあるだろう。でも、あまり近づきすぎると誰かに見つかってしまう。それはだめだ。僕はあきらめてその場を離れることにする。時間までにたどりつけるか確信はもてないけれど、先に進むしかない。僕は視線を移す。高台に根をおろす23階建てのクリスタルパレスは格子柄の黄色の光とゆるやかに明滅する航空障害灯の赤い光とを地上と闇夜の空へ投げかけている。あと少し。たぶんあと少しで、僕はクリスタルパレスにたどり着く。
約束の時刻は午前二時。
〈体重のない少女〉がそこで、僕を待っている。
〈体重のない少女〉は僕にいった、絶対に誰にも見つかってはいけないと。
どうして、と僕はたずねる。
魔法が解けてしまうから、と〈体重のない少女〉はこたえる。
魔法。
そう、魔法。
光を離れて闇のただなかを駆け抜ける。
誰かに見つかるのはそこに光があるからだ。光がなければ誰も僕を見つけられない。不可視。不観測。僕は誰にも見つからない。簡単なことだ。
それなのに街は驚くほどの光であふれている。こんな時間なのに。いまが一番太陽から遠い時間だというのに。街灯。信号機。不眠症の誰かの部屋。国道を走る車。玄関の常夜灯。コンビニ。看板の照明。警告灯。補助灯。点滅する光。身動ぎしない光。無限の種類のネオンサイン。
すこしも光に汚されない無垢な闇なんてここにはない。完璧に僕を隠す闇はどこにもない。闇のただなかは完全な闇ではなく比較的闇が強いというだけで僕はすっかり安心しきるということはなく誰かの存在に絶えずおびえながら走り続けるしかない。おびえることは慣れている、とはいえ、それはひどく疲れる。おまけに僕は干からびたような空腹にさいなまれている。足も痛い。というか、からだ全体が痛い。鈍い痛みは僕をまるで慈悲かなにかのようにそっと包む。
それもクリスタルパレスにたどり着くまでの我慢だ、と僕は自分に言い聞かせる。あと少しの辛抱なんだ。頑張れ、頑張ろう。間に合うように、走れ、走れ。
比較的光の汚染の少ない細い路地。でも、こんなところにもふいに路上へ強い光を投げかけるぶしつけで鈍重な筐体がたたずんでいる。自動販売機。たっぷりと糖分をふくんだ冷たい飲料たちが誰もいない観客席へ向けて繰り広げる無音不動のファッションショー。横切るとき、僕は息を止める。なんとなく、そうすれば自分の存在をすこしでも薄くできそうな気がしたから。効果があるかはわからない。たぶんない、一ミリも。自動販売機の光を抜け、ふたたび闇に包まれて、僕はおおきく息をつく。
誰にも見つからなかった。
魔法はまだ、解けていない。
眠ることは好きだった。
夢は見ないほうがよかった。どんな心地よい夢も、結局形を変えた悪夢だったから。
コインランドリーに時計がかかっていた。時刻はまだ、一時半すこし前。
室内には大学生くらいの男のひとがひとり、回転する洗濯槽の前で椅子に座ってテレビを見上げていた。画面には接近する台風の予報円が映し出されていた。暗がりのなかで僕は静かに腰をおろす。走り疲れ、乱れた呼吸をゆっくりと整える。クリスタルパレスはもう目前だった。大丈夫。急ぐ必要は、もう、なかった。
テレビ画面にはいち早く暴風域に巻き込まれた南方の街の様子が映し出されている。たっぷりと葉を茂らせたヤシの木が大きく揺れている。それに合わせるように、僕の頭上でも感情的な風の唸り声が威勢よく響く。ょよよぉぉぉぉぉぅぅん。うぃぁぅぅぅぅぅん。僕の耳に届くのはその音だけ。コインランドリーの男はテレビにリモコンを向け、チャンネルを変える。画面は深夜アニメに切り替わる。武装した少年が異形の怪物と戦っている。必死になにかを叫んでいるが、その声は僕に、届かない。
リモコンを置き、男はチャンネルをその深夜アニメに固定した。
特に理由もないまま、僕はその画面を見続ける。行かなくちゃ、という思いとまだ行かなくてもいいんだ、というふたつの思いが交錯する。少年は怪物の腕を切り落とす。だが怪物は、残った腕で少年のからだをわしづかみにする。なにかを叫ぶ怪物。歯を食いしばり、耐える少年。説得するようになにかを語りかける、別の少女の姿。
やがて睡魔がやってくる。麻酔のかかった鈍いからだの奥深くを力ずくでもぎ去っていくような、仮借のない睡魔。眠ることは好きだった。真っ暗な闇のように夢のない眠りなら、なおさら。うとうとと目を閉じかけ、目を開き、また閉じ、そして目を閉じている時間がだんだんと長くなる。少女は泣いている。懇願するようにうずくまる。力を込める怪物、苦痛に顔を歪める少年。目を閉じると風の音が強くなる。ういぃぁぁぁぅぅん。ふをぉぉぅぅぅぅぅんん。ここで眠ってしまうのも、たぶんそれほど悪いことじゃない。きっと夢は見ない。暗黒の素晴らしい眠りの時間が、恩寵のように僕をやさしく包み込んでくれることだろう。大丈夫、大丈夫。
眠りの黒いヴェールは音もなく僕のからだを包み込む。慈悲とともに、安息とともに。そして。
そして僕は立ち上がり、力の限りに頬をつねって、粘つく眠気をきっちりと取り払う。
全身の鈍い痛み、疲労、空腹が、思い出したようにそれぞれにはた迷惑な金切り声を復活させる。
行こう。僕は自分に語りかける。クリスタルパレスはもう目の前じゃないか。なんのためにここまで来たんだ。ここで立ち止まってどうするんだ。行こう。行こう。
僕は足を進める。コインランドリーのテレビはまだ深夜アニメを流し続けていたけれど、それがどのような結末を迎えるかは、僕にはもう、関係なかった。
光に鎧われたクリスタルパレス。オートロックのエントランス。監視カメラ。無機質な広いロビー。模造大理石。観賞用植物。意味をなさない水路。噴水。それらを照らす、光、光、光。
建物の裏手にある、非常階段につながる格子戸は空いている。〈体重のない少女〉の指示の通り。必要最小限の照明。金属板で出来た隙間の多い階段が、闇のなかで23階分、上空まで続いている。
のぼるたびカンカンカンと空虚な音が響いてしまうが、風のおかげでそれほど目立たない。ぶゅおぉぉぉぉぅ。よ、よ、よぉぉぅぉぅぅぅぅん。視界は徐々に高くなるが高台から街を見下ろすのは反対のエントランス側だからなにか主だったものが見えるわけではない。人家のまれな漆黒の山間が闇夜よりすこし暗い色でシルエットをつくる。地上からの距離が伸びるだけで、その風景はあまり、変わらない。
もうすぐだ。僕はこの夜はじめての声を発する。それはカサついて、打ちひしがれて、風の音にかき消されてしまうほどに不確かな声だった。そしてこの場所では、誰もそれを聞くことはない。僕はちいさく微笑んで、かすれた声でもう一度だけつぶやく。もうすぐだ。そしてまた階段をのぼり始める。目指す屋上が、視線の先に、見え始めていた。
〈体重のない少女〉はすでにそこにいて、静かにヘッドホンの音に耳を澄ませている。
屋上には、ほかに誰の姿もない。
〈体重のない少女〉は僕からは背を向けて座り込み、愛用の、〈バカ〉が付くくらい大きなサイズのヘッドホンを両手で支えて聞き入っている。そっと近づいてみても、僕の存在には気づかない。そのすぐ隣に座り、彼女の横顔をじっと見つめる。目を閉じていると、彼女の表情はいつもよりもすこし大人びて見える。そんな彼女の植物的な前髪を、音を立てて通り抜けた風がさっとかき乱す。それに対しても、〈体重のない少女〉はなにも感じていないかのように微動だにしない。ただヘッドホンから流れる音に耳を傾け続けるだけ。僕は正面を向き、彼女が目を開いていたら目にしているはずの風景を、代わりに見る。
なにも見えない。
座ってしまうと柵が遮って、眼下の光景は見下ろせない。分厚い雲に覆われた空は街の明かりを反映し、ぼんやりとした白っぽい闇を特徴もなくただ漫然と敷き詰めるだけ。風の音だけがその空間を支配する。いゆぅうぅぅん。ふゅいぃゆゆゆぅぅぅぅぅぅんんん。
たぶんいま、午前二時になった。
立ち上がろうとしかけた僕の耳に、〈体重のない少女〉の低い声がそっと届く。来てたんだ?
振り返ると〈体重のない少女〉はゆっくりとした動作でヘッドホンをはずすところだった。ううん、いま来たところだよ、と僕は声をかける。そして付け加える。むしろ、間に合わないかと、すこし冷や冷やしたくらい。
ヘッドホンをはずし終え、〈体重のない少女〉はほぐすように首を振る。植物的な髪の房が左右に揺れ、それを風がもてあそぶ。開いた目は、なにかを探し求めるように上空へと向けられる。そして立ち上がる。肩から提げられたかばんのなかに手を突っ込み、そこに収められているカセット・ウォークマンのスイッチを、見ないままで器用に切る。延々と、風の音だけが録音されたカセットテープは従順な犬のようにぴたりとその回転をとめる。
ヘッドホンから流れる風の音はやんで、クリスタルパレスの屋上に吹き付ける風の音は、その消失分だけ強くなった。
屋上を囲むフェンス。ひとつだけある扉はいま、開いている。吹き付ける風が錠のはずれたその金網の扉をキィィ、キィィィィと揺らす。
その向こうには、吸い込むように透明な僕らの夜景が広がっている。
そしてその夜景を見下ろすように、〈体重のない少女〉は立つ。屋上の縁の、ぎりぎりのところ。半歩先にもう足場はない。漆黒の闇が口を開け、いつでもその落下を待ちわびている。
そんな場所に彼女はいる。
その両手はなににも縋り付くことなく、ただだらりと垂れている。身構えることもなく、身じろぐこともなく。そしてきっと目を閉じている。目を閉じて、風の音に耳を澄ませている。なにかを読み取ろうとしている。なにを? 僕にはわからない。でもすこしずつ、〈体重のない少女〉が変化していくのが感じられる。なにが変わっているのかはわからない。気配? 匂い? 周波数? わからない。それでも彼女はすこしずつ、なにかを手にしている。なにかに達しようとしている。その変化を僕は、身じろぎせずにじっと見つめる。
振り返った彼女は、真っ直ぐな視線で僕を見つめ返す。
僕はちいさくうなずき、前へ進む。風に軋む金網の扉をくぐりぬけ、フェンスの外へ出る。
このからだを引っ張るような夜景がいま、なにに隔てられることもなく、僕の目の前に、ある。
心音。ひときわやかましく響くはずの風の音がなぜか遠くなって、僕はいま、自分の心音が耳の奥に響くのを感じる。
心音。それからめまい。
心音。
〈体重のない少女〉はふいに僕のシャツをめくる。ほそい、というよりは〈薄い〉みすぼらしいしなびた胴体があらわになる。うるおいのない皮膚、浮き出た骨。必要最低限にも達さないような肉。そしておびただしい数の、あおい、醜いあざ。
〈体重のない少女〉はなにもいわず僕を抱きしめる。慈しむように僕を包み込む。僕はその無条件の体温を肌に感じる。やわらかさを感じる、ちいさな息遣いを感じる。鼓動を感じる。でもそこに、〈体重〉はない。
行こうよ、と僕はつぶやく。行こう、そのためにここまで来たんだから。
〈体重のない少女〉はちいさくうなずく。そのからだはためらいがちに僕に寄り添い、癒着し、そして僕のからだから体重を吸う。背後から僕を抱きしめる〈体重のない少女〉のあたたかく湿り気を帯びた息遣い、胸のふくらみ、その心音。僕の眼前に夜景が広がる。圧倒的な無辺の闇と、むしろそれに加担するかに見える人工的な光の粒子。動くもの、色づいたもの。明滅するもの、ふいに消えるもの、あらわれるもの。僕はなにかを感じるような気がした。なにかしらの感情が、この夜景に対して芽生えるような気がした。でもそれを待つことはしない。魔法が解けるのを待つ訳にはいかない。風が聴こえる。風はたくさんの感情を運びたくさんの予感を持ち去っていく。強い奔流は僕たちのからだをさらおうとする。〈体重のない少女〉はその声に耳を澄ませる。僕を抱きとめる力が強まる。ひときわ強いひとすじの風が、いま、僕たちに襲いかかろうとする。
ゴー、と〈体重のない少女〉は密やかにささやく。
僕は足を前に踏み出す。
そこになにかを踏みしめる感触はなく、吸い込まれるようになめらかなスピードに捕捉されて僕たちは闇のなかへと落ちていく。抵抗もなく、逡巡もなく。抑揚のない加速度に飲み込まれ、巨大なめまいの感覚が僕の全身を支配する。落下。近づく地面。そして。
そして僕たちは空を飛ぶ。
僕たちは空を飛ぶ。
僕たちは街の情景をはるか夜空から眺めている。無数の光の粒子が僕たちの足元のはるか先にちりばめられている。それらは明滅したり、揺れたり、移動したりしている。網目のような幹線道路。細長いビル。街路灯。ライトアップされる看板。そのなにもかもが僕たちの眼下に広がる。
〈体重のない少女〉が広げた翼は上昇する気流を拾い、驚くほどの力で僕たちのからだを持ち上げている。重力が反転し、僕たちは空に吸い込まれていく。内臓がひっくり返ったような感覚に囚われ、矢継早に風に襲われ、僕はまともに息ができない。それでも僕は、なにかを吐き出すように笑い始める。なにかに抵抗するように、笑い始める。
どう? 翼を羽ばたかせ、それまでの急速な上昇をコントロールしながら〈体重のない少女〉は僕の耳もとにそっとつぶやく。この景色を、あなたに見せてあげたかった。
見たこともない景色だ! 発作のような笑いのあと、あえぐように息をしながら僕はいう。考えたこともない景色だよ、でも、それはこうして、いま僕たちの目の前にある!
いつもあったんだよ、と〈体重のない少女〉はすこしだけ微笑みながらいう。それはいつでもここにあったの。
僕は息を整えながら眼下の光景を眺め渡す。それから首をひねり、いまや遠く離れたクリスタルパレスを見やる。すこし高い位置にある、矩形の光の列、航空障害灯の赤い明滅。そのふもとへ目を向けたとき、僕は思いがけず先ほどのコインランドリーの看板を見つける。建物の光をそこに見出す。その内部にあるはずのテレビ画面は、もちろんいまは、見えないけれど。
視界を巡らせて、窓際の席に男性客がいたファミリーレストランを探し出そうとする。でもそれは、見つからない。おびただしい数の光の粒子に溶け込んで、それを特定することはできない。でも、ともかくそれはこの夜景のなかに存在しているし、路地にたたずむ自動販売機の光もまた、そのどこかに混じっている。すべてはこの景色のなかに、含まれている。夜景はひとつの塊だ。そのことが強い実感となって僕の胸にちいさな赤い炎を灯す。
おーーーーーーーーーーーーいっ! 肺の空気を全部吐き出すつもりで僕は大きな声を上げる。眼下の都市に呼びかける。おーーーーーーーいっ! 〈体重のない少女〉は戸惑うようになにかを尋ねたけれど、よく聞こえない。僕はまた発作のような笑い声だけを返す。〈体重のない少女〉は諦めたようにちいさく首を振り、そしてまた翼を羽ばたかせて上空へと上昇する。夜景が一段階、遠くなる。
もっと高くまで飛べない? 僕は声を張り上げて尋ねてみる。
できると思う、と〈体重のない少女〉はひかえめに答える。それから翼をまたひと打ちさせる。羽ばたきは風を受けて僕たちのからだを上昇させる。景色はさらに遠くなる。もっと飛べない? と僕は催促する。もっと高くまで行きたいんだ!
無理、これが限度だよ! 〈体重のない少女〉は余裕のない声でいう。翼だって、これ以上はもうちぎれそうだよ!
お願い! 僕はなおも催促する。どうしても、もっと高いところに行きたいんだ!
仕方ないなあ、もう!
叫び声のような風が幾重にも僕たちをもてあそぶ。ゆぃいゆぅうぅぅうぅぅぉおぉぉぉ、ゆぁ、ゆぁ、ゆぁやぁゅゅぅうぅぅぅぅむ!!!!! 〈体重のない少女〉の翼はその強靭な風のひとつを受け止め、バランスを崩しながらも僕たちのからだを天へと舞い上げる。くるくるくると錐揉みになりながらも僕たちは上昇し、投げ出されるように宙を舞う。夜景。それはいまや不可解なほどにちいさくなってその輝きを闇のなかに閉じ込めている。あえぐような息遣いを背景にして、〈体重のない少女〉がちいさくつぶやく。これだけ高いと、もう、街の様子なんて、なにもわからないよ。ただ、光の粒が、あるだけだよ。
でも、こうして見ると! 叫びすぎたせいですこしだけむせてから、僕は続ける。この高さから見ると、夜景って、まるで電光掲示板みたいだ!
え、なに?
電光掲示板!
電光掲示板?
そう!
僕と〈体重のない少女〉のからだは闇のなかを緩やかに下降していく。やがて僕たちは唐突な無風状態の隙間へと入り込んだ。先ほどまでやかましい唸り声を上げ続けていた風の音が、いまはまるで聞こえない。突然の静寂。ぐったりと疲れ切った様子の〈体重のない少女〉はその静寂のなかでちいさく尋ねる。さっき、夜景が電光掲示板みたいだっていってたけど、でも、よくわからない。確かに光ってはいるけれど、それは無秩序に並んでいるだけで、なにか意味のあることが書いてあるようには、すくなくともわたしには、思えない。
暗号なんだよ。声を振り絞り続けたせいでしわがれ始めている声で僕はいった。暗号。暗号の電光掲示板。だから普通に読むことは出来ない。それを読むためには、暗号を解くコードが必要なんだ。
暗号、と〈体重のない少女〉は繰り返す。そして尋ねる。コード、見つけたの?
僕は静かに首を振る。そしてつぶやく。まだ。でもいつか、きっと見つける。そして暗号を読み解いて、この掲示板に、なにが書いてあるかを突き止めるんだ。
誰が書いているんだろうと〈体重のない少女〉はいった。その瞬間、僕たちは次の風に巻き込まれて、ふたたび騒々しい風の音に包まれた。
クリスタルパレス発 あかいかわ @akaikawa
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