「どんでんくじ」

蛾次郎

第1話

       

枕「アメリカの宝くじ知ってまっか?パワーボール言いましてね、当選金額が最高1800億円。規模がちゃいまんな」

   老人、スマホで地図を見るしぐさ。

老人「はあ…世知辛い世の中やなあ、まったく。えーと、マップからすると?こっちやったかな?この辺りのはずなんやがなあ」

    若者、柏手を2回打ち祈っている。

若者「全財産投げ打って買ったアメリカの宝くじが当たりませんように!」

老人「何やこいつ?何かヤバい兄ちゃんおんで」

若者「絶対にアメリカの宝くじが当たりませんように!」

老人「ちょっとちょっと兄ちゃん?」

若者「な、何すか?何かあったんですか?」

老人「兄ちゃんや。あのな、祈りの声が物凄い出とるで」

若者「それがどうしたんですか?」

老人「いやいや、どうしたもクソもあれへんがな。祈りは心ん中でするもんや。ここ田舎やから周辺1キロ丸聞こえやで」

若者「そのぐらい想いが強いんです。絶対にアメリカの宝くじを外したいんです」 

老人「どんな祈りやねん。アメリカの宝くじ当たりませんようにって。ほんであんなもん心配せんでも当たらへんで」

若者「世の中に絶対なんか無えんだよ!」

老人「急に怖いな!ガーッと来んな。まあ、それは良えんやけど、兄ちゃん何でこんなとこで祈ってんねん?」

若者「何かおかしいですか?」

老人「これ電柱やぞ?」

若者「知ってますよそんな事」

老人「どないなっとんねん。電柱に祈ってもご利益もへったくれもあれへんぞ」  

若者「おじさん、もしかして電柱って御神木なのご存知無い?」

老人「全く聞いたことあれへん」

若者「そりゃそうでしょうね」

老人「腹立つなそれ。何や?最近の若い連中は電柱にご利益があるみたいなフェイクニュースに染まっとんのか?」

   若者、呆れた顔で。

若者「そんなわけないじゃないですか。電柱が御神木という説は、僕があみだした説ですから」

老人「……とりあえず学校行け」

若者「おじさん、電柱が何故地中に埋まって無いかご存知ない?」

老人「さっきから何やその上から目線は。電線からワシを見てると言いたいんか?」 

若者「ハハハ。上手いな」

老人「そんな上手ないわ。馬鹿にしとんのか?」

若者「じゃあ、おじさん…いや、ナイスミドルにお教えしますよ」

老人「何ちょっと取り戻そうとしとんねん。まあええわ聞いたる。電柱を地中に埋めて無い理由は何や?」

若者「分かりました。それだけ言うならお教えましょう」

老人「そんなに言うてへんわ」

若者「電柱を未だ地中に埋めていない理由。それは…御神木だからです!」

老人「……これデジャブーか?」

若者「ではまた。(再び祈る)全資産投げ打って買ったアメリカの宝くじが当たりませんように!」

老人「ちょっと待ておい!」

若者「もう何なんすか?」

老人「説の立証ならずや!君の説穴だらけや」

若者「何が穴だらけなんですか?科学的根拠の塊じゃないすか」

老人「どこがやねん!科学の「科」の「のぎへん」の「の」も無いで君。まだ算数も始まってへんで。話が堂々巡りしとるだけやで」

若者「まあ、ナイスミドル…いや、おっさん…いやジジイがそう思うならそれで良いですよ」

老人「2ランクダウンや。まあ、ええわ勝手に電柱にお祈りしとき……いや、やっぱあかん腹立つわ」

若者「もう何なんですか?」

老人「電柱に祈んのは100歩譲ってええとしよう」

若者「納得してくれたんですね」

老人「納得はしてへん。諦めとんねん。ただ、一つ気になっとる事があんねん」

若者「何ですか?」

老人「言うてもこの村にいくつも電柱がある中で、何でこの電柱に拘ってんねん?」

若者「そりゃこの村で1番大きな電柱、つまり最もご利益のある御神木だからですよ」

老人「え?そうなん?調べたんか?」

    若者、呆れながら。

若者「僕の説に決まってるじゃないですか」

老人「また罠にはまってもうた」

若者「少しは学習してくださいよ」

老人「そやな。これはワシの学習能力が足らんかった。兄ちゃんが勘違いしたまま突っ走るタイプや言う事を忘れとった」

若者「もういいですか?」

老人「うん、もうええわ。何か変な頭痛がして来たわ。まあ、アメリカの宝くじが絶対に外れるようにワシも祈っといたるわ」

若者「ありがとうございます。アメリカの宝くじが絶対に…」

老人「ほんでなんぼ買ったん?」

若者「まだ居たんですか?」

老人「これがほんまのほんまに最後や。何ぼ買ったんかだけ教えてくれ」

若者「まあ、おじさんは適当なこと言っても信じないでしょうから通帳見せますよ」

  若者、カバンから通帳を見せる。

  老人、それを覗く。

老人「えーと?残高8円」

若者「いや、そこじゃなくてその上見てくださいよ」

老人「ああ、すまんすまん。えーと?一、十、百、千、万、十万、ふんふんふん…お前何してんねん?」

若者「何がですか?」

老人「何で宝くじに2千億も注ぎ込んどんねん」

若者「別に良いじゃないですか」

老人「アメリカの宝くじの1等言うたら1800億やで?何で掛ける額が1等を上回っとんねん。ちゅうかそもそも2千億持っとるやつが何宝くじ買っとんねん!」

若者「僕、生粋のギャンブラーですから」

老人「ほならカジノやれや!プライベートジェットでラスベガス行け!」

若者「宝くじもギャンブルでしょうが!」

老人「あのな兄ちゃん。宝くじってな、ギャンブル言うても一般庶民が夢を掴むもんやねん。大金持ちが遊ぶ勝負事やないねん。もし兄ちゃんが何通りも買って当たってみい。金額がグンと下がるかもしれへん。宝くじがハイパーデフレでもしたらどないすんねん」

若者「だから落ちますようにって祈ってんじゃないすか!」

老人「……え?」

若者「実はね、個人的な思い付きで一口200円のロトを2千億使って被らないようにまんべんなく買ってしまったんですよ。今、自宅に100万個のくじ券があるんですよ。当たっちゃったら一般庶民の夢を邪魔しちゃうじゃないですか」

老人「何やそういう事やったんか。なんか鼻につくけど理由は分かったわ」

若者「まあ、もし当たったら100万個のくじ券から当たりくじ探すの面倒くせえなってのが一番の理由ですけどね」

老人「やかましわ!ほんま猟銃でも持ってきたらよかった」

若者「まあまあ落ち着いて。あくまで当たればの話ですから」

老人「そんなら燃やせ!くじ券全部燃やしてまえ!」

若者「それだったら、くじ券をみなさんに一人一人に配りたいすけどね」

老人「選挙出んのか?ちゅうか兄ちゃんなんでこのやり取りに関しては理論武装しっかりしてんねん!さっきのポンコツぶりどないしてん!」

若者「まあまあ、ご主人。何なら1000枚くらいプレゼントしますよ」

    老人、表情が止まる。

老人「……」

若者「めちゃめちゃ迷ってるじゃないですか。分かりやすいな」

老人「うーん、それは出来へんなあ」

若者「もう、ご主人そんな無理しないでー」老人「ここに来たのは貰うためやないからな」

    若者、表情が止まる。

若者「……と、言いますと?」

老人「君当たってんねん」

若者「……は?」

老人「一等当たってんねん」

若者「急に焼きが回りましたか?」

   老人、懐から手帳を出して見せる。

老人「ワシ、こういうもんやねんけどな」

   若者、手帳を気まずそうな顔で見る。

若者「…ほうほう」

老人「君ラスベガスで大当たりした博打の金申告してへんやろ?」

若者「なんか問題でも?」

老人「あのな、アメリカで徴収されてへん金を帰国して数年も申告せえへんかったら脱税や。とんでもない額やで?」

若者「僕、ラスベガスでパチスロやってただけですよ」

老人「嘘つけ!ラスベガスまで行ってパチスロって何やねん!もったいないわ!あのな、防犯に映っとんねん。兄ちゃんがバカラ、ポーカー、ブラックジャックをやっとる所が。全部現場で徴収されてへん金や」

若者「(高笑い)ハハハハハハ!」

老人「何や?おかしくなったんか?」

若者「おじさん。俺が大声で祈ってたの何でか分かる?」

老人「ん?」

    老人、周りを見る。

老人「何やこれ?いつの間に村人が集まっとるやないか!お前、わしの事知っとったんか?」

若者「そりゃそうですよ。この村は俺の敷地ですから。知らない人が入って来たら警備システムが作動するようになってるんでね」

老人「何やそれ?ワシが不法侵入したやつみたいになっとるがな」

若者「わざわざこんな所まで来て、宝くじの当選教えてくれておおきに。おっさん、換金の期限が過ぎるまで俺らと一緒に暮らそうや」

老人「んなもん出来るかい」

若者「それが嫌なら換金しろ。全てあんたにやるよ」

老人「マルサが人の大金を堂々と換金しに行くなんざ、民衆の前で堂々と賄賂貰いに行くようなもんやないか」

若者「伝説になるんちゃうか?」

老人「嫌やわ、そんな伝説」

若者「どないします?このまま俺を捕まえます?一緒に暮らします?それともここで消えますか?おーい!みんな!マスクを取れ!」

   老人、周りを見て。

老人「ん?ま、まさか!全員、同僚やないか!大量に辞めた連中、ここに来とったんか!」

若者「ホンマにあんたは迷惑や。人が気いよく散歩してたらこんな僻地まで来よってからに。急に大声で叫んだからノド痛いわ」

老人「電柱に大声で叫んでたんは村人への合図やったんか!」

若者「まあ、あと10分時間をやるさかい。捕まえるか、一緒に暮らすか選びなはれ」

   老人、周りを見て。

老人「捕まえようがあれへん…このままじゃわしハチノスや…しゃーない。兄ちゃんワシも仲間に入れてくれ」

若者「分かりました」

老人「ただ一つ提案があんねんけどな」

若者「提案?何ですの?」

老人「せっかく宝くじ当たっとんやから、アメリカで換金して、そのままパナマに飛ばへんか?」

若者「おっさん、めちゃめちゃ悪いな!何やその逃亡したマフィアみたいな手口は!」

老人「さすが兄ちゃん!そやねん!ワシ、マルサやりながらマフィアやっとんねん!」

若者「おるか!そんなん!」

老人「え?兄ちゃん知らんのか?」

若者「何がや?」

老人「これがフレックスや」

若者「いやいやそんなフレックスあるか。そもそも公務員やんけ…(周りを見て)ん?お前らいつの間にグラサン掛けて黒服姿になっとんねん?ど、どういうこっちゃ?」

  老人「同僚もフレックスや」

   若者、肩を落とす。

若者「…嵌められたかあ」

老人「なあ、兄ちゃん?」

若者「な、何や?」

   老人、懐から拳銃を出し。

老人「タマ取られたく無かったら、アメリカ行って換金しに行って来い」

若者「これがほんまのパワーボールっちゅうやつか。えげつない事しよるでえ」  

老人「違うで兄ちゃん。ただ教えただけや」

若者「教えただけ?いったい何を教えたんや?」

老人「ギャンブルに必要な駆け引きや」                

 

 (おわり)


 

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「どんでんくじ」 蛾次郎 @daisuke-m

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