それから

 それから数年の月日が経ち、俺は相変わらず誰かの願いを叶え続けていた。その日も依頼を終え、誰かからの感謝の言葉を背にメトロポリスの路地裏を抜ける。

 外は相変わらず曇天だ。陽の当たらない湿ったアスファルトを確かな足取りで踏み、俺は規則的な動きで次の願いを探す。


 あれから、依頼人が何を考えているかくらいは先に読み取るようにした。面倒なトラブルに巻き込まれるのも癪だし、それに関わる時間でもっと多数の願いが叶えられる。結果的に、俺が『悪魔』と呼ばれることは無くなった。


 助けてほしい、という思念を感じ、俺はコートのフードを被る。視界を塞げば、揺蕩う思念を指向性を持って読み取れるのだ。


「……ほんとに来た! 待ってましたよ」


 対象の声が聞こえても、俺はフードを脱ぐ気になれなかった。今回の依頼人の声の癖は、どこかで聞いたことがあるのだ。


「俺にできることなら、叶えてやる。願いはなんだ?」

「話し相手になってください、僕の“ヒーロー”」


 やれやれ。俺は溜め息を吐き、フードを脱ぐ。ついに責任と向き合う時が来たのだ。彼の最後の願いを叶える時が。


 願望器、聖人、サンタクロース。俺を呼ぶ名前は無数にあって、俺はどれも否定しない。ただ、『ヒーロー』と呼ばれたのは、後にも先にも一回だけだ。


 あの日と同じ雲間から差す陽の下、雑多なビル群が切り取る小さな空を背に、あの日より背の伸びた“青年”が笑っていた。

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エンプティ・ヒーロー @fox_0829

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