退廃した未来世界、人の願いを叶えるためだけに生きている人造生命の男と、不条理な事件から家族を失った少年のお話。
ゴリゴリのサイバーパンクSFです。人造生命やサイバネティクス技術等々、科学技術の発達した未来でありながら、うらぶれて荒廃した社会を舞台とした物語。わずか一万字にも満たない分量の中で、くっきり想像できるばかりか浸れる退廃都市を組み上げてみせる、その世界構築の手際に惚れ惚れします。
主人公である『俺』の人物造形が好きです。自我や知能は持つものの、完全に自立した価値判断を持つわけではない、人工の生命。自分で考えて行動はするものの、その行動原理の最上位に「人の願いを叶える」という〝作られた生命としての使命〟が絶対的に存在しており、それゆえ人のような道徳観や倫理を基にした価値判断が(完全に、とは言わないまでも、ほぼ)できない、という特性。面白いのはその彼が視点保持者を担っているところで、スペックとしては人のそれと同じ知性を持ちながらも、しかし根本的な部分でヒトのそれとは大きくズレる、その感覚の違いそのものが実に魅力的でした。語られている内容を飲み込んでいくだけで味がある。
加えて、彼と行動を共にする少年の抱えたもの、そしてそれがどのように物語として展開し、主人公に対してどんな影響を与えていくのか。つまりは物語の流れそのもの(より正確にはその奥で醸成されていく人間のドラマ)が非常に重厚で、とにかく読み応えがあるのが楽しかったです。派手なアクションシーンのあるエンタメ的なライトSFを貫きながら、しっかりと人間の物語をやってくれる作品。さらには〝ヒーロー〟という主題の部分まできっちり描き切ってみせる、とにかく満足度の高い作品でした。最後の締め方が大好き!