第17話アリシア
翌日。
「この調子で私がつきっきりで毎日治療すれば一ヶ月で治りますね〜」
とネアが嬉しそうな、寂しそうな表情で教えてくれた。
俺のご主人サマたちだと嘘言って長く滞在させそうだが、ネアは多少のわがままこそ言うが、俺の機嫌を損ねたり不利益になるようなことはしない。
それが聖女ネア・アースライトという少女だ。
彼女は仕事があるらしく教会へ行っており、今日は一人で温泉巡りをしようと思う。
「相変わらず賑わってるな……」
まちは温泉街の雰囲気を醸し出しつつも、露店や飲食店、お土産屋などが立ち並び、多くの人で溢れている。
人混みが苦手な俺はげんなりするが、これも温泉のため! と人の流れに突入した。
「うげぇ……やっと着いたぜ……"露天風呂 水月"。まさか着くのに三十分、空きが出るのに一時間かかるとは……。だがっ! ついに俺の番だぁ!」
露天風呂 水月。
このまち、いや救世国一の温泉だと有名なこの場所は、温泉の効能が抜群で美肌効果、若返り、健康、怪我や病に効く、とかもう効能てんこ盛りなのである。
小さい頃一度だけ入ったことがあるが、その時はゆっくり入れなかったからな。
落ち着いて入浴できるチャンスに俺はテンションが上がっていた。
るんるん気分でロッカーの鍵を受け取る。
「はい、十五番で……」
「どうも〜」
「ちょ、もしかしてイチヤ様ですか!?」
俺が鍵を受け取ろうと差し出した手を、受付嬢がぎゅっと握る。
ブランドのロングヘアの女の子が俺を見つめていた。
「えっと……どちら様で?」
俺の温泉が邪魔されてイライラしているのはおくびにも出さない。
「アリシアですっ! あの事件で瀕死だった所を助けていただいた、泣き虫の女の子です!」
感激して泣き出しそうな子を見て記憶を掘り返す。
「んんん〜? ……あぁ! 瓦礫の下に埋まってた子か」
そういえば泣き虫なちんちくりんがこの髪の色だった気がする。
「そうです! 来ていらしたんですねっ。お礼も言わせてもらえぬままどこかへ行かれたので、ずぅっと心残りだったんです」
彼女の握る手に力が篭る。
「あはは、ごめん。いろいろ忙しくて」
言えない。あの時魔法で人を救うのが気持ちよくて、カッコつけたくて去ったなんて言えない。
引き攣った笑顔を浮かべる。
「そういえば、今から入浴ですか?」
着替えとタオルを持っている俺の格好を見て彼女は尋ねる。
「うん、そだよ。楽しみにしてたんだよね、この温泉に入るの」
「まあっ、でしたら少し小さくなりますが、VIP用の温泉にご案内します!」
なにぃ!?
「ぶ、ぶいあいぴー!?」
思わず大きな声が出る。
「えぇ、これでも私、ここのナンバー2なんですよっ、今からご案内しますね」
「やったぜ!」
過去の俺よ、カッコつけてくれてありがとう。
俺は今からVIP専用の風呂に入るッ!
アリシアに連れられ、俺はウッキウキで店の裏へと歩いていった。
「……」
一人、聞き耳を立てていた者がいるとも知らずに。
入浴後、またしてもVIP用の個室で泣きじゃくるアリシアを俺は慰めていた。
「なあ、俺は大丈夫だからさ、そんなに泣くなよ」
「うぐ、ぐすん……。でも、そんなに痛ましい背中になられて……辛い時間を過ごされて……支えるどころか少しも知らなかった私が恥ずかしいです……!」
背中をさすり、落ち着かせようとするも泣き止む気配は一向にない。
なぜこうなったかというと、身体を洗い、ついに湯船に浸かろうという時に全裸のアリシアが引き戸を開けて侵入し、俺の背中に浮かび上がる、五つ重なって何が何だかわからなくなった奴隷紋を見て抱きつき、経緯を根掘り葉掘り聞かれたのだ。
そして、俺の境遇に同情し、自分は何もできなかったと後悔しているっぽい。
鼻を鳴らして泣き続けるアリシアをどうしようか困っていると、いつのまにか座っている俺の膝の上にアリシアが乗っかっていた。
「これからは私がお供して、守ってあげますからぁ」
いや絶対無理だと思うし、下手したらぶち殺されるぞ、とは本気で泣いて想ってくれている女の子には言えず、そして結局ゆっくり温泉を楽しめなかったな、と複雑な気持ちで上を見上げるのだった。
「……うわっ!?」
驚きのあまり身体がびくっと震える。
その理由は、何気なく天井を見上げた先によく見知った犬の獣人が張り付いていたからである。
「あるじ様……また女の子を引っ掛けたんだね」
「引っ掛けたって言い方……わぶっ」
メイド服を着た女の子、サクラが俺の顔面に飛びつく。アリシアのお願いのまま頭を撫でて、背中をさすっていた俺は抵抗できずにそのままぶっ倒れた。
「ハーレムがどんどん増えるね! あるじ様っ!」
犬の獣人メイドサクラ……もといハーレム推奨派の女の子は嬉しそうに尻尾をぱたぱたさせるのだった。
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奴隷になったんですが、思ってた奴隷と違う ACSO @yukinkochan05
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