第16話キス

 救世国は、中世風の一般的な街並みと少し違う。

 一つのまちにいくつもの教会があり、多くの聖職者を街で見かける。

 そしてなにより温泉が湧き出ることで有名で、俺も温泉目当てで何度か来たことがある。


「今日からいっくんのおうちはここですよ〜」


 馬車で連れてこられたのはまちの中心部から少し外れたところにある、周りに比べればこぢんまりした家。

 この家実は彼女が住んでいる家である。

 聖女なんだからもっと威厳のある家に住め、と圧が掛かっているらしいが、彼女は頑なに拒んでいる。


「久しぶりに来たわ、この家」


「うふふ、もっと大きな屋敷でもいいんですけど、いっくんはこういうほうが好きでしょう?」


 ぴとり、と俺の横にひっついて歩くネアは嬉しそうに言う。


「よくわかってらっしゃる」


 なぜ俺の好みで自分の住む家を決めているのかはあまり考えないようにしよう。


「そういや、また孤児院とか教会が増えてないか?」


 ふと、久しぶりに訪れて気になったことを尋ねる。


「はい、どうやらウチに孤児が捨てられていたり、そもそも増えているとかで、それに合わせて建てているようです〜」


「へぇ」


 ネアはその件に絡んでいないらしく、あまり詳しいことはわからないようだ。

 俺たちは綺麗に管理された庭を抜け、家に入った。




「いや、いいって!」


「いえいえいえ〜! 看護する者としてっ、一緒に生活する者としてっ、奴隷の主人としてっ、なにより聖女としてお着替えをさせる義務があります〜!」


 半裸の俺と、剥ぎ取ったシャツを鼻に押しつけているネアが家中で追いかけっこをしていた。

 治療のため、魔力線に効くという温泉に入りながら、聖女の回復魔法で治療するのが一番というので、その着替えをしていると頬を染め、聖女がしてはいけない笑みを浮かべるネアが脱衣所に侵入。

 そして逃げる俺と追いかけるネアという形になっていた。


「恥ずかしがらなくても大丈夫ですよぉ! どうせ向こうで見ることになるんですから〜♪」


「タオルかパンツは履くだろ!」


 やいやい言いながら家を一周し、必死な思いで逃げた先はまさかの脱衣所だった。


「うふふ、もう逃げれませんよ〜?」


 ダンっ! と壁を背にした俺の真横にネアの手が勢いよく付かれる。いわゆる壁ドンの体勢である。


「ひ、ひいぃぃぃぃ!」



 ……全部見られました。ハイ。



「む〜、私の裸も見てくださってよかったのに」


 タオルを巻いたネアがむくれている。

 というのも、こいつ俺をひん剥いたあと、自分もその場で脱ぎだしたのである。

 流石に女性の裸を凝視できないと思い、俺は後ろを向いていたのだ。

 全裸で興奮したらよくないだろうが!

 絶対喰われる……!


「ちょっとは羞恥心持とうな……?」


「んっ!」


 嗜めるように告げると、ほっぺを膨らまして頭を差し出してくるネア。

 昔からこういうところは変わらないなあ、と俺は艶やかな銀髪を撫でるのだった。

 そうして少し濁った色の温泉に浸かると、思わず声が漏れる。


「ふぅ〜」


「うふふ、いっくんおっさんみたいですよ〜?」


「いいんだよ、これも温泉の嗜みだ……」


 可笑しかったのか、隣に座るネアはこちらを見てくすくすと笑う。

 この場所で二人で風呂に入るのも久しぶりだな……。


「懐かしいですねぇ」


 俺が昔を思い出していたが、それはネアも同じだったらしい。


「そうだなぁ。あの時はまだガキンチョだったなあ」


「お互い様です」


 そう言って、お互いくすりと笑い合う。

 目を瞑ってゆったりとした時間を楽しんでいると、ぱしゃり、と水が動く。

 のぼせたのかな? と思っていると、俺の胸にむにゅり、と柔らかな感触が伝わる。


「んぁ……ちょ、なにしてんの!?」


 目を開いた先にはタオルを外して生まれたままのネアの姿。

 彼女は俺に跨るように乗り、抱きついていた。


「ち・りょ・う、ですよ〜」


「なななな、なんで引っ付く必要が!」


 やばい、久々に感じたこのマトモな性感!

 たつ! たっちゃうぅ!


「むふふ、回復魔法は肌でふれあう面積が大きいほど効力が発揮されるんですよ〜?」


 そう言ってネアは背中に回した手を撫でるように動かす。


「ひぅ……で、でも……」


「……そんなに嫌なら、別の方法がありますが〜……」


「そっち教えてくれ!」


 さすり、とネアの手が腰を撫でる。


「性行為、です」


 目をハートにしたネアがもう片方の手を俺の頭に持っていき、顔を俺に寄せる。


「ちょ、まっ」


「ヘタレは愛想を尽かされますよぉ?」


 ちゅ、ぅ〜、ぐちゅ……

 長い長いディープキス。

 初めての経験の快楽と、興奮、そして長風呂によってのぼせ上がった俺は意識を手放した。



「あら? ……うふ、気絶するほど気持ちよかった、ということですかぁ? ……こんなことできるのは私だけ。あなたを満足できるのは私だけなんですよ〜いっくん♡」

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