第3話 綿飴
彼の家は幾分変わっていた。木造建築ではなかったし、全体が南極の大地のように白色で、恐らく正方形だった。そして一つだけ取り付けられた木製の窓は周りの白色に閉塞感を感じているかのように大きく開けられている。僕は彼の家を上から下へ見ながら持参した魔法瓶の麦茶を胃に流し込む。透明すら抜けきって気化した脳や内臓に徐々に赤色がつけられていった。僕は彼のドアに吸い付くようにして彼の家のドアに手をかけた。(ノックはしなかった。何故だかそのときはそれがいかにも非常識であるかのように感じた)ドアは多少名残惜しそうにギィと内側に開いた。内装は表面の質素さと相対して西洋のどこかの資産家の邸宅のように派手な装飾が施されていた。首のない鹿の剥製や、ルネ・マグリットの「ピレネーの城」の模写作品や、レッドカーペットや、黒い革で作られた重厚なソファなどがぎょっとして互いに目配せているのを背中で感じながら僕は鹿の剥製の横にあった階段に足をかけ、彼がいるのであろう2階へと向かった。
2階は打って変わっていくつか個室があり、書斎室のドア前にあるオダマキを生けた瓶以外はドアノブに至るまで全て白色だった。僕は自分の中にある触れることのできない臓器の様なものに体を押し出されるようにして書斎に向かって歩き出し、ドアに手をかけ記憶の彼の1ピースをはめ込んだ。彼はこちらを向いてやあと言った。その無機質で温かい言葉を僕はしばらく脳から肘、足の爪へと巡らせながら少しずつ削って味わった。言葉を味わっている僕を、彼、もといAは少し目を細めて見つめていた。ようやく言葉を飲み下して、僕はAに
「突然押しかけてすみません。」
と有機的でがらんどうな言葉を吐いた。僕はその時彼のことは見てはいなかった。僕が目を向けていたのはこの空間に満ちた高揚と陶酔でできた柔らかな空気だった。
山海月 Leo @Leo0911
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