第15話

 そもそもの話だ。

 萩村優人という少年が共依存という末路に辿り着きたいことは、最初に告白した時点で理解していた。


『僕を好きになるような人は、物好きな変態でしょ』


 この言葉の時点で、その要素が詰まっている。自分に依存されることに依存するような変態としか付き合えないという、そんな要素が。

 なら何故最初からそれを言わなかったかといえば、その時は私がその選択を許容できるか怪しかったから。

 確かに彼の事を好ましく思っている。

 でも彼に依存することはできるのか。彼に依存されることに耐えられるのか。

 そんなの彼の事を知らないと判断することは出来ない。

 だからこそ、彼を知る為に動き続けた。


 ✱


「……答えは出ていたんです。でも本気で言わないと、臆病な萩村くんは見抜いてしまう」

「いや、見抜けないと思いますけど……」

「では、感じとると言いましょう。これは日和さんとも認識を照らし合わせた客観的事実ですよ。……本当に面倒な人ですよね?」


 ……俺そんな変な特殊能力を持っていたのか。

 などと、必要のない思考にも関わらず、思わずにはいられなかった。


「本当にこれだけなんですよ。萩村くんを恋に落とす方法、もとい方法は」


 渡里さんはそんな俺の様子など気にせず、言葉を紡ぎ続けた。

 それにしてもという言葉を選ぶとは、本当に俺の事をよく理解したのだろう。

 日和を紹介した俺、GJ。


「あくまで依存し合うというのは、恋に落とすというのは手段なんですよね、萩村くん?」

「……はいそうです、って言うには自分が情けないんだけど?」

「いつ死んでもおかしくない、いつ私がキッカケでおかしくない。これは日和さんから教えてもらった。そこからやっと萩村くんを理解出来た────」


 ……そうだとも。俺が、、自分を守りきれなくなる可能性は常に付きまとっている。

 だから、目標を求めていた。

 俺は────


「────依存した相手を自分が生きる理由にしたい。それが、萩村くんが求める救いの在り方」


 そんな、他人依存の醜い救いを求めていた。

 この願いは良くない事なのだと、自分で解釈していながら。

 それでも俺は、それを望まずにはいられなかった。


「……理解できない」


 、俺は彼女を疑う。

 例えそれが本心だとしても、何かしらの理由から歪められた結果であり、彼女自身が本当にそれを望んだ結果なのかと疑いを向ける。


「そんなクソみたいなヤツに依存されることを、なんで受け入れられる? なんで俺みたいなヤツに依存する? そこに全くといっていいほど、道理が伴ってない」


 やめておけばいいのに、そう言って彼女に疑いの目を向ける。

 こんな事を尋ねず受け入れれば、俺は無事生きる理由を得られるのに。

 救われるあきらめることが、出来るのに。


「…………」


 そんな苦悩に苛まれている俺を、渡里さんはただ見ていた。

 この表情はなんなのだろうか。少なくとも微笑みを浮かべているが、そこに微笑ましいものを見ているような温い意味は感じ取れない。


「……そうですね。確かに一般的に言われる正しさには沿わないでしょう。そもそも恋愛なんてそんなものと言うことは出来ますが、そういうことではないのでしょうし」


 ────言葉から、微笑みを意味を感じとる。

 それは。これは。

 俺がその答えに辿り着いたのを感じたのだろう、彼女は微笑みを苦笑いに変える。

 あの微笑みの真意。この声音から感じ取る、渡里千代という女子高校生の想い。


「────私は、何かの特別になりたいだけなんです」


 自嘲が込められた、肯定を求める感情。それが彼女が口にした願い。

 どうやら俺の言葉に向けていた微笑みは、ただの共感だったらしい。

 彼女は折り合いをつけられていただけで。俺のように歪むことがなかっただけで。

 人並みに、しかし確かに、承認欲求が存在していた。


「萩村くんが対象になったのは、偶々私の琴線に触れたからってだけですよ」


 肩を竦めてみせる彼女は、しかしどこか誇らしげに見えた。

 そんな様子が、今の俺には眩しい。


「でも、偶々だとしても、貴方の特別になりたいと願ったんです。願い続けることが


 本心を告げているだけなのだろうと思う。

 裏も表もさらけ出してくれてるのだろうと思う。


「……ただそれだけの私の手を取って、共依存という幸福な地獄を歩んでいきませんか?」


 彼女はそう締めくくって、手を差し出してきた。

 俺がこの手を取るか否かなんて、もはや考える必要も無い。

 俺が求めた道理を、道理に沿わない理屈でねじ伏せられた。

 ただの承認欲求と偶然。俺である必要はなかったとはっきり告げられてしまえば。

 道理に沿わない理由は存在した。

 ならもう、疑うこともアホくさいじゃないか。

 それに日和を紹介したことを後悔していない時点で、俺は結局こうなることを望んでいたのだから。


「……ここまで言われて恋に落ちあきらめられない男がいるわけないでしょ」


 そう言ってお手でもするように、彼女の掌に自分の手を添える。

 初めて触れた彼女の手は、俺のと比べるとひんやりと冷たく、柔らかい。

 そんな彼女の────恋人の手が、俺の手の指に指を絡めはじめる。

 そしてすぐに、いわゆる恋人繋ぎが完成する。


「私の勝ちですね。それでは優人くん」

「……………………なんでしょう?」


 俺の手を強く握ったり緩めたりしながら、初手から下の名前で呼んでくるという童貞には威力の高い技を叩き込みつつ、どこか圧を感じる笑顔を向けてくる。

 腰が引けた返事を返す俺の顔に、渡里さんは突然顔を近づけてきた。


「っ!? ちょ、近いんですが?」

「そうですね、顔が近いですよ?」


 俺の言葉に、彼女はさも当然だとでも言うように、そして遠回しに「察せ」と仰られる。

 つまり、と。


「……わかった。えっと……千代、さん。その体勢しんどそうだし、楽にして」

「はい。では」


 そう言って詰め寄っていた身体を戻して、彼女は瞳を閉じて俺を見上げるような姿勢になる。手は離してもらってないけど。

 緊張とか、不安とか、そういう感情を抱きながら顔を近づけていき────



 ────感慨なんか抱く余裕もなく、恐る恐る唇を触れさせた。



 一瞬だけ触れさせただけの、いわゆるバードキス。

 ただそれだけでも、俺みたいな陰キャ童貞にはいっぱいいっぱいだった。

 きっと何かしら言われるのだろうと、そんな風に思っていたのだが。


「…………ありがとうございます。それじゃ、一緒に帰りましょう」


 彼女はそう言って、繋いだ手を離して自分の席へと荷物を取りに行った。

 そんな様子に戸惑って呆気に取られてしまったが、彼女がバックを肩にかける際にチラリと髪の隙間から見えた耳を見て気づく。


「あー……そうだね。帰ろうか」


 敢えて、その真っ赤な耳を指摘したりはしない。

 自分のリュックを背負い、出入口で待つ彼女の顔が視界に入らないように、彼女の後ろまで近づく。

 深呼吸をする音が聞こえてきて、落ち着く時間が必要なのだろうと素直に待つ。

 そして十秒ほどで彼女は振り返って、「行きましょうか」と俺に笑顔を向ける。

 未だ朱色が頬を彩っていたが、わざわざそんなことは言わずに頷くだけで返す。


「……お互い、顔赤いですね?」


 …………言わないでおいたのに、千代さんはそう言って微笑んできた。

 人のこと言えないって確信があったから黙ってたのに。


「…………そうですね。好きになっちゃったし」


 せめてもの反撃にそう言って、手を繋ごうとする意志を手を差し出すことで示す。

 千代さんは俺のそんな素直な言葉が意外だったのだろう、一瞬キョトンとしたあとに顔を真っ赤にさせた。

 そして俺の手に指を絡めて、引っ張るように無言で歩き始めたので、大人しく引っ張られながら付いていく。可愛いかよ。

 しかも歩みをやめないまま小さく呟くのだ。




「…………私も好きですよ、優人くん」




 ああ、こりゃ余裕で依存出来るわ。

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救いの在り方 ちじん @sutera0225

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