第14話

「ん? 誰から……」


 告白からちょうどではないけど、大体一ヶ月。

 夏の暑さが本格的になりつつある頃の昼休み、葵と駄弁りながら飯を食べていたところ、渡里さんから通話アプリで『話があるので、放課後クラスに残っていてください』とメッセージが届いた。

 しばらく挨拶くらいしかやっていなかった上で、突然のこの呼び出し。


「……なぁ、どっちだと思う?」


 その内容の意図がどうなのか、葵の意見を聞いてみる。

 『どっち』とは要するに、冷めたか否かの事。


「落とす気だと思うが?」

「そうかぁ……」


 葵からの見解は否。

 まあ、自分でもそうかなと予想してはいたため、驚きはあまり無い。

 空返事の様な呟きを漏らしながらスマホの画面を眺めていると、「なるほどねぇ」と葵が言葉をこぼした。

 葵に視線を向けてみれば、納得半分ニヤケ半分みたいな表情を浮かべている。


「なんだよ」

「いや? どことなく表情が柔らかいと思ってな?」

「……まだ調子に乗ってんのか」


 葵の見たものを聞いて、自嘲の言葉をこぼす。

 そんな俺の様子に「それやめろよ」と苦笑いを浮かべる葵。


「健全な高校生ってだけだろ。お前の友人やってる俺に失礼だから」

「……あー、うん。そうだなスマン」


 そんなあまりに実直な苦言を受け、素直に謝罪する。

 例の重い自白を受けてのことなのだろうか、思った事を更に直接言うようになった気がする。

 なんて事を考えていたら、更にメッセージが届いた。


『ちゃんと好きですよ』


 ……そうですか。聞こえてましたか。顔が熱いんですがどうしてくれるんですかねあの美少女は。


「お前ってそういう顔するんだな」

「どういう顔かは知らんけど、とりあえず飲み物買ってくるわ」

「照れ隠し下手過ぎか? 俺コーラ」

「……130円用意しとけ」


 うるせえ、もはや隠す気も出ないくらいに照れてるわボケ。

 いくら自虐的敗北主義者の俺でも、ここまで明確な好意の向け方されたら照れるし嬉しいわ。

 告白された時だって同じような気持ちになってたし、今更だ。

 教室を出る途中でチラリと渡里さんに目を向けてみれば、随分と楽しそうに出入り口へ向かう俺を見ていた。

 目が合った渡里さんに微笑みを向けられて、俺は逃げるように教室から出ていく。

 もうこの頃には、いつもの慣習が脳裏によぎっていた。


 調子に乗るなよ俺風情が、と。


 ✱


 そして時間はあっさりと通り過ぎ、放課後。

 スマホでゲームやってたら時間を忘れたという雰囲気でゴリ押し、時刻は16時を指し示す。


「……で、どうするんですか?」

「そうですね。とりあえず、南ちゃん。早く帰らないと馬より先に私の足が出るよ」


 渡里さんがそう言うと、教室の廊下にいたらしいその南さんが姿を見せた。

 彼女は僅かな沈黙の後、何故か俺に目を向けてきた。


「……萩村。わかってんでしょうね?」

「脅すようなら僕の手が出るよ」

「チッ……」


 うぜぇ。いや、気持ちはわかるから極端に嫌うこともないけど。

 ホント、俺みたいなヤツ相手だとなんであんなイキれるんだろうか。舐められてるのもあるんだろうけども。


「なるようになるよ。その結果は私と萩村くんの問題で、貴方には関係ない……心配してくれるのは嬉しいけど、ちょっと度が過ぎてるよ」


 とは渡里さんの弁。これは正論。

 渡里さんのこの言葉が効いたのだろうか、一瞬目を見開いたあとに何も言わずその場を去っていった。ちゃんと階段を降りる音も聞こえてくる。


「……私が謝ることでもないですけど、ごめんなさい」


 そして察してはいたが、渡里さんが謝罪する。

 なんでああいう声のデカい馬鹿の謝罪は、本人ではなく関係者が謝罪するのだろうか。

 今後その意味を理解することは出来ても、きっと納得は出来ないだろう。

 それよりも先に、目の前の謝罪を受けないといけない。


「いいよ気持ちはわかるし。あの人にとって俺は、薄汚いオッサンと同列視するような汚物なんだろうし」

「萩村くん。その発言、日和さんにバラしてもいいんですよ?」

「あ、ごめんやめて。あの人の事は許さないでおくからやめて」


 ……なんだこの台詞。でも求められてるのはこういう事なんだろうし。実際満足げに微笑んでるし。

 まあ、葵に言われたアレと似た事なのだろう。

 好ましく思っている人が非難されて、喜ぶような人はほぼいない。

 にしても日和の名前がしれっと出てきた辺り、仲良くなったみたいだな。それだけでも、渡里さんとの関係に意味はあった。


「さて、もう面倒なやりとりは抜きにしましょうか」

「はい、どうぞ」


 感傷に浸っていたところで、渡里さんから宣言が行われた。さっさと終わらせて帰りたいし、変に間延びさせるようなことも言わずに促した。

 彼女は一つ深呼吸をして、それから俺の目を見て口を開く。

 なんでもないことのように、俺が望み続けたその言葉を口にする────



「依存し合いたいので、私と付き合ってください」



 ────共依存。俺にとってもはや唯一とさえ言える救いの言葉を。

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