第13話

 改めて考えたけど、やはり私は彼のことを好ましく思っている。

 

 彼は困っている人を無視しきれない善性を持っている。

 そうでもなければ、ノートを忘れた自業自得の人に対してルーズリーフを提供したりなんてしない。

 その優しさは、好意を抱くのに十分な人間性だ。


 彼は過去と向き合いきれない弱さを持ちながら、その責任を他人に押し付けようとしない。

 そうでもなければ、あそこまで真っ直ぐに捻じ曲がる事なんて無かったはず。

 その実直さは、好感を保つのに十分な誇りプライドだ。


 そして彼は、少なくとも私がこれまで見てきた人の中で一番、自虐的かつ自罰的な人間だ。

 自らが肯定されれば欺瞞であると否定してみせ、自らが否定されれば事実であると肯定する。

 何も知らない人は謙遜だと見るかもしれない。彼を最低限のみ知る人は自虐だと嗤うかもしれない。


 だが少なくとも、親友かのじょは知っていた。


 友人かれも知っているかもしれない。


 そして私も知っている。

 

 あれは他者を上げる謙遜である面もあり、己を守る自虐でもあり、そしてただ己を戒める自罰だ。

 純粋さゆえに、彼は誰かを傷つけたこともあり、歪んでいるがゆえに、彼はそんな自分を傷つける。

 矛盾を孕んでいても、それを無自覚に理解していても、彼は自分を曲げることはできず、一直線に捻じ曲がる。


「……ありがとうも、好きも、ちゃんと届いてるのになぁ」


 届いているのに、『好かれてはいけない』なんて想いに苛まれて受けいれられずにいるのが彼────萩村優人という人間の根本だ。

 自分の異常性を認めている故に、その異常性に他者を巻き込むことを心の底から嫌っている。不器用にも程があるだろう。

 それでいてこんな救いを求めているのだから、矛盾を抱えすぎだ。

 ……などと理解者ぶってみているが、全くの見当違いの可能性もあるんですよね。

 結局、人の気持ちなんて一から百まで理解することなんてできない。

 だから人はすれ違い、傷つけ、あんな風に歪むこともあれば、私みたいに狂うことになる。

 理解出来ないまま、理解した気になって、好意を抱いたり、嫌悪を抱いたり。

 私と南ちゃんを比較してみれば、びっくりするくらいに彼への感情は正反対だ。

 南ちゃんだって、

 クラスでルーズリーフを渡すのもそうだし、些細なことに気を使う彼の姿は度々見かける。

 特別意識することはなくても、視界の隅でそういうことをやっていたということはわかっている。

 じゃあ何がいけないかといえば、結局のところ人間性になるのだろう。

 好ましく思われない言動を、好ましく思われないと理解しながら話し、それが耳に入ってくる。

 そんなことが出来てしまう異常者を、その上辺しか知ることの無い人が好ましく思うなんて無理のあること。

 ……こうして思い返せば、誰よりも私こそが異常なのは間違いない。


「……結局何が言いたいんだ、私は」


 ここまで思考を重ねた末に、ふとそんなことに気付いて苦笑いを浮かべる。

 たぶん、この思考に結論なんて出ない。

 ただ無駄な思考で時間を費やすだけの、本当にバカみたいな行い────


「────ああ、そうか」


 そのバカみたいな行いで、ついに彼女は自身の問題に答えを得た。

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