寂れた村の、奇妙な因習のお話

 とある山奥の村の老婆が、住民調査に来た若い公務員に語った、「そらわたり」という名の因習のお話。
 タグに「鬱」とある通り、なかなかに陰鬱なショートショートです。できればネタバレのない状態で読んでほしいタイプの物語なのですけれど、しかし作品の特性上、魅力的な箇所に触れると少なからずネタバレになってしまうところがあります。したがって、未読の今すぐ作品本編に進むことをお勧めします。
 非常にホラーテイストなお話、というか、なんならホラー作品と思って読みました。完全に老婆の発話そのものである、口語体の文章。さらには耳慣れない風習に、不穏さを孕んだ状況と、半ば怪談にも似た道具立ての数々。しかしお話としてはあくまで現代ドラマというか、要はそれらに何か超常的な現象や存在が関わってくるわけではないという、その構造が本当に、こう、よかった? です。いや「よかった」という言葉で本当にいいのかこれ? と思わせてくれる点も含めて、じっとり重たい満足感。
 一応補足しておくと、超常的な何かが介在していないと、そう言明されているわけではありません。ただ、この物語の中には登場しない。つまり見えていないだけで本当は何かがあるかもしれない——という、その言い方では少し意味合いが変わってしまうのですけれど。たとい物理的に観測されるものがなくとも、因習としてのそれが存在している時点で、きっと間違いなくそれは〝ある〟。そのように「やってきた」という事実の大きさと重たさ、それが読後にいつまでもお腹の中に残る、静かながら強烈なショートショートでした。