第8話逃走
視界の変更に継ぎ接ぎはなく、一瞬で、テレビのアングルが変わるように、視界が切り変わった。
「え?」
オズマの口から間抜けな声が漏れ出る。
「間抜けをさらしてないで、さっさと行くぞ」
オズマは何が起こったかわからないままメリーの後についていく。
そして階段を下りながら、今自分の居るところが屋上へ繋がる非常階段であることを気づく。
ワープしたのか?という疑問を感じながらメリーに置いて行かれないように廊下を走る。
「ただのワープじゃないぞ、今のは」
少ししてメリーが答える。メリーは相変わらず飛んでいる。
「じゃぁなんなんだ?さっきのは。一瞬で空間というか、自分の居た場所が変わったように感じたぞ」
「まぁ大体ワープみたいなもんなんだがな……ところでオズマ。これからどうするの
つもりだ?」
疾走の末、十文字を完全に振り切ったオズマたちは、特に目的地もなく、逃走の余力で廊下を歩いていた。
「教室に戻ってもまた十文字に絡まれるしなぁ……」
オズマは下を向く。
正直、現時点で、行くあてについて何も案はなかった。
ただ何も考えずに彷徨っているだけである。
いうならば、ただの放浪者。いや流浪者というべきだろうか。そっちのほうがなんかかっこいい気がする。
「別に教室に戻っても、十文字とやらはもう襲ってこないと思うぞ」
メリーはそれが当然であるかのようにサラッと言う。
「え?どうしてだよ」
「やつは完全にビビらせた。私に対しては、もう牙のない獣みたいなものだ、案ずるでない。ま、もしも命知らずにもう一度襲ってきたらその時は容赦なく殺るがな」
「なるほど」
オズマは行き先を教室に設定する。
「でも、さっきはやけくそになって襲い掛かってきたぞ」
「そのやけくそになった相手が一瞬で視界から消えたんだ。『こっちはお前をいつでも殺せる』っていいメッセージになっただろ。……というか、もしかしたらもう教室には戻ってこれないかもなぁ」
話の最後のほうは、ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべながら言った。
全く、性格さえよければなぁ……とオズマはつくづく思った。
「今、失礼なこと考えたな。言っておくが全部筒抜けだからな」
「あ、やべ。すんません」
「まぁいい。今私は機嫌がよいからな。それに免じて許してやろう」
教室のドアを開けるとき、オズマはすこし躊躇う。
居たらいたで面倒だし、居なかったらいなかったで心配である。
どちらに転んでもこの扉の先にはいいことが待って居ないのである。ドアを開けずに、この結果を見る事を先延ばしにするのは当然のことだろう。
「ほら、早く開けんか」
授業ももう始まってしまう。仕方がない。
オズマは観念して教室の扉を開ける。そして真っ先に十文字の居た席を見る。
「……」
「ほら言ったろ。奴は私の力に怖気ついて逃げると」
十文字の居た席には誰も座っていなかった。
何と無く居心地の悪さを感じながら自分の席に座るオズマ。
自分は特に何もしていないが、罪悪感が湧き上がってくる。
「どうせなら罪悪感でも消しておけばよかったな」
その言葉をかき消すように、一時間目の開始を告げるチャイムが鳴った。
☆
帰りのホームルーム。
あれから十文字はオズマたちの前に姿を現さなかった。
クラスの人たち(特に女子)は行方不明だと必死に探したが、見つからなかった。
メリーは十文字の消失を「私の実力」と胸を張ってい自慢げにしていたが、オズマにはどうもそうは思えなかった。
オズマの眼には十文字の眼が焼き付いていた。
十文字が一矢報いようとメリーを見た瞬間の眼。足こそは恐怖に震えていたが、あの眼はまだ除霊を諦めていなかった。十文字は、心の底から屈服したわけではないのである。
たとえ自分の命が果てようともメリーを祓う。そんな強い意志が感じられた。それも実際に対面したからなおさらハッキリと。
太陽に照らされた帰りの道を歩きながら、オズマは少しの不安を感じていた。
「何を懸念している。奴の力なんて私の足元にも及ばない。安心せい…………ん?」
メリーの頭の中にある考えがよぎる。が、それは口には出さない。
オズマはメリーが何かを企んでいることなど露知らず、メリーと会話を続ける。
「まぁ近くにメリーがいればそうなんだけどなぁ」
「そうだな。私が近くにいれば、不安はなくなるな。うんうん」
「どうした?急に」
「いや、何でもないぞ。ちょっと思いついてしまっただけだ」
朝には心地よく感じた空気も、今は何だか窮屈に感じる。
塀の上にいる猫二匹が牙を見せて威嚇しあっている。
いつもの日常がメリーによって変わっていくのを感じながら、オズマは自宅の玄関をくぐる。
メリーさんは今も後ろにいる 田中 @zakosi2
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