第7話VS転校生

「何呑気なこと言ってんだよ。ていうか何で追いかけられてるのっ‼」


 全力疾走の中で、オズマは怒鳴るように聞く。


「まぁ、詳しい話はあとでするが。それよりそんなに喋ってて体力は持つのか?」


「そう言われるとなんだか……ハァ……ハァ……」


「ほぉら」


「……」


 二人は転校生である十文字からの逃走を図り、廊下を猛ダッシュしていた。(メリーの方はふわりと浮いていて走っている感じではない)

 オズマが人を避けるまでもなく通行人は、全力疾走しながら大声で独り言を言っている誰が見ても怪しいオズマを勝手に避けてくれる。


 しかしその不審者は、メリーとの会話に夢中で、自分が不審な目を向けられているという事に気づいていない。


 オズマたち二人は、階段を上がり、追手の視界から逃れようとする。

 しかし、階段を上がりながら後ろを見下ろすと、十文字が鬼のような形相で追いかけてきている。


 正直、もう体力も怪しくなってきている。


「全力鬼ごっこだの」


 オズマはその空気読めてない発言にガン無視を決めながら階段を上がり、三階にでて、そこから廊下を走りだす。

 三階には高校一年の後輩たちがいるのだが、今は体裁なんか気にしてる暇はなさそうだ。


 下級生から冷ややかな目線を浴びながらオズマは廊下突き当りにある非常階段に向かう。


「どこに向かうつもりだ」


(屋上だよ)


 飛んでいるため、全く息の切れていないメリー。

 その問いに、苛立ちを覚えながら返すオズマ。


 この高校———市立笠茶木かささぎ高校では、屋上に上がるときに非常階段を経由しないといけない。理由は何だったか忘れたが、階段で直通でいけないのは不便なものだ。


 オズマは走りながら、なぜ自分が屋上に向かっているのか、その判断は自らの逃げ道をなくすものなんじゃないかと、判断ミスを感じながら屋上へのルートを辿る。


 転校生が急に追いかけてくるんだもの、仕方ないよね。いろいろ考えてる時間なんてなかったもの、と自分を慰める。


(聞こえておるぞ。自分を甘やかしおって)


(うっさい)


 非常階段を駆け上る。ここまでの疲労が重なってどうしても足取りが遅くなりスピードが落ちる。


 追手の足音が近づいてきているのが音でわかる。階段のコンクリートを蹴る音が耳に近づいて来る。


 息を切らしながらオズマは屋上へと階段を登りきる。

 そして額に書いた汗を拭いながら「できるだけ遠くに」と階段から距離をとる。


「ハァ……ハァ……」


 息を整えるために膝に手をつく。

 久しぶりの強度の強い運動に、体もがたが来ているようで、膝ががくがくと震えている。その震えを抑えようとしても制御できず、自分の体じゃないように感じる。


 非常階段を上ってくる音が聞こえる。その音は段々と近づくにつれてゆっくりになりやがて止まった。


 オズマと転校生が対角線に相対する。


「これはまずいことになったなぁ」


 口ぶりからは緊張感が全く伝わってこないメリー。

 しかしオズマは何と無くそこにある圧迫感を察知していた。


「どうして追いかけるんだ」


 オズマは十文字に問う。


「笑わせないでくれ。だったら何でそんな必死になって逃げたんだ?」


 問に問で返す十文字は、自己紹介とは正反対の近寄りがたいオーラを全開に出していた。

 そのさっきとは別人のような雰囲気に思わずオズマはしり込みする。自分が要因となって彼を豹変させているとなればなおさら。


「そ……それは……」


 言葉が続かない。紡げない。


「その人形のせいだろ」


 弁解に詰まるオズマに被せる様にして、指を差しながら、十文字は言う。

 オズマははっと顔をあげ、十文字を見た。


「見えるのか……メリーが……」


「メリー呼びか。怪異なんぞとなんとも親しいものだな」


 嘲笑うように十文字は言う。人間じゃなく、家畜を見るような眼をしている。


「弁解など聞く価値もない。怪異に魂を持った人間の話などどんな理由があろうと言語道断。だからここでお前は……死ね」


 十文字が腰元に右手入れ何かを取り出そうとしながらオズマのほうへ走り出す。

 急な展開に、当のターゲットになっているオズマは、ただおろおろすることし出来ない。


「全く。少しは何かできると思っていたが。まさかこれ程までに木偶の棒とは……しばらくそこでおろおろとでも言ってろ」


 オズマの後ろから、オズマと十文字のやり取りの間ずっと静謐を保っていたメリーが文句を言いながら前に出た。

 宙に浮いているため、オズマの目線よりも高いところから十文字を見下ろす。


「霊媒師の見習いごときが、私に勝てるとでも思ったのか」


 銀色の髪を揺らしながら、「貴様など敵に及ばない」とこの戦いに対する余裕の雰囲気を醸し出す。

 その言葉に十文字の足が止まる。


「見習いだと?僕はもう立派な霊媒師だ」


 メリーは「フッ」と嘲笑する。そして見下したような眼をして。


「何が立派な霊媒師だ。立派な霊媒師は考えなしに怪異に突っ込んできたりなどせん。それもこの私にならばなおさらだ」


 言葉に傲慢が滲み出ている。が、それに気づいているのはオズマだけである。


 二人の間に沈黙が流れる。


 その緊張感の蚊帳の外にいるオズマはこの隙を使って状況を整理する。

 転校生が霊媒師で、メリーさんが僕に憑りついていると分かって、メリーさんを僕ごと払おうとした。(というか僕を直で殺しに来ていた)

 となると、ここでメリーが負けると、僕もこいつに殺されることになる、のか……?


 オズマは十文字を見る。整った顔立ち。品のよさそうな佇まい。すらっとしたスタスタイル、お金持ちそうな雰囲気も出てる……男。


 こいつに殺られるのは癪だな。

 オズマは早々に結論を出す。


「メリー。勝てるのか」


 オズマはメリーのほうを見上げて聞く。


「当たり前。そんなこと聞かなくてもわかるだろ。自明の理ってやつだよ自明の」


「まぁ。そう答えるだろうとは思ってたよ」


 さて……。

 オズマは十文字をじっくりと見て、この戦いの行く末を考察する。

 その右手は腰元に添えられたままになっている。あそこから何かを出すのか、何かをするのかはわからないが、何らかの構えであることは確かだろう。

 高校生だから、純粋な背丈で言ったらメリーの1.5倍くらいはあるだろう。(十文字は無駄に背が高い)

 しかし現状だとメリーは浮いているため、目線はほぼ対等になっている。

 十文字の構えに対してメリーは特に構えも取らず、自然体でいる。 

 メリーはここからどうやって白星をあげるのだろうか。


「どうした?かかってこないのか。私に怖気ずいたのか?」


 かかってこいと挑発するように手を振る。

 この行動は、怪異を毛嫌いしている十文字には相当な煽りとなるだろう事が、路傍のオズマにも分かる。


「こ、この……」


 足を震わせながら、十文字はキッとメリーを睨みつける。

 その震えの原因はメリーへの恐怖である。


 オズマは自分がKYという事を承知しながら「メリーってそんなに怖いんだぁ」と呑気に空を見る。


 それが契機になったらしい。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 若干の自暴自棄を含みながら十文字がオズマたちに飛び向かってくる。


 その相当な剣幕に、オズマは「え?本当に殺されないよね。今こっち来てるけど。ねぇ」とメリーに対して少し不信感を抱く。

 そして、あんなに余裕ぶっていたメリーがポカーッと口を開けているのを見て、今更ながら焦りを抱く。


「お、おい。大丈夫なの……?」


 しかし、そんなオズマの不安をメリーは相手にせず、


「私に立ち向かってくるとはなかなかいいものを持っているな」


 と感心していた。


「いや、感心してる場合か」


「なんだい。さっきからうるさいねえ」


「うおぉぉぉおぉぉぉぉぉ」


 目の前には刃物の先端。

 切っ先がこんなにも目の近くに来たのは初めてだった。

 オズマはスローモーションになる自分の視界から、自分の寿命の底を見た。


 こんなにもあっさりとしてるんだなぁ。

 二度目の死の危険を目の前にオズマの脳内はゆったりとしていた。


「やっぱり恐怖は感じないようだなぁ」


 メリーがゆっくりとした世界で呟く。そしてオズマの近くまで降りてくる。

 そして、オズマの顔を覗き込むようにして。


「どうやったら怖がるのやら」


 少し呆れたようにそういった後、メリーの眼が一瞬鋭くなるのを、スローモーションの世界の中で、オズマの眼は捉えていた。


かくれんぼあなたの後ろ


 メリーがぽつりと零すように言う。


 次の瞬間、オズマの視界が変わっていた。



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