第20話 死を知らない火の鳥は、灰を枕にして眠る

「……」


レジスタンスの皆さんのレア度を上げた後、本格的に国盗りを始める前にどうしても済ませておきたかったことを為すために私は無茶を言ってハルカさんたちと領地の境目まで来ていた。


私とスマッシャーさんは白昼堂々と歩いているといつ何処で雄ブタ狩りに遭うかも分からないということで、キキョウさんとウララカさんの引く荷馬車の上で荷物に偽装して隠れ、その横を護衛のような形で単身ハルカさんが馬に乗りながら並走してくれている。


かくして、私たち5人が向かっている場所は、私がこの異世界に初めて訪れた場所である。タクジさんやコリアさん、ミナナくん、それに20人以上の男性が収容されていたあの牧場だ。


どうしても、どうしてもあの場所であったことの顛末を知らなければ私の心境は落ち着きを保てなかった。たとえそれが悲惨な結末であったとしても、それを知って先に進むのと知らずにいるのは大きな違いである。


せめて一人でも多く生き残ってくれていれば、たとえ捕まって雄ブタとして他の牧場に移送されていたとしても死んでさえいなければ必ず私が助け出してみせる。


そして、カーシャちゃんも無事でさえいればそれでいい。


そう祈るようにして右手と左手をギュッと合わせて、刻一刻と過ぎる間ただただ願った。


しばらくして、荷馬車は徐々にスピードを落とし停車した。もしもの時のためにすぐには下りずにハルカさんたちの対応をじっと待っていたが、不意に私たちを隠していた布が取り払われた。


「イッパツ、着いたよ。…多分、ここだ」


出発した時から大分時間が経ってしまっていたらしく、辺りは夕焼けに照らされて紅くなっていた。


だが、その夕焼けに照らされたハルカさんの表情を見て、私の体は自然と動きだしていた。転がるようにして荷馬車から降りると、後ろからスマッシャーさんやキキョウさんの驚いたような心配したような声が聞こえた気もしたが、そんなことはどうでもよかった。


しばらく走って、走って、走って、走った後。そこには…。


何も無かった。


私たちが閉じ込められていたあの家畜小屋のような場所も。カーシャちゃんたちの部屋があったあの建物も。勿論、そこに居た人々も含めて、その痕跡すらも何も無かった。


いや、“無い”と言うのには言い過ぎであった。あるにはあった。黒く焦げた炭のような物体が、そこら中に、私が記憶していた建物の場所に、山積みになっていた、ただただ黒い塊が、そこら中にあった。


「これハ…。火をつけて建物を壊したのカ?」


「そうみたいだね…。しかも、ここに人を残したまま。男も女も見境なし…か」


「何て…!こんな酷いことを…!」


皆、この光景を見て思い思いの言葉を吐き出していたが、そんな中私の目にとあるものが移り込んできた。


かつて中庭があった場所、あの日皆で集まっていたあの中庭の中心辺りにいくつもの朱い槍が突き刺さっていた。まさにそれは“朱壁”のローザが振り回していた一品であり、そのローザと相対していたのはカーシャちゃんである。


地面に突き刺さった朱槍からは赤黒く変色した何かが伝って地面に広がっていた。そして、そのペンキを乱雑に塗ったかのような染みは地面や草を塗りつぶしながらずるずると汚い線を描き、その先は…先程の黒い塊の山へと続いていた。


ここまでくればたとえ名探偵でなくとも何が起こったのか何て容易に想像できた。


その時彼女が死んでいたのか意識があったのかは定かではないが、ローザと戦った彼女はその後引きずられ、家畜小屋の中へと放り込まれて皆と一緒に焼かれた。そういうことだった。


「…カーシャ…ちゃん」


私はもはや人なのか木なのか何なのかも分からない消し炭の山の前で彼女の名を呼んだ。


あの時私を逃がすために孤軍奮闘したカーシャちゃんは…死んだのだ。


「…ぐ…うぅ…あ…!…あぁ!」


どんなことがあろうとも泣いたって仕方ないのだから泣かないと決めていたはずなのに、そんな決意も虚しく私の目からは涙が零れていた。


「…イッパツ」


そんな私を憐れんでか、肩にそっとハルカさんの手が添えられた。振り返ると、ハルカさんも悲し気な表情をしていたし、スマッシャーさんは声に出さずとも泣いていた。キキョウさんもウララカさんもさめざめと泣いてくれていた。


皆、ここに居た人達と知り合いであったわけではないだろう。だが、ここに居た人達と同じ気持ちを持った同志であることに違いはない。その涙は同志たちの無念を嘆くものであり、同時にその決意を引き継ぐものでもあった。


今度は誰も死なせはしない。こんな涙を流すのはこれっきりで十分である。もう誰も泣かない国を、世界を創るのだ。


私は涙を拭って、もう一度黒炭の山へと向き直った。でも、その心中はもう後ろ向きではない。


「タクジさん、コリアさん、ミナナくん…それにカーシャちゃん。ありがとう、私は行きます。皆さんから託されたこの命、絶対に無駄にせず、絶対に約束を果たすから…、だからどうか見守っていてください」


それだけを言うと私は立ち上がり、ここまで付いて来てくれた皆さんと向き合った。


「すいません、皆さん。でも、もう決心はつきました。もう…大丈夫です」


「安心しなよ、イッパツ。今度は私たちが付いてるから」


「そうダ!もうお前にはオークの戦士が付いていル!」


「私たちも全力でお手伝いいたします!」


「が、頑張ります!」


ハルカさんたちにも嫌な思いをさせてしまったというのに、皆さん私も励ますためにできる限りの笑顔を見せてくれた。でも、この4人なら、この4人とレジスタンスの皆さんとなら絶対に成し遂げられる。そんな勇気が持てて、やはりこの場所に来たことは間違いではなかったと確信できた。


「じゃあ、そろそろ夜になりますし、もう帰りま…」


いつまでも宿敵ローザの領地内でのんびりしているわけにもいかず、いつローザの手の内の者に見つかるとも知れないのでレジスタンス基地まで撤退しようと進言しようとしたその時、不意に後ろから物音が聞こえた。


私はその音にただ振り向くだけであったが、視線の端で捉えたハルカさんとスマッシャーさんは即座に反応していた。


私の目線の動きと同じ速度で動きだしたハルカさんたちはその物音を立てた何かに向けて剣を構えていた。そして、その物音を立てた何かの正体を私が目にした頃には、スマッシャーさんの剣は胴をハルカさんの剣はその者の首を確実に捉えていた。


「…女の子?」


まるで炭と灰の中から這い出してきたようにも見えたその人は、金髪に紅い瞳をした生まれたままの姿の少女だった。いや、少女かどうかは定かではないが、そのなだらかな肉体に付いた小さなお胸は大人の女性のものには見えなかった。


無論、その小さなおっぱい、通称“ちっぱい”を見て少女と断定したわけではない。彼女を少女と断定したのは、その少女が…死んだはずのカーシャちゃんと瓜二つであったからだ。


「まっ!?」


何故、どうして、死んだはずのカーシャちゃんが目の前にいるのかは定かではなかったが、とにかくハルカさんとスマッシャーさんを止めようと思い口を開いたが既に臨戦態勢の二人はもはや止めようもなく、二人が手にした剣はカーシャちゃんの肉に喰い込んだ。


「ん!?」


「何ッ!?」


だが、カーシャちゃんの肉を割いたはずの刃からは真っ赤な血ではなく、真紅の炎が燃え上がった。その燃え上がった炎は瞬く間にハルカさんたちを飲み込むと、二人は一瞬にして火だるまと化した。


「ぐわァァァ!!?」


「あ、あつっ!?…く…ない?あれ?」


「ぬをォ!?オ?オオ…、本当ダ、熱くなイ…」


一瞬にして二つの焼死体が出来上がったかと思ったが、カーシャちゃんらしき少女から出た真紅の炎はハルカさんたちを焦がすことなくただゆらゆらと揺れているだけだった。


「やっと…あえた…」


「カーシャちゃん!!」


急に電池が切れたように炭と灰の山から力なく崩れ落ちてきた少女を抱きかかえてその顔をよく見たが、やはりどこからどう見てもカーシャちゃんだった。


何がどうなって死んだはずのカーシャちゃんが蘇ったのか。私の腕の中ですやすやと寝始めた彼女は既に夢の中で、すぐにはその真相を明かしてくれそうになかった。

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“リロール”-ブタから英雄になる国盗り物語‐ 名乗るほどの者ではありません。 @watyawatya_dp

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