第14話 物語の終わり

 9年後、ヴァルクアのとある町。

 その日は良く晴れて、町を囲んだ田畑の作物たちが、日の光を浴びて爽やかに輝いた。田畑の間の馬車が通れる程の、町へ続く道を、一人の少女が走っている。


 大きな麦わら帽子を風で飛ばないように、頭を押さえながら。幼いながらも、子供の駆ける速さは目を見張るものだ。あっという間に少女は大好きな母の待つ、自らの家へとたどり着いた。


 拓けた都会の街の家とはまた違い、田舎の家構えはどこか優しげだ。藁葺の屋根には植物が生え、レンガの壁には蔦が何本か張り付いている。

 少女が乱暴に閉めたドアは木造で、端はささくれていた。

 その家の周囲には色とりどりの花が咲き乱れ、その家を隠すようにした様が、秘密の花園かという風情でとても美しい。


「ねえ、おかーさん! この町にも吟遊詩人が来るんだって!」

「レイリア。まったく、ドアは優しく閉めなさいって何度も言ったでしょう?」


 少女が母と呼んだ女性がキッチンから振り返る。

 豊かで鮮やかな金の髪が揺れて、海を閉じ込めた青い瞳が注意深く歪んだ。


 彼女は少女を叱っているつもりなのだが、そのおっとりとした口ぶりではまるで叱っているように感じられない。だが少女はそんな母の事が大好きで、「はあい、ごめんなさい」と答えた。


レイリア?

もしこの小説を読んだあなたなら、ピンと来たかもしれない。

もちろん、この少女はあのレイリアではない。


「おかーさんが私につけた、レイリアって名前の歌人様の物語が聞けるんだよ!」

「まあ、レイリアの……」


 少女の母、ミリアは目を見開いた。

 普段何度も聞いているけれど、懐かしい名前に、思いを馳せずにいられない。物語で聞く事もあるが、彼女は一体今どこで何をしているのだろうか、と。


「歌で魔物をおとなしくさせて、ヴァルクアの国は平和になったんだよね」

「ええ、本当、御伽噺みたいだけれど」

「私も歌人になりたいなあ」

「あら、私もかつては有力な歌人候補だったのよ。あなたにもその才能の血が流れているわ」

「おかーさんたら、それほんとう~?」


 クスクスと少女が笑う。

 それを見て、ミリアも目元を緩ませた。

 もう、歌人という存在さえ不必要になった国で、母と娘の朗らかな笑い声が響いた。














 時は変わって夜。

 どこかで見た泉で、一人歌う女性が居た。

 歌声に応え、雪の様に青い光が水面に反射し、閃いている。


 その女性こそ、もう物語の主人公になってしまった、レイリアその人だ。姿は、やせっぽっちで、みすぼらしい、ボサボサ髪のレイリアではなかった。


 手足はすらりと伸び、その肌は小麦色。艶やかな黒髪の陰には、僅かに紫を含んだ蠱惑的な瞳。その顔立ちは平凡ながら、一口含めばとても甘そうな美しい女性へと、成長していた。

 レイリアが歌い終わると、乾いた拍手が泉に響く。


「エレツアル、居たの? あんまり出歩いてはだめよ」

「夜はいいだろう、君がここに居ると思って」


 エレツアル妖精王は、ヴァルクアでは死んだこととされた。

 姿を見た者は多くないが、誰もがエレツアルを一目見れば、妖精王と気づいてしまうだろう。ルイス王は、エレツアルとの約束を守り彼を自由にした。

 王室の監視が届く範囲で、レイリアと共に暮らしている。


「明日には発つのだから、そろそろ寝よう、レイリア」

「ええ、……でも、なんだか落ち着かなくて」


 歌人の歌声によって平和を手に入れたヴァルクアに、もう妖精王とレイリアは必要ない。


 エレツアルは、微笑んで、そっとレイリアを抱きしめた。


 いつか2人で話した、妖精と人が共に暮らす国へ。



 その後のことは、物語にもならない――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヤンデレ妖精王と私 カゼノフウ @kazeno_fuu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ