第13話 選択

レイリア様。

陛下が貴女様を深く愛していらっしゃるように、貴女様も陛下を思われているとお見受けいたしました。

どうか、聞いてくださいませんか。

誰かを愛して、その人が傷ついてしまったとしましょう。もし自分に、その人を癒す力があり、それが出来るのなら。

選択するしかありません。

たとえ自らが犠牲になったとしても、その人を失って生きて行けるか、それとも、生きていけないのか。

レイリア様なら、どうされますか?

つまり、陛下のご決断は、前者だったのです。

どうぞ、ご自分を責めないでください。







俯き、呆然とする私に、彼女は静かに語りかけた。

応えることが出来なくて、失礼な態度を改めないといけないのに、私には力がなかった。彼女は静かに語りかけた後、部屋を出て行った。きっと、今は一人にした方が良いと判断したのだろう。


「エレツアル…っ!」


彼は死んでしまうのだろうか。

それも、私なんかのために。

凍てつく冬の氷の楔より気高く、春の甘雨に濡れる花より美しい、彼を。

ふと、先ほどのメイベル様の言葉が思い出された。


『誰かを愛して、その人が傷ついてしまったとしましょう。もし自分に、その人を癒す力があり、それが出来るのなら。選択するしかありません』


ずっと不安だった。何もかもが完璧なエレツアルの愛に応えて良いのか。でも、彼は命を以て証明したのだ。私のことを愛してくれていると。


「こういう、気持ちだったの?エレツアル」


泣いていてばかりでは居られない。私も選択しなければいけないのだ。ただ泣いて彼を失うのを待つのか、自分に出来ることを精一杯するのか。

寝台から降りると足に力が入らず、思いっきりこけてしまった。その音で、すぐドアの前に居たのだろう、メイベル様が駆け寄ってきた。


「レイリア様!…誰かあれ!」

「メイベル様、大丈夫ですよ。話してくださってありがとうございました。私に、選択肢をくれて」

「…貴女様は、ただ悲嘆にくれるお方ではないのですね」


涙ぐむ彼女に焦っていると、複数の足音が聞こえた。


「彼女が起きたのか?!」


驚くべきことに、その主はルイス陛下とアレイ師であった。メイベル様はあからさまに顔を歪めて、寝間着姿の私をかばった。


「ああ、礼に欠いてしまい大変申し訳ない。早くレイリアに伝えないといけないことがあってね」

「いいえ、エレツアル陛下のことでしょうか?」

「そうだ。部屋を閉め切り、人払いさせよう。いいかい?」

「もちろんです、陛下」


素早く寝間着姿から着替え、部屋にはルイス陛下、アレイ師、私の3人になる。

外は荒れた天気なのか、王室の一角のしっかりとした建物な筈なのに、窓が小さくカタカタ鳴いている。正確な時間は把握できないが窓から見える月の位置で凡その時間は予測できた。もうみんな寝静まっている時間だろう。寝台の正面にあるローテーブルと、それを囲むソファに私たちは腰かけた。

誰もが表情に憂いを含んでいる。


「エレツアルの体の毒は、徐々に命を蝕んでいる」

「…」

「本来なら為す術もない。なんせ、毒を盛った本人が解毒薬が分からないというのだからな」

「犯人がわかったのですか?」

「ああ、リリアン嬢だ。恐らく、黒幕は別にいるが、恋心を良いように操られたのだろう」

「(リリアン嬢が、私を殺そうと…)」


エレツアルが遠征から帰ってきた日、彼を見る彼女の青空を宿した瞳が思い出された。


「レイリア、夜が明けた頃、歌人の儀を執り行う」

「それと、エレツアル陛下をお救いするのにどう関係があるのですか?」

私は焦りといら立ちを抑え、ルイス陛下に尋ねた。

「この国は、どうやって平和を保っていると思う?」

確か、この国の外には魔物が居るが、精霊が守っているとエレツアルが言っていた。

「精霊が祝福しているからでは?」

「そのとおり。歌人たちと妖精王が祈り、精霊がこの国を守る…というのは言葉が足りない。歌人の儀は、精霊が1つだけ願いを叶えてくれるというものなんだ」

「それは…」

「つまり、今回の儀で今までとは違うことを祈る」

「…、それでは、この国は戦乱に巻き込まれてしまいます」

「レイリア、ルイス陛下がお決めになられたことです」

師が諫めるように、初めて口を開いた。


「この国の歴史はとてもどす黒くて、もう私は受け止めきれない、潮時だったんだ。歴代の妖精王の扱い…。人間の平和のために、幼い頃から妖精王は王室に囲われる。扱いやすい人形にするため、希望を持たせないよう、何もかもが無駄だと教え込まれる。例えば、寒空の下冷水をかけ死ぬ寸前まで放置され、満足に食べることを許されず、凌辱され、暴力をふるわれ、感情をなくさせる。他に方法はあるはずなのに、人間の、魔法が使える妖精に対する妬みなのか、恐れなのか、それらは『慣例』としてずっと行われてきた」

「…そうして、魔法は失われていったのです」

「なんて惨いことをっ…」

「だがエレツアルは…人形にならなかった。人形のふりをして、生きてきた。死ぬよりもおぞましいことの上に成り立っている平和に、私は、何の価値も見いだせない。この『慣例』は私の代で終わらせる。そしてエレツアルを救うのは贖罪だ。代償の10年の戦乱は引き受けよう。だから、歌人の儀でエレツアルを救う様に願ってくれ、レイリア」


私とルイス陛下の願いは一緒だった。私は願いをかなえるために、多くの人を犠牲にするのだ。もしかしたらミリアも、レイも犠牲になるかもしれない。それでも、エレツアルを助けたいのなら、選択するほかない。

もし物語のヒロインなら、この時、みんなが助かる方法を持っている筈なのに、そんな力はない。


「共に、この国たっての、悪役になってくれるか」


胸に手を当てて、彼と再会した日を思い出した。

木々の間から射す日の光を浴びて、こちらに微笑みかける彼。


「なります」

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