タイムマシン
三浦航
タイムマシン
「明日から入院だってさ。」
「そっか…。」
僕はなんと言っていいのか分からず黙ってしまう。高校生の時にこんな辛い経験をすることになるなんて、昔の自分に言っても信じられなかっただろう。
彼女は癌を患っていた。若い人なら早期に発見できれば回復する確率が高いそうだが、彼女の場合見つかった時には手遅れの状態だった。選んだのは治療して延命するのではなく、今まで通りの生活を送ることだった。つまり余命は短い。
「もう普通の生活を送れないから、これからは病院のベッドで暮らすことになりそう。」
「じゃあもう学校じゃ会えないんだね。」
いつか来ると思っていた日が、明日になった。学校で会えない分は病院で会おう。彼女を元気づける言葉は自分自身も元気づけた
それから僕は時間を作っては病院に行く日が続いた。
日に日に痩せていくが、僕と会うときは気丈にふるまってくれた。強がりだということは誰の目にも明らかだったが、強がれるだけまだ元気だということだと思った。
そんな彼女が気弱になった日があった。体調がすぐれないのだろう。そのときの彼女の姿を見て何もできない僕は弱い人間だろう。本当に辛いのは彼女なのに、僕はただ悲しむだけだった。
次の日もお見舞いに行った。彼女は前日よりも元気だった。
「体調いいの?」
いいわけないだろうが、つい聞いてしまった。
「なんだかよくわからないけど、朝起きたらすごくうれしい気持ちになってて。」
いい夢でも見たのだろうか。でも夢なら忘れてしまうし現実ではない。現実の世界で僕がもっと楽しくしてあげなくちゃ。彼女の夢が、僕を奮い立たせた。もっと生きていてほしいと、強く願った。
それから僕はできる限り明るく接した。彼女がだんだん弱っていく姿に涙が出そうになっても、僕が泣くのは病室を出てからだった。
初めて病室で泣いた。彼女が亡くなった。
彼女にもう一度会いたい。きっかけは自分の願望だった。
そして僕は作り上げた。願望を叶えるものを。
技術的にまだ未熟な装置のため、一人一回が限度だった。この装置を改良するのに必要な時間は僕にはないだろう。病院に行かなくても、体が病に蝕まれているのがわかる。急がなくては。
いつの彼女に会いに行こうか。ふと当時のことを思い出した。
彼女の元気がなくなっていたとき、彼女を元気づけられなかった自分。不甲斐なかった当時の自分に代わって、今の僕が元気づけてあげたい。この装置を使えるのは一人一回まで。その一回は自分のためじゃなく、彼女のために使いたい。
僕は彼女のもとへ赴いた。彼女が気づいた。
「あれ、どうしたの? なんか老けた? 顔色悪くない?」
当然の反応だろう。目の前に40歳も老けた彼氏が現れたのだ。わかってくれただけでもラッキーだ。
取り乱さないのはこれが夢だから。夢だからとんでもない話でも信じて見てしまうのだろう。
「僕は未来から君の夢の中に来たんだ。」
「あ、これって夢なんだ。そういえばさっき就寝時間になった気がする。」
「久しぶりに会えて嬉しいよ。」
「私も。まあ私は君に会うのはさっきぶりだけどね。」
彼女は笑顔だった。夢の中でくらい笑顔でいてくれて僕は嬉しかった。
「実はタイムマシンを作れてね。」
「え、すごいじゃん! ノーベル賞とか取れるよ! あ、でもこれは夢なんだよね?」
「夢だから過去に来られたんだよ。」僕は説明する。
「人が過去に戻ると、少なからず過去が変わってしまうだろ? タイムパラドックスってやつ。でも夢ならその心配は少ない。現実世界に存在しないし、何よりみんな目が覚めると忘れちゃうからね。」
「だから夢の中に来てくれたんだ。」
夢の中では理解が早いようだ、と僕は笑ってしまった。学校じゃいつも僕が勉強を教えてあげていた。でも全然理解してくれない彼女は途中から飽きて、僕も一緒に飽きて、遊びだしてしまうのだった。
当時のことを思い出して涙がこみ上げ、流れる。
「どうしたの、悲しいの?」
「いや、久しぶりに会えたから、ちょっとね。」
「私がいなくなった世界はどう? いつ死んじゃったの? 他の子と付き合えた?」
質問に答えることができなかった。涙が考える力を奪っているようだ。
「今日はそんなこと話に来たんじゃないよ。」
「じゃあどんな話をするの?」
「僕が忘れちゃった思い出話とか聞かせてほしいな。」
僕の望み通り、僕たちは楽しく話をした。これから起こる先のことを考えることなく、ただその瞬間を楽しんでいた。
もうすぐ現実の彼女の目が覚めるようだ。
「ごめん、そろそろ時間みたいだ。」
名残惜しい。もう彼女には本当に会えないのだ。
「また来てくれる?」
彼女は期待していた。
「タイムマシンができたならまた来てくれるんだよね? 私いつでも待ってるから。夜がきて眠るのを楽しみにしてるから。」
「ああ、また来るよ、絶対にね。」
「今日のこと、私目が覚めても絶対覚えてるから。」
「君の記憶力じゃあ無理じゃない?」
おどけて笑おうとしても顔が上手く笑えない。
「いや、今回は自信あるな~。」
彼女の顔は希望に満ちている。
本当は覚えておくことはできない。過去が変わらないために、夢の内容は絶対に忘れてしまう。そんなこと言い出せるわけがない。
また泣いてしまった。こんなに泣いたら嘘とバレているかもしれない。でも嘘を考える力が涙を抑える力を奪っているようだった。
「じゃあ、またね。」
「うん、また。」
手を振ってくれる彼女は純粋な笑顔を浮かべていた。僕はどんな顔をしているのだろう。きっと涙でめちゃくちゃなんだろう。
また過去に行きたいが、僕にはもうそれができない。
現実に戻ると寂しさからさらに体が重い気がした。あの嘘は嘘でなくなるのかもしれない。この装置は負荷が大きい。常人なら1回使うだけでその人の命を奪ってしまう。
あの嘘は嘘でなくなるかもしれない。僕ももうすぐそっちへ行くから。ちょっと老けてしまったけど、あの夢の続きをしよう。
目が覚めた。人生で一番すっきり起きられたかもしれない。そんなにぐっすり寝たのかな。いや、何故だかわからないけど、いますごく嬉しいんだ。今日も彼が来てくれると予知でもしたんだろうか。
よくわからずご飯を食べてくつろいでいると彼が来た。
「体調いいの?」
「なんだかよくわからないけど、朝起きたらすごくうれしい気持ちになってて。」
彼との時間が続く限り、私は死ぬまで幸せになれる気がした。彼ともっと生きていたいと思った。
タイムマシン 三浦航 @loy267
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