第2話 法隆寺と海なし県のエビフライ

 名阪乙特急、大阪難波行きアーバンライナーに乗車中。列車はまもなく木曽川を渡り、三重県に突入する所である。木曽川に架かる橋梁を渡る。このあたりは、JR関西線と国道1号線、少し離れるが東名阪自動車道と並走する。日光が水面を照らす中、軽快に渡ってゆく。あっという間に三重県に入った。近鉄長島駅を通過。ここから南の方へ歩くとアトラクション施設やイルミネーションで有名な長島温泉がある。機会があれば一度行ってみようかな、と考えたりした。桑名駅を発車し、おにぎりを包んでいたラップのゴミを片付け、読書でもしよう。


 津を出てしばらく経った。まもなく伊勢中川というところである。名阪特急の醍醐味といえば、中川短絡線なかがわたんらくせんだろう。かつては伊勢中川駅でを行っていたが、この短絡線のおかげで、伊勢中川でスイッチバックをすることなく、スムーズに大阪線へと転線できる。ポイントを渡り、短絡線に入る。短絡線全体がカーブとなっていて、先頭車両が見えるほどの急カーブだ。名阪特急でしか通ることのできない線路を、少し特別感を感じながら渡り、大阪線へ入った。後ろに人がいないので、席を倒し、少し寝ることにした。


 目が覚めた。ちょうどトンネルを出た時だった。マップのアプリを開く。大阪教育大前駅を通過したようだ。いよいよ大阪府内に入った。鶴橋まではもう少し時間があるが、降りる直前から準備を始めては忘れ物をしてしまうかもしれないので、起きていることにした。俊徳道しゅんとくみちを通過したところで、降りる準備を始めた。荷物棚に置いておいたリュックを出す。中身を確認する。大丈夫。何も盗られていないようだ。ふと思い出す。財布は?少し焦ったが、尻ポケットに入れたのをすっかり忘れていた。まぁ何はともあれ全てちゃんとあることが確認できたのでよかった。


 列車は鶴橋に到着。降り口に向かう。ドアが開き、ホームに足を1歩、2歩と踏み出す。「着いたー!」

 思わず口に出してしまった。腕時計を見る。8時55分、9時5分前か。8時台に大阪にいることが信じられない。駅名標を撮り、友達にチャットで「大阪なう」と送る。すぐに既読はつかなかった。まぁ休みだからいいだろう。


 駅の改札を出て、少し散策してみる。鶴橋駅は、地上だけでも、近鉄大阪線・難波線とJR大阪環状線が立体交差してるだけあってガタンゴトンという列車の通過音で賑わっている。駅を出ると道路があり、目の前を大阪シティバスの車両が通過していった。中型のバスだったが、ある程度客は乗っているようだ。運転士は制帽をかぶっていなかったので、(制帽は廃止したのかな)とも思った。

 高架下には路地裏の商店街のようなものがある。名古屋にある大須商店街とは違い、大阪らしい、独特な雰囲気である。まだ朝だが、さすがは大阪と言ったところか、活気が溢れている。

 少し散策したところで、鶴橋駅に戻り、JRで天王寺に向かう。鶴橋には大阪メトロ千日前線も通っているので、千日前線で谷町九丁目まで行き、谷町線で鶴橋、というルートでもよかったのだが、久々の大阪環状線を味わおうと、JRを選んだ。改札まで来て、ふと思い出す。しまった、ICカードの残高が20円しかなかった。別に残高が1円あれば入場はできるので天王寺についてからチャージして下車、でもよかったのだが、せっかくなので、紙のきっぷを買うことにした。天王寺までは130円なので、お金を投入し、「130」のボタンを押す。券売機から「鶴橋→130円区間」と印字された乗車券が出てきた。旅先、とくに愛知県外ではICカードか1日乗車券みたいなものがあればそれを買って行動するので、大阪の駅名が書かれたエド券エドモンソン式乗車券は新鮮だった。改札に乗車券を通し、階段を勢いよく1段抜かしで登り、外回りホームに向かう。


(もうホームドアがついたのか)以前来た時はまだ、ホームドアはなかったが、知らない間についたようである。大阪環状線の安全性が向上したと同時に、もう2度と103系や201系といった4ドア車両が環状線に乗り入れないことを意味していた。オレンジ1色の列車がもう来ないことに少し寂しさを感じていると、接近メロディーが鳴る。これこれ。大阪に来たって感じ。列車が入線する。323系の8両編成である。車内は警戒色の黄色が目立つがステンレス車体にオレンジ色を纏っているデザインは『オレンジ=大阪環状線』というイメージが定着しているんだな、と実感させられる。

 大阪の風景を眺めながら、列車は市内を進む。日本で完全に環状運転を行なっている、かつ両回りで運行している「鉄道」路線は、ここ大阪の大阪環状線、名古屋の地下鉄、名城線めいじょうせん、おなじみ東京の山手線やまのてせんである。路面電車(「軌道」路線)も含めると札幌市電も当てはまる。


 列車は天王寺に到着。天王寺も大阪のターミナル駅だ。ここから一気に和歌山に抜けられるのだから関西の鉄道網はすごい。さすがは私鉄王国を走るJRだけある。

 きっぷは天王寺までしか買っていないので、一旦改札を出る。さて、これからどうしようか。あべのハルカスに登るのもいいし、地下鉄でどこかに出てもいいし、JRや近鉄でどこかに出かけるのも良い。JRの発車標を見ると、「大和路やまとじ快速 奈良方面加茂かも」という表示を見つけた。

(奈良…そういや法隆寺ほうりゅうじも久しく行ってないな…よし!)

 ICカードを自動改札機にタッチし、列車の発車する16番のりばに向かう。まだ時間はあるのだが、待機列ができているので並んでおく。


 列車が入線。大和路快速には、かつて「新快速」の顔として京阪神を駆けていた221系が使用される。現在でも東海道線系統で運用している車両はあるが、高槻以北各駅停車の快速運用がほとんどである。「アメニティーライナー」という愛称もついている。今は全車両が体質改善工事を受けており、車内は323系と同様に警戒色が目立つ。むしろ323系より多い気がする。進行方向左側のクロスシートに腰掛け、9時35分、天王寺を発車。大和路線に入り、加速する。列車は、久宝寺、王寺と停車し、王寺から先は終点の加茂まで各駅に停車する。


 乗車中にスマホでニュースを見ていると、友人からチャットの返信が来る。

「おおー」

「てか朝から大阪かよ」

 と友人。

「なんだよ悪いか」

 と返信する。

「いや俺休みはゆっくりしたい派なんやて

 なんで送ってくるんだよ」

「すまんすまん。悪気はねーよ」

「罰としてなんかお土産買ってこいよ」

「へーい…で何がいいよ」

「今お前どこ」

「わし?今奈良に向かってるけど」

「なら阿闍梨餅あじゃりもち買ってきてよ」

「阿闍梨餅は京都の和菓子なんだが」

「じゃあ京都行ってきてよ」

「えーめんど

 奈良から京都まで1000円かかるんですけど」

「いいから買って?ね?一生のお願い」

「一生のお願いそこで使うのか…

 帰ったら奈良から京都への交通費請求するからそのつもりで」

「(´・ω・`)」

 友人がしょぼんとした顔文字を打ったところでスマホを閉じた。


「まもなく、王寺、王寺です。」

 列車はまもなく王寺に到着する。この先は大和路快速の全列車が各駅に止まるが、法隆寺駅は次なのですぐである。

 王寺を出発して3分ほどで法隆寺駅に到着。時計を見ると10時ちょうどだった。観光するにはちょうどいい時間だろうか。階段を上がるとせんとくん像が迎えてくれる。毎回思うがキモい。

 浮かれた気分で改札を出ようとしたその時、ピーポーンという音と共に改札が閉じる。IC読み取り部が赤く光っている。エラーか。その時、「チャージしてください」と改札機から案内が流れる。(え?)モニターを見る。

【残額 20円】

(しまった…!!)

 ICカードの残額が20円だということをすっかり忘れていた。すぐさまチャージ機に向かい、2000円チャージし、改札を出る。


 改札を出て法隆寺へのバスが出る乗り場に向かう。駅を出たところにあるので、すぐ着く。

 奈良交通・72系統 法隆寺参道行き…法隆寺まではこのバスに揺られる。ちょうど10時17分にバスがあるようだ。時計を見るとまだ10時6分。まだ少々時間があるが、10分ほどなので待つことにした。

 2分ほど待ってバスが転回してきた。全長7mほどのツーステップ小型バスだ。この車種は中扉の部分がリフトになっていて、車椅子を利用するお客さんも乗せれるようだ。全国のコミュニティバスなどでよく見るような小型バスである。整理券を取り、車内へ。せっかくなので最前列の「オタ席」と呼ばれる座席に座った。斜め右に運転台があるので、運転士の動作などを見ることができるし、何より前面展望楽しむことができるなどから、バスオタクがよく乗る席として「オタ席」の名がつけられたのだろうか。ただ残念なことに、最近製造されるバスではこの席が省略されていることが多い。

 利用者はそこそこいるが、大半が法隆寺への観光客だと思われる。ヨーロッパ系だろうか、外国人も2、3人乗っている。


 バスに揺られること約10分、法隆寺参道バス停に到着。運賃箱に整理券と料金190円を入れ、運転士さんにお礼を言い、車内を後にする。降りたら左に向かって歩き、南大門を目指す。法隆寺参道バス停から南大門までは少し離れている。

 南大門より法隆寺に入る。法隆寺は飛鳥時代に建造された日本最古の木造建築物だ。最初に見えてくるのが五重塔と金堂である。以前来た時は工事をしていて金堂の様子を伺うことができなかったが、今回は工事が終わっていたので見ることができた。石の基礎の上に木の柱と漆喰の壁が目立つ。法隆寺の建物はシンプルな建物だが木や漆喰を活かしているところが個人的に好きである。飛鳥時代の仏像は痩せている印象がある。当時の大陸の影響だろうか。日本は平安時代の国風文化が広まる前まで、中国大陸などの影響を大きく受けており、飛鳥時代は日本独自の文化を作り出す出発点なのだ。

 本堂の近くに中には入れないが木造の食堂がある。ここは日本最古の食堂なんだとか。少し離れたところに夢殿ゆめどのという建物があるのでそこも見に行く。夢殿は釈迦の最期が描かれた絵などが展示されている。その建物は綺麗な八角形で、とても美しい。

 夢殿には「救世観音菩薩立像ぐぜかんのんぼさつりつぞう」という秘仏が安置されている。左右対称、痩せていてすらっとした印象を受けるこの仏像は、629〜655年ごろに造立されたと言われており。飛鳥時代から存在している数少ない仏像である。像高は177.8cmであるが、聖徳太子の身長は180cm前後と言われており、太子の在世中に造立されたことから、聖徳太子の等身大の像ではないかと言われている。秘仏のため通常は観ることができないが、年2回あるご開帳でお目にかかることができるという。


 法隆寺を観て回ってきたが、お腹が空いてきた。12時14分。ちょうどお昼時である。すぐ近くの松本屋というお店に入った。店内は少しレトロな印象を受ける。席に座り、メニューを見る。法隆寺といえば、正岡子規の「柿食えば 鐘が鳴るなり 法隆寺」の句が有名であるがここではうどんの生地に柿を練り込んだ「柿うどん」というのもある。ただ私は柿が苦手なので、エビフライ定食を注文した。1100円。料理が到着。エビフライが3尾、ご飯、サラダとデザートのオレンジ、フライにつけるタルタルソース、味噌汁、漬物がセットになっている。早速エビフライから頂こう。サクサクの衣に包まれたエビはプリップリで、とても美味しい。揚げ加減もちょうど良い。海なし県の奈良県でこんなに美味しいエビフライが食べられるのかと感激した。タルタルソースをつけて食べてみる。タルタルソースも中に入っている野菜がシャキシャキで美味しい。サクッ、プリプリッ、シャキッ、タルタルソースエビフライをより一層引き立てる。サラダの千切りキャベツもシャキシャキである。新鮮なものを使っているのだろう。味噌汁は名古屋の人間からするとさっぱりした味だが、この優しい味もまたたまらない。いつか全国の味噌汁を飲み比べてみるのもいいかもしれない。デザートのオレンジか果肉がジューシーで、甘味が強かった。あっという間に完食してしまった。


 会計を済ませ、法隆寺参道バス停からバスに乗り、法隆寺駅へ戻る。そういえば阿闍梨餅を買ってこいと言われていたんだっけか。改札機にICカードをタッチし、奈良方面ホームに向かう。電車がちょうど行ってしまったらしいので、しばらく待つことにした。この後の予定はまず次の大和路快速で奈良まで行き、奈良からはJR奈良線の電車で京都まで向かい、京都駅の売店で阿闍梨餅を買う。帰りは難波から名阪特急で帰るので、17時半頃までには大阪・難波近辺に戻っていたい。あと4時間ほどは楽しめそうだ。法隆寺駅に滑り込んできた8両の大和路快速に乗車し、奈良へと向かった

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架空旅行記 TM @TeeMN-359

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