打ち上げ花火とかき氷

しましま

夏の夜に

 夏休みも残り一週間。うだるような暑さと全く終わりの見えない課題にため息が漏れる。


「なにため息なんて吐いてんのよ。せっかく手伝ってあげてるんだから、ちゃんと真面目にやりなさいよね」

「でもなあ……さすがにこの量は多すぎだって」

「文句言わずに早くやる!」


 そう語気を強めるのは幼馴染の朝日だ。

 今日は朝からずっと、彼女に課題の消化を手伝ってもらっている。普段から当たりは強いけど、なんだかんだで協力してくれる優しい幼馴染で、俺はそんな朝日のことが実は好きだったりする。


 しばらく黙ってペンを動かしていると、唐突に朝日が口を開いた。


「今夜、夏祭りね」

「そうだな」


 珍しいな。勉強中に朝日から雑談を始めるなんて。

 意外に思いつつ、あまり食い付くとまた怒られそうだから、返事は最低限にとどめた。


「アンタは行くの?」

「行かない。行く相手いないしな」

「そう」


 少しの間が空き、朝日は更に意外なことを言った。


「なら、この課題が片付いたら二人で行きましょ」

「……え、お、おう」


 なんとなく返事をしてしまった。

 俺は嬉しいけど、朝日は俺なんかと一緒に行って楽しいのだろうか……?

 まあでも、朝日が良いならいいか。


 課題を進めながら嬉しそうに微笑む朝日を見て、少しだけやる気が出た。




 大量の課題を消化し、五時を少し過ぎたところで朝日は一度家に帰った。


 六時に家の前でって話だったから、もうそろそろ朝日も出てくるはずだ。

 のんびりと薄い夕焼けを見上げながら、俺は彼女を待ち続けていた。


「夕月」


 ぼーっとしていた俺を呼んだのは、とても聞き慣れた女の子の声だった。


「お、おう……」


 ……めちゃくちゃかわええ。


 赤やピンクの水玉柄の着物を纏う朝日は、いつも見慣れている彼女とはまるで違う。

 彼女の中の可愛い部分が強調され、気づくと心臓が大きく音を立てて鼓動していた。


「どうかしら……?」

「ああ、うん。すごく似合ってるんじゃないか?」

「なんで疑問系なのよ」


 照れ混じりの笑みを浮かべる朝日に、俺の鼓動は更に早くなっていった。


「それじゃあ行きましょ」


 袖を揺らして隣を歩く朝日。下駄のカツカツという音だけが、夕暮れの静寂に響く。


 俺も少しはオシャレな格好をしてくるべきだった。

 後悔先に立たずとはよく言ったものだ。


 しばらく歩くと、夏夕の涼風に乗せられて祭囃子が聞こえ始めた。


「もう盆踊りが始まってるみたいだな」

「すごく盛り上がってるみたいね」

「そうだな」

「早く行かないと良い場所なくなっちゃうかもしれないわね。だからほら、急ぎましょ?」

「……っ!?」


 朝日は俺の手を取り、颯爽と駆け出す。

 柔らかな感触と爆発しそうなまでに高まった興奮に足が上手く動かない。

 そんなよたよた走りの俺を引っ張る彼女。

 夕焼けに照らされた彼女の後ろ姿に見惚れている自分がいた。


「よし、やっと着いた」


 お祭りの盛り上がりは最高潮。

 川辺一帯に広がるお祭り会場の中央では、大人も子供も太鼓と音楽に合わせ、輪を作って踊っている。

 その周りには川に沿うように出店が並び、どこも人で溢れかえっていた。


「せっかくのお祭りなんだし、何か食べましょ?」

「朝日は何が食べたい?」

「うーん、私はかき氷が食べたいわ。夕月は何が良い?」

「そうだなぁ。それじゃあ俺もかき氷にするかな」


 なんとなく、朝日と同じものが良いかなと思った。

 でもシロップだけは違うものにする。

 あわよくば朝日と交換できたりなんて、少しくらいは夢見ても良いよな。


「はいよぉ! いちごミルクとブルーハワイ!」


 たっぷりのシロップがかかったかき氷をおっちゃんから受け取る。

 朝日がいちごミルクで俺がブルーハワイだ。


「すっごい美味しいわ!」

「うんめぇぇ! 最近のかき氷はまるで雪だな」

「ほんとね。ふわっふわ!」


 とびっきりの笑顔でかき氷を頬張る朝日を見ながら、俺もパクパクとかき氷を口に運ぶ。

 彼女の笑顔も相まって、美味しいかき氷が更に美味しく感じる。


 人混みを抜け、土手の芝生に腰を下ろす。


 割と良い席が取れた気がする。

 ここなら誰かの頭が邪魔になることもないし、花火も大きく見えることだろう。


「あと少しで始まるわね」

「雲も出てないし、綺麗に見えるといいな」

「今年は花火の数が多いらしいわ。だから絶対に来たかったのよ」

「なるほどなぁ。俺なんかが誘われるわけだ」

「べ、別に元から……やっぱ何でもないわ。ほら、もう盆踊りも終わるわよ」


 朝日が小声で何と呟いたのかは分からなかったけど、祭囃子もだんだんゆったりとした雰囲気に変わり、盆踊りが終わりに近づいていることが分かった。

 あと数分もすれば、大きな花火がドカンと打ち上がるはずだ。


 段々と土手側に流れてくる人の群れを眺めながら、俺たちはかき氷を食べながらその時を待つ。

 半分くらい食べたところで、朝日がかき氷を置いた。


「夕月は進路どうするか決めた?」

「うーん。いちおう決まってるかな」


 決まってると言うのはあまり正確じゃない。

 朝日が行くところに俺も行くと決めているだけだ。


「朝日は決めた?」

「私は……私も決まってるわ」

「どこ?」

「ひみつ。夕月こそ、どこ行くのよ?」

「お、俺も秘密かな」


 はははと少し乾いた笑い声で誤魔化した。


 視線を逸らし、空を見上げる。

 祭囃子も周囲の騒めきも止み、いよいよ花火が打ち上げられようとしていた。


 アナウンスが入り、カウントダウンが始まる。


「いよいよだな」


 一〇、九……カウントがひとつずつ減っていく。

 

「夕月」


 カウントがゼロになる直前、唐突に朝日が俺の手を掴んだ。

 そして、花火が小さな光の玉となって空へ向かい、弾ける瞬間、一切音のないその一瞬に彼女は言った。


「好きよ」


 彼女の声をかき消すように、花火は盛大に弾ける。

 でも、左の頬に感じた柔らかな感触と轟音にすらかき消されない彼女の声の余韻は、夜空に咲き誇る大輪の花より静寂を打ち破る轟音より俺の心を震わせた。


 パラパラと散る光の花を他所に、俺は朝日の目を見つめ、その手に自らの手を重ねる。


「俺も朝日が好きだ」


 二発目、三発目と花火が打ち上がり、辺りには静けさのかけらもない。

 大きな音が鳴っては消え鳴っては消え、無数の花が咲き乱れる。

 

 でも、もうそんな光景は目に映らない。

 頬を真っ赤に染めた朝日の照れた笑顔が、ただひたすらに俺の視界を独占していた。


 嬉しくて嬉しくて、溢れるほど気持ちは込み上げてくるけど、お互い声は発せずにただ見つめ合う。

 そして、ひときわ大きな花火が打ち上がったとき。

 頬に感じた以上の柔らかな感触と、ほんのりとしたいちごミルクの味が俺の心をゆっくりと溶かした。



 夏の夜空。打ち上げ花火とかき氷。

 花火が散り、かき氷は溶け、そして俺と朝日の新たな日々が始まりを迎えた。

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打ち上げ花火とかき氷 しましま @hawk_tana

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