第84話 夏服へ衣替え



 六月となって、季節はほぼ夏といってもいいくらい、暑くなってきた。

 まだ真夏日とかではないが、半袖で外を歩いても問題ないくらいだ。


 そして学校では、衣替えがあって夏服となった。

 まあブレザーを脱いで登校する、というだけだ。


 だけどそれでも……チラッと隣を歩いている聖ちゃんを見る。


 白色の半袖シャツに赤いネクタイをして、制服の膝上くらいの黒のスカートを履いている聖ちゃん。


 ……うん、夏服は最高だな!


「私のことをじっと見てきて、どうしたんだ?」

「いや、やっぱり聖ちゃんは夏服も似合ってて可愛いなって」

「……そうか、ありがとう」


 俺の褒め言葉に慣れてきたのか、狼狽えることなくお礼を言った聖ちゃん。

 だけど耳が赤くなっているのが見えていて、やっぱり可愛い。


「スカートも似合ってるけど、聖ちゃんって私服ではスカートは履くの?」

「ほとんどないな。前に詩帆と一緒に買い物をした時に試着させられて、勢いで買わされたものがあるが」

「あー、そうなんだ」


 確か原作でもそんなシーンがあった気がする。


 あの時は紙面で聖ちゃんの私服スカート姿を見たけど、実際にこの目で聖ちゃんが来ているのをいつか見てみたいな。


「いつかデートの時に履いてもらうことは可能?」

「うっ……そ、それはもちろん、可能か不可能かで言えば、可能だろうが……」

「まあ無理は言わないけど、いつかね」

「あ、ああ……まあ、いつかな」


 少し恥ずかしそうにしている聖ちゃんを見て、俺はやっぱり可愛いなと思いながら学校へと歩いた。



 学校の昼休み、いつも通り五人で固まってご飯を食べる。


「ほら、勇一、今日も作ってきてあげたわ」

「おう、ありがとう、歌織」

「私も作ってきたよ!」

「藤瀬もありがとう。だけどこんな毎日作ってもらってて、大変じゃないか?」

「ううん、花嫁修行だと思えば、このくらい平気だし楽しいよ!」

「あら、藤瀬さん、花嫁修行ならば、未来の旦那さんのために、勇一じゃなくて違う人に作ってあげたら? どうせ勇一を婿に迎えることは出来ないのだから」

「ずっと未来の旦那さんのために作ってるし、今もその旦那さん候補に食べてもらってるから大丈夫だよ。東條院さんこそ、今のうちに未来の旦那さんを探した方がいいんじゃない? 重本くんは無理だと思うから」

「ふふふ……」

「あはは……」

「……なぁ、いつも思うんだけど、もう少し平和に食べさせてくれない?」


 勇一は毎日あのやり合いの間に挟まれて大変だなぁ。


 だけど学校で一、二を争う美女に好かれてるんだから、あのくらいは仕方ないのかもしれないが。


 俺と聖ちゃんはその前で穏やかにご飯を食べている。

 しかし、東條院さんの喋り方を聞いていると、時々思い出してしまうことがある。


「勇一、これも食べなさい。私の自信作よ。庶民じゃ用意出来ない高級なお肉を使った料理だから、しっかり味わうのよ」


 ……この前の、聖ちゃんカフェ潜入事件。

 あの時に東條院さんの口癖を真似していたから、それを思い出してしまう。


 油断していると口角が緩んでニヤニヤしてしまう……あの時の聖ちゃん、面白くて可愛かったなぁ。


「おい、久村、何をニヤニヤしているんだ」

「ん? なんでもないよ、嶋田」

「本当か? 前も昼休みの時にニヤニヤしていたが……」


 東條院さんとはクラスが違うから、昼休みの時にしか彼女の口調を聞くことはない。


 だから昼休みの時だけ思い出してしまい、笑ってしまうのだ。


「本当になんでもないから」

「……本当か?」

「……いや、本当はあるけど、だけど言ったら嶋田が怒っちゃう可能性が高いから」

「私が怒る? なんだ? 余計に気になるんだが」

「うーん、ここで言うのもなんだし……」


 俺は少し声を落とし、周りに誰も聞かれてないことを確認する。


「一緒に帰った時に話すよ」

「あ、ああ、わかった。今日はバイトがないのか?」

「うん、ないから」

「そうか、なら一緒に帰るか」


 よし、久しぶりに聖ちゃんと一緒に帰れるぜ。


 だけどその時になんでニヤニヤしてたか言わないといけないのか……絶対に怒られるだろうなぁ。


「そういえば、そろそろ期末試験だね」


 前に座っている藤瀬が雑談の中でその話題を言った。


「うっ……やだなぁ、キツイなぁ、ずっとバスケだけしてたいなぁ」

「重本くんは勉強が苦手なんだね」

「学校から勉強がなくなれば最高なんだけどな」

「それは多分もう学校じゃないよね」


 藤瀬の言う通りだな。

 だけど俺も勇一ほどじゃないが、勉強は苦手だから勇一の気持ちは少しわかる。


「あら、勇一。あなたの隣には学校で一番、いいえ、世界で一番頭のいい高校生がいることのよ? 私がつきっきりで教えてあげるわ」


 学校で一番頭いいのは確かだが、世界では……どうなんだろう。


 さすがに世界一ということはないと思うが、日本一くらいならありえそうだな。


「よろしくお願いします、歌織様」

「ええ、任せておきなさい。その代わり褒美として何か欲しいわね」

「俺が出来ることならなんでも」

「なら勇一との子供とか?」

「無理です」


 エッグいご褒美を要求しててビビるな。


「むぅ、重本くん、私も勉強教えてあげるよ!」

「マジで? それはめちゃくちゃ嬉しいな」

「あら、藤瀬さん。全教科満点である私以上に、勇一にしっかり教えられるというの? 言っておくけど、勇一は想像以上の馬鹿よ。あなたくらいの頭の出来で、勇一を赤点から救えるかしら?」

「私だって勉強は得意な方だし、教えるのも好きだから! どれだけ重元くんが馬鹿で全然ダメでも、絶対に教えてきってみせるから!」

「いや、間違いじゃないんだけどさ、俺のことを貶しながら争わないでくれる?」


 確かに勇一は馬鹿で一人で勉強していたら赤点を逃れることは不可能だろうけど、東條院さんと藤瀬がいれば大丈夫かな。


 ……俺も赤点は取らないと思うけど、平均点を超えられるかどうかくらいだから、人のことをあまり言えないが。


 だけど俺の隣にも、学年順位一桁が常連の聖ちゃんがいるのだ。

 帰りに一緒に勉強をしようと頼み込もうかな。



 そして、学校が終わって帰り道。

 学校から出て生徒がほとんどいないところまで来てから、俺と聖ちゃんは合流した。


「それで、昼休みに笑ってた理由はなんだ?」

「あっ、それは……東條院さんの話し方を聞いて、あの時のことを思い出しちゃうから」

「っ! あ、あの時のことを思い出すな! ものすごく恥ずかしいんだぞ!」


 聖ちゃんは顔を真っ赤にして声を少し荒げた。


「くっ、なんで私はよりによって、東條院の口調を真似してしまったのか……」


 あの事件の直後、聖ちゃんも東條院さんと話していると当時のことを思い出して、顔を赤くするということがあった。


『嶋田さん? なんで私と喋ると、顔を真っ赤にするのかしら? あなたに惚れられたところで何も嬉しくないのだけれど?』

『そんなわけないだろ……東條院、話し方を変えてくれないか?』

『はっ? 何を言ってるの?』

『……いや、なんでもない。それならしばらく私に話をかけないでくれ』

『惚れられたと冗談を言っただけなのに、なんでいきなりフラれるのかしら?』


 こんな会話をしているのを思い出して、またニヤついてしまう。


「司……お前、また思い出してたな?」

「ふふっ、ごめんね。もう思い出さないように……いや、それは無理かもだけど、聖ちゃんに悟られないようにするから」

「うっ……そうだな、最低限それは頼むぞ」


 しっかり表情筋を鍛えて、思い出してもニヤニヤしないようにしなければ。

 そんなことを話しながら帰っていると、後ろから声をかけられた。


「お兄ちゃん、それに聖さん」

「おっ、凛恵。凛恵も帰りか?」

「見ればわかるでしょ」


 自転車に乗って近づいてきた妹の凛恵。


 今日は日直だったようで、朝は一緒に登校せずに先に出かけていた。


「凛恵も一緒に帰るか?」

「……いいの?」


 俺の提案に、凛恵は聖ちゃんにチラッと視線を向ける。


「私はもちろんいいぞ。凛恵と一緒に帰れたら嬉しい」

「……うん、じゃあお邪魔します」


 ということで凛恵も合流し、三人で帰ることになった。


 俺は凛恵から自転車を受け取り、乗らずに歩いて押した。


 時々この三人で学校に登校したりするが、一緒に帰るのは初めてかもな。


「そろそろ期末試験だが、凛恵は勉強はどうなんだ?」


 聖ちゃんが凛恵にそう話しかける。


「そこまで得意な方じゃないので、平均点を少し超えるくらいです」

「平均点を超えてたらいいと思うけどなぁ」

「そりゃお兄ちゃんは平均点を下回るからね」

「うっ……いや、赤点を取らないだけマシだろ」

「それは最低限でしょ……」


 凛恵が少し呆れるようにそう言った。


 確かに、だけどうちのクラスに赤点回避ギリギリ常連の主人公がいるんだよな。


「そうだ、聖ちゃん、今度勉強を教えてくれない?」

「私か? もちろんいいが、そこまで教えるのが上手くはないと思うが」

「聖さんは頭いいんですか?」

「聖ちゃんは学年順位をいつも一桁取る人だから」

「えっ、すごっ!?」


 凛恵の純粋な驚きと称賛に、聖ちゃんはくすぐったそうに笑う。


「まあ勉強が得意というわけじゃないが、嫌いじゃないからな。ただ勉強する時間を長く取ってるだけだ」

「いやいや、それでもすごいですよ。その、迷惑じゃなければ、私も勉強を教えてもらってもいいですか?」

「ああ、もちろんいいぞ」


 聖ちゃんとの勉強会に、凛恵も参加することになるとは。


「じゃあ場所はどうしようか、カフェとかでする?」

「だがカフェだとさすがに騒がしいし、場所も取りづらい気がするな」

「そうだね、どうしようか」


 俺と聖ちゃんが悩んでいると、凛恵が「あっ」と思いついたように、


「じゃあ私達の家は? お兄ちゃん」

「えっ、俺達の家?」

「うん、別に問題ないでしょ?」

「えっと、まあ家的には問題ないと思うが……」


 聖ちゃんが自宅に来る、ということだよな。


「聖ちゃんも、俺達の家で勉強会で大丈夫?」

「あ、ああ、そちらがよければ、私は大丈夫だ」

「そっか……うん、じゃあそうしようか」


 ということで、聖ちゃんを自宅に招き入れて勉強会をすることになった。


 ……なんか緊張してきたな。



――――――――


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ラブコメ漫画に入ってしまったので、推しの負けヒロインを全力で幸せにする shiryu @nissyhiro

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