第83話 変装後、公園で
バイト終わりに、聖ちゃんが待っている公園に来た。
聖ちゃんが帰ろうとした数十分後に、俺もバイト上がりだった。
先に公園に来ていた聖ちゃんだが、俺と目が合うとすぐに顔を真っ赤にして目線を逸らしてしまった。
やはりさっきの出来事、というか事件というか、色々と気にしているようだ。
「お待たせ、聖ちゃん」
「あ、ああ……司も、お疲れ様」
ベンチに座っている聖ちゃんの隣に座った。
聖ちゃんは真っ赤になっている顔を見られないようにするためか、俺とは完全に真逆の方向を向いている。
耳が真っ赤なのは見えていて可愛いけど。
「その、司……お金、ありがとう」
「ん? ああ、いや、あれくらいは大丈夫だよ」
聖ちゃんが食べたチーズケーキとアイスココアの代金は、俺のバイト代から天引きしてくれるように店長に頼んだ。
店長はとても優しく、半額にしてくれた。
聖ちゃんがあのまま出て行ったとしても、お会計は半額にしてもらって、後の半分は俺が払う予定だった。
飛世さんが気づいてたのは予想外だったし、その場で暴露するとは思わなかったが。
「それより聖ちゃん、その、大丈夫?」
「……大丈夫なように、見えるか?」
「うーん、まあとても恥ずかしそうには見えるけど」
「わかっているなら言うな……!」
声を震わして怒ったように言う聖ちゃんだが、まだ顔は見えない。
「い、いつから気づいていた?」
「……んー、お店に入ってきた時から?」
「最初からじゃないか……!」
「ごめん、だけどなんか変装してるみたいだったし、バレたくないのかなぁって思って」
「くっ、確かにそうだが……」
「それにすごく似合ってたよ。というか今も似合ってるし」
聖ちゃんの私服はカッコいいのが多いけど、ここまで黒づくめで怪しい格好をすることはない。
まあめちゃくちゃ似合ってたから、本当に芸能人のお忍びみたいな雰囲気だったけど。
サングラスと帽子も最高にカッコいい、惚れ直した。
「褒め言葉なのだろうが、今は嬉しくないな……」
「うん、まあ、ごめん」
「謝らないでくれ……帽子か、帽子で完全に髪を隠せれば……」
いや、確かに髪が聖ちゃんは銀色だからわかりやすいけど、髪が全く見えなくても多分俺はわかったと思うけど。
「……なんで来たのか、聞かないのか?」
「ん? どういうこと?」
「私が変装して、司にバレないようにしてまで、カフェに来た理由を聞かないのか」
ああ、確かにそれは聞いてなかった。
だけどカフェで聖ちゃんと話している時に、もうすでに答えは聞いたようなものだ。
「心配だったんでしょ? あの人、飛世さんのことが」
「うっ……」
俺の自意識過剰じゃないと思うのだが、聖ちゃんは俺と飛世さんの関係を見て、不安に思ったのだろう。
カフェでも聖ちゃんが言っていたように、飛世さんはいつも笑顔で明るくて素敵な人だ。
前世の漫画の人気投票では、登場してすぐに人気を掻っ攫っていったくらいに。
……聖ちゃんがあの人に負けていたのが少し腹立つが。
まあそれは置いておいて。
聖ちゃんは俺が飛世さんのことを好きになってしまうのでは、と思っていたようだった。
「カフェでも聖ちゃ……お客様には言いましたが、俺が飛世さんのことを女性として好きになることはありえないので、ご安心ください」
「も、もう私だってバレてるだから、店員のような喋り方はやめろ!」
「聖ちゃんもあの時の喋り方をしてもいいんだよ? その、誰を意識した喋り方なのか、ふふっ、すぐにわかったけど……!」
話す時に聖ちゃんが声を少し高くして、お嬢様っぽい口調で話していたのは、本当におかしくて笑ってしまった。
お嬢様っぽい喋り方など、俺達の周りで参考に出来るのは東條院さんだけだろう。
「わ、笑うな! すごい恥ずかしいんだぞ! さらに恥ずかしさを上乗せするなぁ!」
聖ちゃんが涙目になりながら、俺の肩を持って揺さぶってくる。
ようやくこっちを向いてくれた聖ちゃんは、やはりまだ顔が真っ赤っかだ。
「ふふっ、ごめんごめん。なんか聖ちゃんの新しい一面を見れた気がしてね」
「くっ……こんなことなら、変装なんてしなければよかった……!」
もっとからかって可愛がりたいけど、そろそろ聖ちゃんが可哀想だからやめておこう。
「お店で飛世さんのこと見てたわかったと思うけど、あの人は誰にでも距離感が近い感じで接する人だから、心配しなくても大丈夫だよ」
「……ああ、それは見てればわかった。詩帆もそのタイプだが、あの人はそれ以上だな。あれでは勘違いする男が多そうだ」
「確かに」
実際に前世の漫画の世界でも、あの人は勘違いされた男から迫られてたことがある。
その危ないところを勇一が助けて、ヒロインっぽい感じが出ていた気がするな。
「まあ俺はあの人の性格はわかってるし、勘違いすることはないから。俺が好きなのは聖ちゃんだけだから」
「っ、そ、それは十分わかった。だが、店のお客さんに、私とのことを惚気るのはダメだぞ。は、恥ずかしいから……」
「あれは聖ちゃんだってわかってたからね。聖ちゃんじゃなかった俺もあんなこと言わないよ」
「そ、それなら、まあ、いいだろう……」
あれは聖ちゃんを安心させるために言ったことだ。
まあ俺の本心だし、他の人にも好きな人のことを聞かれたら「俺の好きな人は世界で一番魅力的で可愛くて綺麗な人だ」と答えるが。
「あっ、司くーん! 聖ちゃーん!」
そんな声が聞こえて公園の入り口を見ると、飛世さんが手を大きく振って近づいてくるのが見えた。
「飛世さん、お疲れ様です」
「うん、お疲れー。聖ちゃんもカフェに来てくれてありがとうねー」
「い、いえ、私はその……」
「やっぱり聖ちゃんの私服姿、すごいカッコいいね! 普段からそんな格好なの?」
「い、いや! この格好は今日だけで、もう着ないというか……」
「えー、そうなのー? すごい似合ってるのになぁ」
聖ちゃんはこの格好をしたら今日のことを思い出してしまうから、今後この組み合わせで着ることはないのだろう。
だけど俺も似合ってると思うし、また着て欲しいけど。
「聖ちゃんは今日カフェに来たのは、司くんのバイト姿を見に来たの?」
「えっ、あ、まあ、そうですね」
「やっぱり! どうだったどうだった? 司くん、カッコよかった?」
「ま、まあ、真面目にやっていて、よかったと思います……」
「えー、カッコよくなかった? 料理するところとか、すごい出来る男感があって、いいと思うんだけどなぁ」
チラチラと俺の方を見てくる飛世さん。
もしかして俺が聖ちゃんのことを好きって話をしたから、俺のことを褒めてくれているのか?
この人にはまだ俺と聖ちゃんが付き合っていることを言ってないから、くっつかせようとしてくれているのかもしれない。
その気持ちは嬉しいけど、逆効果というか……。
聖ちゃんが「やっぱりこの人、司のことを!?」みたいな顔をして飛世さんを睨んでいる。
飛世さんは気づいていないようだが。
「今日も私のミスを助けてくれたりしたもんね、司くんは」
「あのくらいは当然ですよ」
「いやー、やっぱり司くんはカッコいいなー。司くんがフリーだったら、私が付き合いたいくらいだよー」
……ん? なんか今の言葉、少し違和感があったな。
どこに違和感があったか考える前に、また飛世さんが俺に近づいてくる。
「次のバイトもよろしくね、司くん」
そう言って笑みを浮かべる飛世さんだが、やっぱり距離が近いなこの人。
俺が一歩後ろに下がろうとした瞬間、俺と飛世さんの間に聖ちゃんが入ってきた。
急に入ってきてビックリしたのだが、聖ちゃんは飛世さんを睨む。
「……飛世さん」
「どうしたの、聖ちゃん?」
「あまり……司に近づかないで、ください」
俺を背にして、飛世さんから離れながらそう言った聖ちゃん。
というか今、他の人がいるのに俺の名前を……?
「んー、どうして?」
「司は……私の、か、彼氏、だからです!」
「っ……!」
せ、聖ちゃんが、俺のことを、彼氏って……!
めちゃくちゃ嬉しくて感動しているのだが、まさか聖ちゃんが飛世さんにそんなことを言うなんて。
俺は付き合っていることを言ってもいいし、聖ちゃん次第だったのだが……もしかして、嫉妬してくれたのか?
「飛世さんが他人と距離感が近いことはわかりますが、私の彼氏に、その、そこまで近づかないでください」
聖ちゃんは勇ましくそう言い切ったが、後ろから見える横顔はとても赤かった。
恥ずかしがりながらも、言ってくれたようだ。
「……ふふっ、そっか! わかったよ、ごめんね聖ちゃん」
「い、いえ、わかってくれたなら……こちらこそ、ごめんなさい」
「ううん、私が悪いから。二人が付き合ってるのをわかりながら、挑発するみたいに司くんに近づいちゃったから」
「……はい?」
飛世さんの言葉に、聖ちゃんは目を丸くして固まった。
俺も少し驚いたが、さっきの飛世さんの言葉。
『司くんがフリーだったら』
と言っていたので、俺が誰かと付き合っているということがわかっていたのか。
俺が聖ちゃんのことは好きと伝えていたが、それだけだったら一応俺は誰とも付き合っていない、フリーの状態ではある。
聖ちゃんがハッとして、俺の方を向いてきた。
「つ、司が言ったのか?」
「いや、俺は言ってないよ」
「じゃあなんで……」
「司くんには聞いてないよー。二人の様子を見てて、付き合ってるんだろうなぁって思っただけだよ?」
まあ今回の聖ちゃん変装事件を見れば、わかりやすいかもしれないが。
「聖ちゃんも可愛いねー。嫉妬して、私は司くんの彼女ですって名乗り出たのかな? いやー、青春してるねー」
「あ、うぅ……!」
「大丈夫だよ聖ちゃん、司くんはカッコいいけど、聖ちゃんから奪おうとは思わないからね。まあ私が司くんのこと好きになっても、奪えないと思うし」
飛世さんは楽しそうにニコニコと笑っている。
対して聖ちゃんは顔を真っ赤にしながら飛世さんを睨んでいた。
「くっ……か、からかった、だけですか?」
「うん、ごめんね? だけど聖ちゃんの可愛いところが見れたから、後悔も反省もしてないよ!」
とってもいい笑顔でそう言った飛世さん。
「っ……! よ、よくわかった。飛世さん、私はあなたのことが嫌いだ!」
聖ちゃんは顔を真っ赤にして、飛世さんを指差してそう言い切った。
「うふふっ、私は大好きだよー!」
「く、くっついてくるな! なんでいきなり抱きしめてくる!?」
「聖ちゃんが可愛いから!」
「頭を撫でるな! この、離れ……無駄に力が強いな!? 司、助けてくれ!」
「司くんも一緒に聖ちゃんを抱きしめようよー!」
「何を言ってるんだこの人は!?」
聖ちゃんが飛世さん相手に、敬語を外してしまったな。
確か原作でもこの二人は、こんな感じだった気がする。
飛世さんが掴み所がない感じで聖ちゃんをからかって、聖ちゃんがそれに対して可愛い反応をしてしまい、さらにからかわれる。
原作とは出会いが全く違うのに、ほぼ同じ関係性になるのか。
まあ、相性が悪いわけじゃないだろう。
ほぼ原作のような絡みをしている二人を見て、思わず頬が緩んでしまった。
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