無声少女と少年

 俺、木暮一人こぐれかずとは都内の芸術系専門学科校に通っている、高校一年生だ。

 生来のコミュ障ゆえ、四月に入学して三ヶ月、夏を迎えたが、未だ喋る相手すら出来ていない陰キャ野郎だ。

 そんな俺なのだが、今、ちょっとした問題を抱えていた。

 美術の教師に、お互いの似顔絵を描いて提出という、まぁありがちな課題を出されたのだが、そのペアになった相手というのが、誰とも全く口を利かないことで知られた娘なのだ。

 そして、どうも人と口を利かない理由というのが、声がヘンだから、らしいのだ。

 それで誰とも口を利こうとしないとか、どんだけ内気なんだよって感じだが。まぁそれだけが理由じゃないんだろうが。

 ウチは芸術系の学校だが普通の授業も一応あり、現代文の授業で朗読を当てられた彼女を声を一度聞いたことがあるのだが、まぁなんというか、めちゃくちゃアニメ声だった。

 たまにいるよね。地の声がめちゃくちゃアニメ声な子。妙に鼻にかかったというか。

 その時、クラスの奴らはその声を笑っていたが、俺はそこまでヘンだとは思わなかった。そういう声優さんの声、聞きなれてるし。本人が気にしすぎなだけというか。


 まぁ、ともかく、そんな子とペアになってしまい、俺は課題を描けずに困っていた。先日、課題をやろうと声を掛けてみたのだが、ダッシュで逃げられてしまった。怯えた子犬のような目をして、脱兎のごとく去っていった。なんでやねん。傷付くわ~。

 まぁたぶん、喋りたくないとか、互いの似顔絵を描き合うなんて恥ずかしいとか、そういう理由なんだろうが。内気な子だからね~。

 まぁ、気持ちはわかる――というか、俺の方が恥じかしいし緊張するわ。女子と二人でそんなことするなんてそんなん想像するだけで。

 でも課題だからね~。一体どうしたもんか。似顔絵どころか顔も見せてもらえね~。ろくに彼女の顔を見たこともないから一人でなんとなくで描くこともできね~。

 軽い課題だったはずが、ちょっとしたミッションに。どうしてこうなった……。


 そんな難儀な子の名前は、小森遥こもりはるかちゃん。髪型が黒のセミロング、それと背丈が小柄だということくらいしか、まだよくわからない子である。

 さて、これからどうするか。少々考えた末、俺は彼女をある場所へ呼び出すことにした。


「小森さん、俺、今日ここで待ってるわ。来て」


 そして放課後、人の目を忍びながら、俺は彼女にとある場所の所在を書いた紙を手渡した。

 渡すと俺はすぐに踵を返し、面食らい目を丸くして俺を見ていた彼女を背に、その場を後にした。彼女は返事を喋れないし、誰かに見られたら恥ずかしいからな。

 てなわけで、彼女が来るかどうかはわからなかったが、俺は帰宅後、指定した場所で待っていた。と、小一時間後、猫耳を付けた姿の小森さんが、そこに現れた。

 ……といっても、それは現実じゃなく、とあるオンラインゲームの中での話。

 猫人族が暮らす世界が舞台の、いわゆる『あつ森』のようなゲーム。俺はそこに彼女を呼んだのだ。ただ猫耳を付けた女の子型の小森さんのアバターがそこに現れただけである。


「やぁ、小森さん、だよね? 来てくれてありがとう。今日ここに呼んだのはね、ここならフツウに話せるかなと思って。君が小森さんだってわかる人もいないし、そのアバターでだったら君の声質がばっちりハマるからさ。わざと君みたいな声色を作って話してる人もいるくらいだから」


 来てくれた小森さんに、ここに呼んだ理由をそう説明する俺。と、彼女はおずおずといった様子で、なら試しにとばかりに喋り始めた。


「……そうですか。よく考えましたね。こんな突拍子もないことを」


 ですよね~。急にネトゲとか。でも女子の連絡先聞くとかハードル高くてできないし、一石二鳥かな~と思ってさ。

 このゲームはスカイプ的な音声でやり取りできる機能を搭載しており、肉声に近い音がこの世界に届く。それを活かしたくて、俺は彼女をここに呼んでいた。


「うん、やっぱり可愛らしい声がアバターにハマってる! いい感じだよ小森さん!」

「え? そ、そうでしょうか?」

「うん! 間違いないよ!」

「は、はぁ……どうも、ありがとうございます」


 話し出した彼女の声を聞き、まず一つ目論見が当たったことについテンションが上がる俺に、ちょっと引き気味にたどたどしく喋る小森さん。たどたどしいのは、家族以外と喋ったことがほとんどないからゆえだろうか。

 でも、感触は悪くない気が、もう一押しな気がする。無表情なアバター越しだけど、うんたぶん!


「俺はさ、言うほどヘンじゃないと思うんだよ、君の声。こう、ユニークなのは悪いことじゃないっていうかさ」

「でも……みんな笑いますし」


 そうなんだよな。その答えを聞いて、俺はだんだん腹が立ってきた。大体、声なんていうものは生まれ持ったものだ。それを笑う奴らに対して、俺は前々から納得がいっていなかった。

 こうなったら、なんとしても小森さんの声がヘンじゃないってことを証明してやる。


「いやいや、そんなの笑う奴らがおかしいんだって。じゃあ、今からそれを証明してやる。たとえば……あ、ちょっとすいません。彼女の声どう思うか、聞いてもらっていいですか?」


 そう奮起した俺は、少々思い切った行動に出た。突然だが、近くにいた男性プレイヤー2人組の元へ行き、小森さんの声をどう思うか尋ねたのだ。

 そして、俺は唐突な事態に唖然とする様子の彼女に、声を出すように手で合図する。


「あ、あの……私の声、どう思いますか?」


 と、成り行き上拒みづらく、促されるままに口を開く小森さん。と――


「……すごく、可愛いと思います」

「……うん、そう思う」


 その彼女の問いに対して二人組は、戸惑いながらも、語気強くそう答える。


「……え、あ、ありがとうございます。すいません」


 それに、物凄く照れた様子でそう言うと、小森さんは慌てて踵を返し、そそくさとその場を立ち去っていった。


「ハッハッハッ! 聞いたかい彼らが何て言ったか! これでわかったろ!」


 後を追って追い付いた先で、ドヤッとばかりにそう言った俺に、小森さんは照れ隠し交じりに声を荒げた。


「もう! 恥ずかしいからやめてくださいいきなり! それになんで見た目が違うと褒められるですか! 世の中しょせん見た目なのです! 見た目が良ければ何をやっても許されるのです!」


 初めて感情を露わにしたことを微笑ましく思いながら、最後の一押し、自分の正直な気持ちを伝えることにした。


「ハッハッハッ、ごめんごめん。いやだけどね、違うよ。俺は前々から良いと思ってたんだよ、小森さんの声。だから自信持って欲しいっていうかさ、少なくとも俺は本気でそう思ってるから、俺に対しては普通に喋ってよ」


 それを聞くと、彼女はくすっと笑って、いたずらっぽく言った。


「私の声が好きだなんて、木暮さんはすごくマニアックな声オタさんなのです」

「おっとこりゃ手厳しい」


 その時、張り詰めていた糸が弛緩し、俺達はけらけらと声を立て

、二人で笑い合った。なんだか、いやに笑いたくて仕方のない気持ちになっていた。初めての感覚だった。



 そうしてミッションをクリアし、後日、俺は小森さんと放課後の美術室で二人、課題に取り組むこととなった。取り組みながら、俺は普通に喋ってくれるようになった彼女と、色々な話をした。


「私、昔からドン臭くて面白いこと一つ言えないですし、声が恥ずかしくてカラオケ一つ行けなかったですし、人付き合いが全然ダメだったんです」

「ふむふむ」


 まぁ、絶対に誰とも喋らないなんて極端なスタンスを取っていたんだ。その理由が、声が恥ずかしいからだけじゃないことは推測できていた。

 今まで抑圧されていた反動からか、小森さんは一度口を開くと、堰を切ったように話し始めた。頬を紅潮させ、一生懸命に。


「今のクラスでもそうなのですが、世の中には人のことを笑ったり悪口言ったりする人が多すぎるのです。私、以前はそういう人達にダメですっていつも言っていたんですが、そうしたらうるさいって嫌われてしまいまして」


 まじめ! そうか、まじめすぎて嫌われてたタイプでもあったのか。


「でもでも、悪口なんて言っていてはダメなのです。なぜなら、左を向けば人のことをあざ笑い、右を向けば好きな人に愛してると言っているような人に、本当の愛なんてないのです! それに、みなさん付き合ってる人の悪口も言うのです! 彼とのデートが退屈だとか。違うのです! 思い出を、その瞬間瞬間をその人と共有できることが嬉しいという気持ちがないとダメなのです! お互いにそう思える相手かどうかか、本当の恋人や友達の定義だと思うのです!」


 真面目! メルヘンだなぁ……。でも、めっちゃ共感できるぞ俺は。なんだろう、こんなメルヘンなことを一生懸命喋るとは、すごく可愛いぞ、この子。


「そもそも、友達や恋人は玩具ではないのです! お互いの目標に向かって励まし合えるのが良い関係だと思うのです。私は遊ぶということに少し抵抗感がありますし……。社会の壁は努力なしには越えられない。遊んでばかりいてはいけないという強迫観念があるのです」


 MA・JI・ME!


 でも、素敵だなぁ。俺は今、全力で共鳴してるぞ。


「うん、いや、イイじゃない。めっちゃ共感できる。まっすぐでイイ!」


 なので、親指を立てて肯定を告げると、小森ちゃんは面映そうに俯いて言った。


「……そ、そうでしょうか。ありがとうございます。そんな風に言ってもらえたのは初めてです。いつも煙たがられるので」


 そうなんだよな。それが問題なんだ。彼女みたいな子は拒絶される。それが世の中の現実なのだ。だが、彼女には変節してほしくない。そのままでいるべきだ。希少な存在なのだから。なら、どうすればいい?


 俺が常に味方であればいい? 理解者として、いつどんな時も肯定し続ける。それなら、わかってくれる人が一人いるだけで、独りでいるよりは、ずっとマシだろう。

 だが、そうするとして、その意志を、生半可じゃないということを、彼女にどう伝える? 口先だけだったら、なんとでも言える。それじゃダメだ。

 さて、ならばどうするか……

 俺は真面目にそんなメルヘンなことを考え、苦悩し続けた。


 ちなみに、小森さんが描いた俺の似顔絵は、写真のごとく、めっちゃ上手かった。

 もっとかっこよくデフォルメしてほしかったと思うくらいに、本人そっくりだった……。MAJIME。

 俺は天使のように可愛く描いてあげたというのに……。でも、今日初めてちゃんと見たけど、彼女はちょっと素朴な造りの可愛い系統の顔立ちをしていた。思っていたよりずっと可愛かった。



 そして、次の日曜日、俺は小森さんを呼び、家の近所の小さな公園に彼女を連れて行った。


「この角を曲がると公園だよ」

「公園で何をするですか?」


 何も知らされていない彼女は、角を曲がった瞬間に、ふいに目にした。


「……う、うわぁぁぁぁ!」


 そこで満開に咲き誇る、鮮やかな季節外れの桃の花の木々を。


「木暮さんがこれを描いたんですか!?」


 彼女は、ひとしきり感嘆の声を上げた後、瞠目した瞳を輝かせながら尋ねた。

 そう、それは、俺が三枚の巨大なキャンパスに描いた絵を立て並べたものだった。


「ああ。桃園の誓いって知ってる?」

「え? あ、はい。なんとなくは」

「三国志の人物達が、死ぬその時まで志を同じくするって誓った逸話だ。それにあやかって、今日、俺は一つ君に誓いを立てようと思ってな」


 その俺の答えにきょとんとする小森さんだったが、俺はそんな彼女を促し、桃の木々の前に二人で立つと、そこで強い意志を持って言った。


「俺は、この前君が語ってくれた感性、価値観に強く感銘を受けた。心から共感を覚える。だけど、その心根を抱えて生きていくのは、周りの反発を受けてなかなか大変なことだと思う。だから、俺が志を同じくして、ずっと一緒に生き続ける。……はは、我ら生まれた日は違えども、死す時は同じ日同じ時を願わん、なんつってな!」


 それを聞くと、彼女はくすっと笑って――


「ありがとうございます。嬉しいです。よろしくお願いします」


 そして、彼女は改めて桃の木々を見て、しみじみと言った。


「……綺麗です。私のために、わざわざこんな大変なものを描いてくださったんですね。ありがとうございます。今までで一番、嬉しい贈り物です」


 そう語る彼女の目には、薄っすらと光るものがあった。

 その姿を見た俺は、自分の胸の奥に熱いものが湧き出してくる感覚を覚えていた。



(短いですが、書けるものを詰め込みました。ここで終わりとさせてください。お読みくださり本当にありがとうございました!)

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灰色芸術系学生共の色鮮やかな日々 林部 宏紀 @muga

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