第71話 裏切り(三人称)

「皆さん無事でしょうか……」


 舞踏会場で待機するマリア王女が深刻な声音で呟いた。

 国民の安否。出て行った勇敢な『聖剣士』たちの安否。不安は尽きない。

 自分だけ厳重に保護されて、外の状況を確認することもできないというのはあまりにも歯痒いものだった。


「今は耐えましょう。それに、彼らはそんなに柔ではありません。最前線でいくつもの死線を潜ってきたエリートです。必ず役目を全うして帰ってきます」


 グランがマリア王女を安心させるために言葉をかける。

 それは自分自身が信じたい言葉でもあった。

 なにせ相手はリトアと同様、脅威的な実力を持つ聖剣士狩りだ。どんな不幸が起こっても不思議ではない。


「……そうです。クリスたちはきっと人々を助けて戻ってきます。私たちはそれまでこの場をなんとしても死守しなくてはいけません」


 シオンが口を開く。


「ですよね、オリアナ」


「ん、ああ……そうだな」


 急に同意を求められて驚いたオリアナはシオンを見る。

 アメジストのようなシオンの瞳が静謐な熱を以ってこちらを射抜いてくる。


(なんだ……?)


 なにか、違和感がある。

 伝えたいことがあるようなシオンの目。

 長年共に冒険してきた経験から、ある程度のアイコンタクトは覚えている。

 しかし今はアイコンタクトが必要な状況ではない。

 不自然な気配を感じながらも、オリアナはシオンの様子を黙って見送る。


「で、でもさ。もしここに聖剣士狩りが乗り込んできたら、ぶっちゃけ勝率ってどんくらい?」


「100パーセントだ。そういう心持ちでいろ」


「いや感情論かよ!」


 頭を抱えて叫ぶルーカス。

 『聖剣士』が二人いるとはいえ、グランは隻腕でルーカスはまともな戦闘経験がない。オリアナとシオンはベテランの冒険者だが聖剣士狩りと渡り合える実力ではない。


 おまけに今は、絶対に護らなければいけない人物がいる。


「ここには王女様がいるんです。100パーセントと言わずしてどうするんですか」


 シオンがルーカスを叱責する。

 王族が命を落とすようなことが起きてしまえば、いよいよ国の存亡に関わる大惨事だ。それだけは避けなくてはいけない。


「騎士も魔法使いも今は王都の混乱で力が分散しています」


 シオンがゆっくりとマリア王女に向かって歩き出す。


「今、王女様を護ることができるのはここにいる者だけです」


 王女の隣に立ち、周囲を見渡す。


「だからこそ、」


「――だからこそ、君たちは詰みだ」


『――――ッ!!』


 突如、卓の上に第三者が降り立った。

 顔を覆うほどの大きいハットを被った少女。

 どこから現れたのか、誰にもわからない。しかし推測はできた。

 空間転移だろう。他の誰にも使えない、固有魔法。ゆえに当たりはつく。


「『魔導士』か」


 グランが吐き捨てるように問う。

 少女はハットから青い瞳を覗かせて薄ら笑いを浮かべる。


「ご明察だ。私に対して距離や障害は意味を成さない。この場に現れるのは必然だというのに、ずいぶんと驚くじゃないか」


「チッ、改めて面倒だな。こんなガキが聖剣士狩りとはいろんな意味で恐れ入るぜ」


「褒め言葉として受け取っておこう」


 小さく笑ってグランの皮肉を流す少女。

 余裕な素振りだ。

 その気になれば全員を始末できると本気で思っているのだろう。


「しかし不幸中の幸いだ。敵の正体が不明っていうのが一番怖えからな。目の前に現れてくれたならぶっ飛ばせるってもんだ」


「ハハ、息巻くじゃないか。しかし私は言ったはずだ。もう詰みだと」


「あ?」


 眉を上げて少女を睨むグラン。

 その顔を面白そうに見ていた少女は、両手を上げて語る。


「そういえばまだ名乗っていなかったね。私の名前はタウリア。タウリア・ターコイズ」


「タウリア・ターコイズ……ターコイズ?」


「それって」


 全員がシオンに目を向ける。

 そして、直後にゾッと背筋に嫌な汗が流れる。


「……動かないでください」


 マリア王女を魔法で拘束するシオンが立っていた。


「シオン!? お前いったいなにをしている!」


 オリアナが悲鳴にも似た声で叫ぶ。

 そんな様子を哄笑しながら眺めていたタウリアは、声を震わせながら口を挟む。


「見てわかるだろう、裏切ったんだよ!

 なにが冒険者だ。赤の他人がいくら長い歳月を寄り添ったとしても、血の絆には遠く及ばない。まして一度は破滅した関係がそんな簡単に元通りになるわけがないだろう!」


「そんな……シオン、私はお前を信じて!」


「はい。私もオリアナを信じていますよ」


「姉さん。信じていた、だろう」


 笑いを噛み殺すように指摘すると、タウリアは魔法陣を展開する。

 見据えるのはグランとルーカス、『聖剣士』だ。


「兎が二羽。まずはお前たちだ」


「くそッ! ルーカス!」


「む、無理だ! 勝てっこない! 王女様を人質に取られてるんだぞ!?」


「そうだ。抵抗した場合は王女を殺す。君たちは私に首を差し出すだけでいい。そうすれば王女の命は見逃そう」


「信じると?」


「私も鬼じゃない。被害は最小限に抑えたいと思っているんだ。君たちが抵抗さえしなければ、すぐに終わるんだよ」


 そう言って魔法を放つ準備を終えるタウリア。

 まるで死刑台に立つ執行者のようにグランたちの選択を待つ。

 しばらく考えるグラン。シオンに拘束されるマリア王女を横目で見て、静かに瞳を閉じる。


「……騙したら祟るぞ」


「はあ!? ふざけんな、俺は死にたくない!!」


 首を差し出すことを受け入れたグランに対して、ルーカスが必死の形相で抗議した。


「文句言うな! 俺たちが死んでも、国が終わらなければ明日はあるんだ。個人である以前に国民としての自覚を持て!」


「俺は国民である以前に個人だ! 父ちゃんと母ちゃんに親孝行もしてない! 幼馴染のリミアに告白だってしてない! まだ死にたくない!」


「わがまま言うな!」


「わがまま言って何が悪い!」


「お、おい! 落ち着け二人とも!」


 言い合いを始めるグランとルーカス。

 それを楽しげに見るタウリア。

 そんな中、身動きの取れないマリア王女が張り裂けるような声で叫ぶ。


「わたくしのことは構わないでください!

 わたくしはレイン様がいなければとっくに死んでいました。誰も、わたくしが不治の病を克服するとは思っていませんでした。……お父様でさえ。

 今より以前に死んでいようが、いま死のうが、わたくしの結末は変わらないのです。だからわたくしのことは気になさらず、この犯罪者を討ち取ってください!」


 悲痛な叫びだった。

 まだ成人してもいない少女が自分の運命を悟っている。

 言い争っていた二人は黙り込む。こんなところで仲間割れをしたところで、無様を晒すだけだ。


「……グランさん、俺やっぱ死ねない」


「はぁ、なんだってこんな役目かな。おいぼれに穏やかな余生はねえのかよ」


 先程の動揺と打って変わって、二人は挑戦的な目でタウリアを睨む。

 怯えていたルーカスですらその目には確かな熱を宿していた。

 そんな彼らは視界に入れず、タウリアはマリア王女を冷めた目で見る。


「……そうか、お前も。稀有な縁だ」

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聖剣士はそれでも失墜しない―戦力外通告して追い出したアイツが最強になって帰ってきたので追放された― itsu @mutau

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