第70話 神に挑む者(三人称)

 次から次へと湧いてくる魔物を斬り伏せながら、レインは敵に対して一つの疑問を抱き始めていた。


(恐怖がないのか?)


 本能と暴力で生きている魔物とはいえ、目の前で他の魔物が殺されれば何らかの反応を見せるものだ。

 敵との実力差を見極めることも本能の一部。圧倒的な力で蹂躙するレインを前にしてでさえ、様子を見る素振りもなく襲いかかってくるのは不自然だ。


 何者かに操られているという線が濃厚だろうとレインは考える。

 聖剣士狩りと自称するアルテナから情報を聞き出す前に飛び出したものだから確証は得られないが。


(それは後でいい。今はこいつらを片付けることに集中するべきか)


 幸いなことに一体ごとの力はレインからして全く脅威にならない。

 通常の個体よりも強い気もするが、それは些事でしかなかった。

 レインは剣の一振りで数体の魔物を両断して回る。


(十分は豪語が過ぎたか?)


 終わりのない無双劇に興じながら、レインは僅かに苦笑する。

 天狗になったつもりはない。

 常に目標を掲げ、励み、警戒し、対策する。人はレインを英雄と称えるが、その彼もいまだ頂上へと続く階段の半ばにいるのだ。


 レインは懐かしい友の面影を思い起こす。

 風袋はいささか変わっていたが、レインは一目でわかった。

 クリス。同郷の友にしてかつて自身を追放した人物。


 クリスの逆追放はレインの意図したところではなかった。

 レインはただクリスに自分の実力を証明したかっただけなのだから。

 それは無力だった男のちっぽけな物語。始まりの火を灯したのは間違いなくクリスだ。


 クリスは自分自身の価値を教えてくれた。

 今の弱い自分に価値はないと、そう示した。

 だからこそ今、レインは最強の地位にいる。本人は認めていないが、周囲がレインを最強と呼ぶ。


 だからこそ、


(伝えなければ)


 この邂逅を無駄にはしないと、レインは誓う。

 これからの話をしなければいけない。

 聖剣士狩りは厄介だ。しかし敵は

 クリスの才能を誰よりも理解しているからこそ、レインは再び肩を並べる日を見据えている。


 斬る。

 斬る。

 卓越した膂力で以って、理不尽に斬る。

 なんの感触もない。腕を振れば煩わしい存在は消え失せる。

 こんな大群を相手にするのはレインも初めての体験だが、そろそろ飽きてくる頃合いだった。

 円形に斬撃を放って一息に百を超える魔物を真二つにする。視界が開けるが、すぐにも再び埋まり始める。


(ならばもっと広範囲に……)


 腰を落としてここで初めて力を込める。


「剣式戦技術:一刀――――」


 必殺の剣技を繰り出さんとする刹那、レインの背後に大地を揺るがすような轟音が響き渡る。


(新手か)


 レインは構えを解いて振り向く。


「忙しそうなところ失礼。邪魔者がジャマするぞ」


 立ち昇る砂塵の中からパキポキと指を鳴らして女性が姿を現す。

 東方の出立ち。武器の類は見受けられない。徒手空拳か。

 即座に情報を整理するレインは、目の前の女性を聖剣士狩りの一人と断定する。


「この魔物の群れはお前の力か?」


「開口一番にそれか? 答えたくないね」


「わかった。お前ではないな」


「ちょ、なんも言ってねーじゃん!」


「気配でわかる。お前は嘘が苦手なタイプだ。俺に問われ、とっさに隠そうとしただろう」


 レインに指摘され、ハッとした女性は顔をしかめて頭をかく。


「アンタよく嫌な奴って言われるだろ」


「……さあな」


「オーケーなんとなくわかった。アタシと同じタイプだ!」


 敵とは思えないほどの屈託のない笑顔。

 レインは一瞬固まるが、すぐに剣を女性に向ける。

 世間話に付き合っている暇はない。目の前の女性が自分の敵で、王都を脅かす悪であるのならば倒さなくてはいけない。


「いいね。それでいい。アンタは魔物を操ってるやつをどうにかしたい。アタシに構ってる暇はないって感じだ。でも、アタシはアンタと闘いたい」


「二人とも拘束すればいいだけだ」


「ハッ、簡単にやられるとでも?」


「俺は簡単には思わない。いつも思いがけずに終わる、ただそれだけのことだ」


「……最高だ。アタシの全力をアンタにぶつけたい!」


 狂騒な笑みを浮かべて武者振るいをする女性。

 口元から覗く八重歯が猛獣を思わせる。

 戦闘マニアという奴だろう。レインにとっては珍しい人種でもない。


 女性は大地を踏み締め、攻勢の構えを見せる。


「十三代目クウホウ、推して参る――ッ!」

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