第69話 最速の聖剣士
「これ、やばいな」
冷静に状況を分析して、導き出した答えを端的に口にした。
城から出て早々に詰みとは我ながら呆れる。
こんな時、オリアナが居てくれたら心強かった。彼女が後方で見守ってくれているだけで戦場の安心感には天地の差がある。
シオンの魔法も貴重だ。全属性を高い水準で扱える彼女がいれば、ベヒーモス変異種にも即座に相性で対処できただろう。
しかしいくら連れてこなかったことを後悔しても仕方ない。
城の護りをある程度堅めることは必要だ。俺とアルテナが出る代わりに、防衛に特化した二人を置いてきた。俺の選択は間違ってはいない。
俺とアルテナの二人でやるしかない。
他の連中もそうだ。
みんな自分の力でこの混乱を収めようと走り回っている。
俺は、俺の力で乗り越えなくちゃいけないんだ。
「グガアアア!!」
――来る!
ベヒーモスが頭を大きく振ると、角に帯電していた雷が空気を割くように放たれる。
俺に向かって一直線に伸びてくる電撃を紙一重で避ける。軌道を操れるわけではない。雷速とはいえ狙いが分かっていれば躱せないことはない。
横に跳びながら、横目でアルテナを見る。
黒光を放って魔物の注目を自身に集めているようだ。
自分からは動かず、飛びかかってくる魔物を斬って少しずつダメージを蓄積している。しかしその頭上から、アルテナを狙って急降下している鳥型の魔物す姿が見えた。
「アルテナ、上だ!」
「――――っ!」
上空を見上げるアルテナ。
だめだ。反応できるかわからない。
俺は地面に転がっていた石を手に取って魔物に向かって投げ込もうとするが、
「キィヤ!」
鳥型の魔物の断末魔。
アルテナに爪を突き立てる前に屋根から飛んできた人影に斬りつけられた。
魔物と一緒に落下する人影は、先ほど見た人物だった。
「ジェシカさん!」
「あ? ……なんだ、あんたらもいたのか」
双剣を握って振り返るジェシカは面倒くさそうに頭をかく。
「じゃあ向こう行くわ」
「あ、待ってください! できればご助力をお願いしたいです!」
「は?」
信じられんといった顔でアルテナを見るジェシカ。
「そっちの牛はわかるけど、そんな雑魚に二人もいらないだろ」
「すみません。守りながらでは、どうしても」
「言い訳すんなよ。たく、あんた聖剣士狩りなんだろ? 私が戦った奴なら欠伸しながら瞬殺してたぞ」
「……私が他の聖剣士狩りに実力で大きく劣っていることは認めます。なので、どうか手を貸していただけませんか」
見つめ合うジェシカとアルテナ。
ほんの数秒の出来事だったが、ジェシカは諦めたように息を吐く。
「じゃああんたは
双剣を構えると、ジェシカの足が光に包まれる。
なんだ、あれは。聖なる力?
ベヒーモスの攻撃を避けながらジェシカの動きに注視する。双剣ではなく両足に聖なる力を込めるなんて、そんなスタイルは初めて見る。
「ふ――!」
腰を低くして地を蹴ったジェシカ。
直後、俺は彼女の姿を見失う。
「はやっ!?」
フラッシュバックする黒い残像。
まるでリトアの『
ガッという擦過音がする方を見ると、ジェシカは魔物の懐に潜り込んでいた。
流れるような所作で魔物を斬るり、その俊足で次々に斬り伏せていく。全く無駄がない。
あっという間に低級の魔物を処理したジェシカは、鼻を鳴らしてアルテナを見る。
「ふん、弱いなら戦うな。足手纏いだ」
「すみません。でも、ありがとうございました」
アルテナが微笑んで返す。
こういうところがあるから天然なんだ。
案の定不意を突かれたジェシカは目を見開き、バツが悪そうにこちらから背を向けてしまう。
「……変なやつ」
そう吐き捨てると、屋根の上に飛び乗ってどこかへ行ってしまう。
無愛想だが悪い奴じゃなさそうだ。俺も内心で感謝する。
「ようやく目の前の敵に集中できるな」
幾度も攻撃を交わされて怒髪天な様子のベヒーモスを見据える。
そんなに怒らなくたって相手はしてやる。ただし、二人でな。
「アルテナ!」
「はい、クリスさん!」
アルテナと肩を並べて互いに剣身から光を放つ。
特別上級クラスの魔物は複数の上級冒険者パーティーか最上級冒険者パーティーが相手をするのがセオリーだ。
最上級の実力者二人でも理想の戦力には程遠いが、今回は状況が違う。俺たちは超がつくほどの火力馬鹿だ。相性で絡める必要なんて、ない。
「ガアアアアアアアッ!!」
極大の電撃が飛んでくる。
恐らくはベヒーモスの最大火力だろう。
「押し切るぞ!」
電撃だろうがなんだろうが関係ない。
俺たちは同時に光を放ち、真っ向から迎え撃つ。
僅かな拮抗。その後に電撃は霧散し、白と黒の光線がベヒーモスを飲み込む。
地面を直線に削り、ベヒーモスを起点に小さな爆発を引き起こす。
近くの建物が半壊するがそんなことを考慮している余裕はない。
白と黒の残滓が舞う中、煙の向こうに動く影を確認する。
まだ生きている。
俺だってリトアとの戦いで学習している。
油断はない。
冷静に、確実に、敵の息の根を止める!
ベヒーモスの動きに注意しつつ、アルテナと共に追い詰める。
「へし折ってやるよ!」
フラつきながらも、さらに雷を溜めているベヒーモスの角に最大出力で大剣をぶち当てる。
聖なる力と電撃が弾け、角から電撃が暴発した影響で仰反るベヒーモス。露わになった腹部にアルテナが斬り込む。
「グアアアアア!」
悲痛な絶叫。
舞い散る鮮血には目もくれず、飛び上がって大剣を振り下ろす。
「――終わりだ!」
聖なる力の浄化作用が傷口から弾け、ベヒーモスの身を焦がす。
しばらくのたうち回り、ベヒーモスはやがて地面に伏した。
「一人で無理なら二人で戦えばいい。そのためにパーティーを結成したんだろ?」
俺がそう言うと、アルテナは目を丸くする。
「……はい」
「だったらこれでいい。俺たちは、このままでいい。みんなで乗り越えよう」
「ありがとうございます、クリスさん」
一人で強くなっても意味がない。
俺は仲間と強くなりたい。
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