第68話 魔物狩り
アルテナと共に城を出ると、城門の前に人の群れが見えた。
王国の騎士が隊を成して叫ぶ人々を宥め、城の敷地に誘導している。
おそらく王都の混乱から逃れるためにやってきた一般人を安全な場所に避難させているのだろう。
「門は通れませんね。迂回して他の出口を探しますか?」
「ああ。そうだな……ん?」
その時、ふと視線の先に金色の髪が見えた。
『聖剣士』のジェシカだ。
俺たちの少し前に出たばかりだから、まだ城の敷地内にいたらしい。
ジェシカは波のような人の群れを眺めている。俺たちと同じように出口に困っているのだろうと思った俺は彼女に声をかける。
「おーい! そっちは無理そうだから――」
最後まで言い切る前に、ジェシカは人混みに向かって走り出した。
俺の声なんて聞こえちゃいないようだ。
どうするつもりかと見ていると、彼女は勢いよく跳躍する。
人々の頭上を飛び越え、門を足場に再び跳び、その先の建物の屋根に着地。何事もなかったように走り去る。
「……マジかよ。もしかして他の連中もああやったのか?」
「かもしれません」
力技もいいところだ。
とはいえ理には叶っている。こうしている今も魔物に襲われている人がいる。一秒でも早く現場に駆けつけなくてはいけない。
「俺たちもやるぞ」
「はい」
当然、経験はない。
王都の屋根を跳び回るようなことをしたら最悪しょっ引かれるからな。真面目に冒険者やってた俺はあんなアクロバティックな所業はできなかった。
だが、今はそうも言っていられない。ジェシカの動きを再現するだけの脚力はある。遅れを取らないようにやるしかない。
「いくぞ!」
アルテナと共に駆け出す。
人混みが眼前に迫ったあたりで同時にジャンプし、どうにか門に足をかける。
そしてそこから、
「さらに、跳ぶ!」
ジェシカのように軽々とはいかなかった。
レンガ造りの城門を砕きながらもジャンプに成功すると、そのまま建物の屋根に着地する。
激しい着地音と共に足場が抉れるが、どうにか人混みを抜けることができた。
「ふうー、結構いけるな」
「クリスさん、物を壊しすぎです」
「しょうがねえだろ。加減は苦手なんだよ」
破壊した部分は必要犠牲ということにして、俺たちは屋根を転々と跳び回って魔物の影を探す。
そこかしこから人の悲鳴が聞こえてくる。被害は王都全域に及んでいる可能性が高いだろう。
「クリスさん、あそこ!」
「ああ!」
広場に巨大な魔物を見つける。
筋骨隆々の身体。頭の角。鋭い牙の四足歩行獣。
「ベヒーモスか!」
ベヒーモスは上級の魔物だ。
魔物売店にいるような個体じゃない。
どこかの物好きが密かに飼育していたか、生体調査のために捕獲された個体が逃げ出したか。どちらにしてもさっさと仕留めなければ危険だ。
腰が抜けて動けない様子の男を噛み殺そうと大顎を開くベヒーモス。
俺は屋根から飛び降り、大剣に聖なる力を込める。
「先手必勝だ!」
ベヒーモスの頭頂部に大剣を振り下ろし、盛大な衝撃波が周囲に走る。
俺は勢いで吹っ飛ばされるが身体を捻ってなんとか地面に足を付ける。
「グァアアアアアアア!!」
額に大きな切り傷をつくったベヒーモスが激昂する。
「チッ、硬すぎだろ。どうなってやがる」
「祝福の効果です。普通のベヒーモスとは思わないでください」
男を衝撃から守っていたアルテナが言う。
祝福。上級の魔物を最上級レベルの硬度に変えてしまうのか。厄介にも程がある。
「それ以外にも何かあるか?」
「単純な肉体の強化。それと精神支配が及んでいるので、死ぬまで全力で動きます」
「なんだそのクソッタレな効果は!」
「おっしゃる通りクソッタレです。でも……」
何か言いかけるアルテナだが、ベヒーモスがこちらに向かって突進してきたことで聞き逃してしまう。
悠長に会話をしている余裕はなさそうだ。敵が死ぬまで全力で動くなら、こちらも最初から最後まで全力で力を解放するまで。
「肉体が強化されようが上級の魔物だ。最上級の個体に比べれば覇気が足りねえんだよ!」
角で俺を穿とうと突き上げてくるベヒーモスに対して、俺は大剣を振り上げて叩きつける。
「く、そ……!」
弾き飛ばして腹を狙うつもりだった。
しかしベヒーモスの膂力は俺とほぼ拮抗状態。角も折れない。
なんとか徐々に押し返し、顔面を蹴りつける。
「グアア!」
「鬱陶しいんだよ! ったく」
頭を振ってこちらを睨むベヒーモスに文句を吐き捨てる。
どうしてやろうかこの筋肉達磨。などと考えていると、別の通りから人が逃げ込んでくる。
「ひぃいい!」
「た、助けてくれ!」
複数の一般人だ。
その後ろからは低級の魔物が数体追いかけてきていた。
ベヒーモス一体でも面倒なのに、さらに小物が追加とは面倒だ。
「小物は私が!」
「いや、お前は一般人の保護を優先してくれ! 俺が潰す!」
「無理です。ただの低級ではありません!」
わかってる。
このままではジリ貧だ。
守りながら戦うというのは思いのほか難しい。
「どうする……」
渾身の一撃でベヒーモスを吹っ飛ばして、復帰してくる前に小物を全部片付けるか。低級の魔物であれば流石に一撃で屠れるはずだ。……いけるか?
「クリスさん!」
アルテナの声でハッとする。
気づけばベヒーモスの角から電撃が迸っている。
帯電か。上級以上の魔物は魔力を本能で操作する個体もいる。そういった個体は変異種と呼ばれ、調査対象として捕獲されるのだ。
「ベヒーモス変異種。特別上級クラスか。どおりで強いわけだ」
個体にもよるが、特別上級クラスの力の程は最上級に匹敵する。
それが祝福とやらで強化されているとなると、俺の不意打ちを受けてキレる程度で済んでいるのも頷ける。
俺はベヒーモスから目が離せない。
アルテナは一般人の盾になって低級の魔物と睨み合っている。
「これ、やばいな」
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