第67話 兎狩り(リトア)

「ウヒョー! すっげえなぁ!」


 王都外壁の上から地上を見下ろすクウホウが感嘆の声を上げた。

 私たちが眺める先には魔物の軍勢をたった一人で相手取る漆黒の剣士、レイン・マグヌス。


 それは戦いと呼べるものではなかった。

 ランシアの〝祝福〟を受けた魔物を相手に全く苦戦する様子もない。

 落ち葉を千切るように次々と魔物を斬り伏せる様は、まるで英雄譚の1ページのような感想を抱かせる。


「……タウリアの話を聞いていた時は半信半疑だったけれど、確かにあれは次元が違うわね」


 遠目でもわかる、圧倒的な力。

 速い。強い。巧い。

 人としての能力値を極めたのがなら、レイン・マグヌスは人間の能力値を投げ捨てた怪物だ。そもそもの土台が違う。


「って、なにみんなして感心してるのさ! ワタシの〝信徒〟がゴミのように転がされてるんだけど!

 こんなの十分も保たないよ! 王都への侵攻なんて考慮してたらあっという間に全滅しちゃう!」


「想定通りだ。王都への侵攻は単なるアピールに過ぎない。ランシアは全ての〝信徒〟をレイン・マグヌスに集中させてくれ……クウホウ」


「ん?」


 タウリアに呼ばれたクウホウは観戦をやめてこちらに向き直る。


「できるかい」


「無理だ。……なんて言ったらカッコ悪いよな。やってやるさ、この名に誓って」


 拳を突き出して不敵に笑うクウホウ。

 無双状態のレイン・マグヌスを見てわーぎゃー騒いでいたランシアがクウホウに駆け寄る。


「いやいやいや、どう考えても無理でしょ。クーちゃん死んじゃうよ?」


「どの口で誰を心配しているのかしら」


「トモダチを心配するのは当たり前じゃん!」


「友達? 面白い冗談ね」


「リトア、いいんだ。アタシが許した。背中刺されたって笑ってやるさ」


 眉間に皺が寄るのが自分でもわかる。

 私はランシアの一挙手一投足が不快でしかない。

 しかし確かに、これはクウホウの問題だ。どうせいつかは殺し合う間柄。ここで誰が脱落しようと、自分が生き残れば何だっていい。


「……ふん、好きにしなさい」


 私はそれだけ言って背を向ける。

 もう言葉はいらない。

 作戦の内容は頭に入っている。私の役割は狩人だ。

 ランシアとクウホウがレイン・マグヌスの足止め。その間にタウリアが用意した〝駒〟を使い、王都中を混乱させる。散り散りになった聖剣士を私とタウリアが各個撃破。

 とても控えめだけれど、確実な作戦だ。特に不満はない。


「作戦名は『兎狩り』だ」


「なんでもいいわよ作戦名なんて。それで〝駒〟っていうのは?」


「ランシアの力を利用するのさ。王都の結界は既に掌握してある。そこにランシアの〝福音〟を遠隔で発動させる術式を組み込めば……」


「待ちなさい。それってつまり」


「リトアが想像していることにはならないさ。これは私としても想定外だったけど、この計画を持ちかけた時にランシアが『やらない』と釘を刺してきたんだ」


 タウリアの言葉を聞いて、いまだにクウホウと言い合っているランシアに目を向ける。


「……信じるの?」


「まさか。好き勝手させないように制限をかけてある。万一にも暴走が起こることはない」


「そう」


「不安かい?」


「まさか」


 ランシアの力は凶悪だ。

 できれば今すぐに殺しておきたいくらいに。

 しかし今は『聖剣士』を抹殺することが最重要。

 なにより、私にはどうしても殺したい人間がいる。


 私は光を失った目を手で覆う。

 痛みはなくとも疼くのだ。身体が復讐を欲している。


「この作戦は最速最短で終わらせる。クウホウ、君には生命の危機に陥った時、自動で発動する転移魔法を施してある。一撃で殺されない限り死ぬことはないよ」


「マジか! だったら存分に暴れられるぜ!」


「これ死んじゃう流れじゃない!?」


 パシンと両手を合わせて意気込むクウホウ。


「ランシア、援護任せた!」


「……本当に行くの?」


「あったりまえ! あんな強敵そうそうお目にかかれないからな!」


 笑って答えたクウホウを見て流石に折れないと悟ったのか、ランシアが一つため息を吐いて笑う。


「わかったよ。本当に身勝手だよねえクーちゃんって」


「なにがあっても自分らしくがアタシのモットーなんでね。

 ……よっしゃ! 覚悟完了やる気満々! 30分は時間を稼ぐから後のことは頼んだぞ!」


 ゴッという音と共に地面を抉り、クウホウはレイン・マグヌスに向けて一直線に跳んでいった。


「馬鹿正直に……」


「『狂戦士』に小細工を要求しても仕方ないだろう。

 さて、我々も動くとしよう。どうあれ時間との勝負だ」


 そう言うとタウリアは両手に魔法陣を展開する。

 掌握した王都の結界を操作するつもりだろう。


「ランシア、よろしく」


「はいはい」


 ランシアが魔法陣に触れる。

 形成されていく歪な波紋が空気を揺らし、見えない力となって王都を包む。

 嫌な感覚だ。近くにいるからわかる。夥しい悪意が耳元で囁きかけてくるような、気色の悪い気分。


「さあ、狩りを始めよう」

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