第66話 王都の混乱

 空が暗転した。

 比喩ではない。

 舞踏会場の大窓の外から見えた青い空が一瞬にして夜空に変わった。


「うわあ! なんだこれ!」


「騒ぐな! いま明るくする!」


 椅子を倒す勢いで立ち上がるルーカスを諌め、爺さんが舞踏会場の全ての照明を点灯する。

 視界が復活すると同時にマリア王女が駆け足で大窓に向かう。俺たちも状況を確認するために後に続いて大窓の外を眺める。


「あれは……?」


 空を見上げると、王都を囲むような円形の巨大魔法陣が白黒に点滅し、歪な文字を形成している様子が見えた。


「……〝国守魔法陣〟が変質しています」


「〝国守魔法陣〟というのは、王国魔法士団の?」


「はい。立体観測、入国監視、魔法的防衛、などの魔法陣を重ねた王国の大結界です。魔物の大群を発見したのもこれのおかげなのですが……一体なにが」


『細工させてもらったんだ』


「っ! 何者ですか!」


 謎の声が舞踏会場に響き、マリア王女が叫ぶ。

 姿は見えない。

 まるで虚空からこちらに話しかけてきているような不気味な感覚だ。


『私は君たちの敵だ。それだけで察しはつくだろう?』


「聖剣士狩り!」


『その通り。

 さて、見ての通り王都は私の結界で掌握させてもらった。王国自慢の魔法使いどもは思ったより骨がなくて、正直がっかりしたよ』


 嘲るような嘆息が聞こえる。

 苛立った俺は空に向かって叫ぶ。


「てめえらなにが目的なんだ。『聖剣士』が標的じゃなかったのか!」


『もちろんそうだ。我々の大目的は『聖剣士』の抹殺。

 ただ思ったように事が運ばなくてね。色々頭を悩ませるのも面倒だから、いっそのこと今日ここで全員始末してしまおうと考えたわけだ』


「ふざけんな! そんな目的のためにここまでするかよ!」


『文句があるなら君たち全員ここで自害すればいい。そうすれば無関係の人間は救われるよ』


 めちゃくちゃなことを言いやがる。

 リトアといい、聖剣士狩りは思考が狂っている。

 話し合いにならない。俺たちが歯噛みしていると、マリア王女が口を出す。


「待ってください。あなた達は王都の結界を変質させてどうするおつもりですか。一般人はどうなっているのですか!」


『ああ、まずはこれを見せるのが先だったか』


 あっけらかんと答えたヤツは、先ほどまで俺たちが囲んでいた卓の上に半透明の球体を出現させる。

 俺たちが近づいて球体を覗くと、それは何かの光景を映し始める。


「これは……!」


 王都中で魔物が暴れまわっている様子だった。

 逃げ惑う一般人。それを守る冒険者。負傷者を手当てする医療協会の人間。


「どういうことだ。魔物はレインが食い止めているはずじゃ」


『王都にも魔物はいるだろう』


 王都に魔物……?

 そこで思い出す。先日アルテナたちと見た魔物売店のことを。

 店で販売されている魔物。飼われて家庭にいる魔物。その数を考えると、100や200では収まらないだろう。


『気をつけた方がいい。今のは凶暴だ。それはアルテナ、君が一番わかっているだろう?』


突然アルテナに向けて問いを投げる聖剣士狩り。

黙り込んでいたアルテナがゆっくりと口を開く。


「『魔女』ランシアの〝福音〟です。彼女に操られた魔物には祝福が施される。低級の魔物でも並の冒険者が相手をするのは厳しいでしょう」


『そうだ。この地獄絵図は残念ながら終わることはない。頼りのレイン・マグヌスは不在。ならばどうする?』


「どうする、だって?」


 常時穏やかな顔をしていたアーサーが表情に怒気を滲ませて聞き返した。

 それに対し、聖剣士狩りは楽しげに言う。


『決まっているだろう、救いたまえよ!

 君たちが本当に勇者候補としての器があるのかどうか、私に見せてくれ!』


「下衆が……」


 アイリーンが心底冷え切った声音でつぶやいた。

 全くもって同感だ。

 個人を殺すためにその他大勢を人質に取るなんて、発想が飛びすぎだ。

 アルテナが裏切った理由がわかった気がする。危険な思想とそれを敢行する行動力。なによりそれを実現できてしまう力が問題だ。

 こんな連中を野放しにしておくのは危険すぎる。


「行くぞクララ」


「うん」


「ちょ、どこに行くんだ!?」


 舞踏会場を出ようとするアイリーンとクララに声をかけるルーカス。

 足を止めて振り返った二人は、


「魔物を殲滅する。ヤツの思惑通りに動くのは癪だが、このままでは多くの犠牲者が出てしまう。それだけは避けなければいけない」


「みんなが笑えないのは嫌だからね。明日も笑えるように今日戦うんだ」


 それだけ言い残し、舞踏会場を出ていった。


「僕も行くよ。僕は僕の正義を貫くだけだ」


 アーサーが後に続いて歩き出す。


「いやでも……でもさ! たぶん罠だよこれ! あ、あんたもなんとか……」


「うるせえよビビリ。……べつに人助けとかどうでもいいけど、あいつムカつくから魔物瞬殺して一泡吹かせてやる」


 アーサーと、少し遅れてジェシカも出ていった。

 残されたのは俺のパーティーとルーカスと爺さんとマリア王女。


「わたくしもお父様に」


「いや、王女様はここでオレと待機していてください。万一なにか起きてからでは遅いので」


「しかし!」


「ここで心臓が潰されるような事があってはいけません。あなたは国の中心です。国民の安否を憂う気持ちはわかりますが、まずは自身の命を優先してください。

 それに、あなたのお父上は聡明だ。すでに手を打っているはずです。今は信じましょう」


「……はい」


 マリア王女を宥めた爺さんはこちらに目を向けてくる。


「ルーカスはオレと王女様の護衛! クリス、」


「わかってる。アルテナは俺と来てくれ。オリアナとシオンはここで万一の状況に備えていてくれ」


「くっ! まあ、仕方ないか。クリス、くれぐれも気をつけてくれ」


「この場は任せてください。せっかくもう一度パーティーに入れてもらえたんです。恥ずかしいところは見せられません」


「ああ。頼んだオリアナ、シオン」


 俺の手が及ばないところを信頼して任せられる。

 パーティーという存在の大きさを改めて痛感した。

 俺はアルテナに目を向ける。


「行くぞ」


「はい」


 さっさと終わらせる。

 レイン不在だからって、好き勝手させてたまるか。

 どこまでも『聖剣士』を舐めた連中に、俺たちの底力を見せてやる。

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