第65話 開幕の合図

「仮に聖剣士狩りだという話が本当だとして、その根拠はどこにある?」


 微妙な空気の中、レインが一番に口を開いた。

 アルテナはすでに答えを用意していたようで、間を置かずに返答する。


「私の力です。私は『魔剣士』という消因職業を保持しています。聖剣士狩りの職業に共通する闇の力……黒光を放つことができる。それが根拠です」


 アルテナが腰から剣を抜き、軽く空を薙ぐ。

 剣身は一瞬だけ闇を纏うと光の残滓が舞い散る。

 誰も見たことがない光景に、『聖剣士』の面々は目を見開く。


「……確かに、あの魔法使いの魔法は黒色を基調としていた」


 考え込む素振りを見せるレイン。

 漆黒の瞳から感情を読み取ることは難しいが、アルテナの話を頭から否定する気はないようだ。


「自身の正体を明かすメリットはなんだ?

 聖剣士狩りとは敵対していると言っていたが、なぜそのような状況に置かれている」


 眉間に皺を固め、アイリーンがアルテナを見つめる。

 回答次第では斬りかかってきてもおかしくない剣幕だ。


 俺は改めて周囲を見渡す。

 疑念。敵意。困惑。

 誰もいい顔はしていない。事情を知っている爺さんと目が合うが、一度頷いて意図を伝えてきた。とりあえず状況を静観するつもりらしい。


「彼女たちの望みはあまりに利己的で排他的です。私は、自分の望みのためには他者の命を奪ってもいい、なんて考えは許せません。だから敵対しました」


 あの日、俺に本心を明かした時と同じまっすぐな目でアルテナは答えた。


「口ではどうとでも言えるだろ。安易に信じて後ろから斬られるのは私は御免だね」


 失笑まじりにジェシカが突っ込んだ。

 それに便乗するようにルーカスが口を開く。


「悪いが、俺も同意見だ。アルテナさんには恩があるが、それが全部俺たちの警戒を解くための演技って可能性も否定できない。

 現に以前に冒険者ギルドを襲った聖剣士狩りは、新人冒険者に扮して襲ってきたんだろ?」


「それは……」


 アルテナが口籠る。

 リトアの一件で疑心暗鬼になるのもわかる。

 知らぬ間に懐を許していたら、という恐怖は俺も体験したばかりだ。


「まあ、話を聞くぐらいならいいんじゃない? どうせ情報も大してないんだしさ。アルテナちゃんが言ったように、嘘かどうかは聞いてから話し合って判断すればいいじゃん」


「クララ、お前は楽天がすぎる。もしも自分が身の危機に陥ったらどうする」


「アイリちゃんが助けてくれるでしょ。アイリちゃんは私が助けるし。いつものことじゃん。この話そこまで重要?」


 クララは首を傾げて言うが、顔に笑顔はなかった。

 第一印象とは異なる一面に面食らう俺だが、アイリーンはやれやれと溜息を吐く。どうやらいつものことらしい。


「合理的だ。猜疑心、恐怖、不安。今はもろもろ置いて、耳を傾けた方が得策でしょう。議長はどう判断しますか?」


 アーサーがレインに問う。


「同意だ。ここで騒ぐ必要はない。ただしアルテナ・アクアマリン、お前が持っている情報は全て吐いてもらう。場合によっては拘束することもあるが、構わないな」


「覚悟の上です」


「……そうか」


 迷いなく告げたアルテナに、レインは少しだけ言葉を遅らせた。

 なにを思ったのかはわからない。

 ただ、悪い反応ではないだろうと思う。これでもレインとは幼馴染だ。小さな機微をなんとなく察することはできる。


「では、さっそくだがお前が知る聖剣士狩りの情報を教えてくれ」


「はい。聖剣士狩りは私を含めて五人です。職業は『魔剣士』『黒騎士』『魔導士』『狂戦士』――」





――始めるよ。





「――失礼します!」


 その時、唐突に出入口の扉が開かれた。

 切羽詰まった声で入ってきたのは、刺繍の入ったローブを被る中年の男だった。

 王国の魔法士団だ。


「どうした」


「あ、あの! お、王都周辺、半径百メートル圏内にて、夥しい数の魔物の群れを確認しました!」


「なんだと?」


 全員が息を呑む。

 剣呑な空気を纏うレインが重い声で言葉を放つ。


「詳しく説明しろ」


「そ、それが詳しいことはなにも。ただ数千にも及ぶ魔物の軍団が王都に向けて侵攻しているところを確認しました!

 このままでは数分後にも魔物が王都に攻め込んできます!」


「なんじゃそりゃあ!?」


 爺さんが声を上げた。

 俺も同じ気持ちだ。

 あまりにも急だし、数千規模の魔物の群れなんて見たことも聞いたこともない。荒唐無稽も甚だしい。


「王国騎士団および魔法士団が緊急で応戦の準備をしていますが、予想される戦況は……!」


 苦虫を噛み潰したように報告する魔法士団員。

 どうやら相当な被害は免れそうにないらしい。

 話を聞くや否やレインは立ち上がって歩き出す。


「わかった。俺が出る」


「ほ、本当ですか! ありがとうございますレイン様! 流石は生きる英雄だ!」


「囃すな。お前たちは俺の取りこぼしに備えろ。グランさん、後のことは」


「わかってる。早く済ませろよ」


「レイン様! わたくしも!」


「姫はここに。十分で戻りますので」


 魔法士団員を連れて部屋を出ていくレイン。

 残された俺たちは顔を見合わせて沈黙するしかなかった。

 そんな中、アルテナが小さな声でつぶやく。


「最悪です」


「最悪?」


 なにが最悪なのか、アルテナに問う。

 アルテナはリトアと対峙した時よりも深刻な顔で言葉をつなぐ。


「彼女が動きました。あの災厄の――『魔女』」


 悲壮な表情で語るアルテナは、まるで親の敵を見るような目をしていた。

 過去に『魔女』という人物となにがあったのか。まるでわからない俺はただアルテナの横顔を見つめることしかできない。


 そしてレインが出ていって数分が経過した頃。


 空が暗転した。

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