色々、モノ々

影迷彩

──

どれを見ても感情は動かない。動かしたくない。




 灰色の埃で骨董品だらけのモノが色褪せ、色の全くない部屋。


 窓はカーテンで覆い、部屋は薄暗い。


 その真ん中で青年は、灰色の天井を見上げていた。


 青年の目は死んだ動物と同じで、虚空を見てるように瞳が空っぽだろう。ボケーっと、何もない空間をじっと見つめてるだけ。


 何もないままに時間が過ぎていく。今日も青年は死んだように動かない。




 青年の今の日常は、ウダウダと布団から起き上がり、そしてモノだらけのこの部屋で寝るだけ。


 モノの種類は千差万別。棚や茶碗などの家具、人気の出ている本、人形などの置物、値打ちモノの陶器、便利で話題の掃除機などの機材……どれもこれも、かつて衝動買いしたものばかりだ。


 青年は部屋を見渡す。することがないので、何となく首を回しただけだった。


 すっかり埃を被ったそれらは、かつて輝いてるように見えた色合いを無くしており、青年の目には灰色しか写っていない。




 掃除しよう。久しぶりに動こうという自意識が青年に芽生えた。部屋で身体を回すと、モノに当たり積み上がったそれらが崩れるのに気づいたからである。


 モノの下敷きになった青年は、自分を圧するものをどかし、モノ達を見渡した。


 全部捨ててもいいか、青年はそう思った。モノに対する愛着は、とうに消え失せていたからである。




 どれを見ても、そこにある思い出はつまらないのばかりだ。どれも無駄だったのだ。


 モノ達をひたすら後ろにどかし、あとは部屋の外に押し出すだけだ。全部押し出すだけの作業、いちいち考える必要がないからすぐ終わる。


 青年の目に、チラリと赤色の花が写った。青年は意識的にそれから目をそらした。あれは後回しだ。意識せず、青年はそう判断した。




 結局、青年にとってどれもいらないモノばかりであった。最低限生活に必要なモノだけを残し、それ以上不必要な数は捨てる。便利さはいらない、ちょっと手間が省くだけだ。


 そうして床に残った「必要なモノ」の中に、唯一色のついたモノに青年は目を向けた。


 それは押し花だった。乾燥し、色を永遠に残した、ドライフラワーというモノである。


 青年の色のない瞳にドライフラワーが写りこむ。それを一目にしただけで、青年の心に色が灯る。




 かつて大事に思っていた人からもらった唯一の品。この中で唯一、青年が外から与えられたモノ。




 その人とは、今は別れている。どうしてか分からなかった。


 どうしてか分からなかったから、青年は考えることを止め、感情を封じた。




 今、ドライフラワーによって青年の心には後悔が突き刺さり、今更になって悲しみがおとずれた。


 あの人とは別れたくなかった。あの人から尊敬されたいから、これだけ様々なモノを持っていることを常に自慢していた。




 青年はドライフラワーを持ち上げた。後ろに放らず、ただじっと見つめた。 


 これだけ悲しい気持ちを思い起こさすのに。もう忘れたい感情なのに。




 外から与えられたモノ。青年から、あの人に何か与えることは出来ていただろうか。


 どれも自分のモノ。あの人の為になり、あの人が何を求めるか考えたことはあるだろうか。




 あれこれ考えたあと、青年はドライフラワーを窓際に飾った。


 カーテンを開き、ドライフラワーが明るく見えるよう部屋に外の光を射し込ませる。 




 これは捨てられない。今は別れた、大事な人から貰った唯一の思い出だ。


 悲しみより前に、俺に嬉しいという暖かい思いを抱かせてくれたのだから。




 そういえば、後ろのモノは部屋から押し出すだけでは無駄だな。フリーマッケットにでも出そう。何か思い出になるものとして、誰か貰うかもしれない。


 青年はそう思い、久しぶりに外出の支度を始めた。




 

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