最終話 マッチ×ポンプ

 同じタイミングで一段落したなら、お見舞いにいくタイミングも被ってしまうはずだ。


 さらんさんとしては、まずはきらなと先輩が顔を合わせるべきだろうと思ったのだろう。

 だから譲った……らしい。

 しかし先輩の態度を見るに、きらなはまだ、先輩と顔を合わせてはいないようだ。


「とか言って、どうせレイジを優先させただけでしょ……っ」

「そういう側面もある」


「あ、言っちゃうんですか?」


 思わず口を挟んでしまった僕に、さらんさんが頷く。


「まさきにはもうばれているだろうさ」


「……いいですよ。分かってましたし。

 あたしは途中で脱落し、先輩の一番大変な時に傍にいられませんでした。

 あたしの代わりに先輩を支えてくれたのは、レイジ……なら、美味しい思いをするのは、当然の権利ですよ」


「拗ねないでよ、まさき。心配したのは本当だ」


 まだ体に包帯を巻いてはいるが、松葉杖を使うほどではなく、完治に近い。


 過剰に騒いでいたさらんさんの話とは違い、日常生活に支障をきたす後遺症は残っていないようで、ひとまず安心だ。


「まさきは全部を聞いたのかな?」

「……はい」


「なら、きらなのことも?」

「まあ、一応は。あの子も一緒に戦ってくれたってことは把握してます……」


「きらなのことは……どう思ってるんだい?」


 嫌いなのか、恨んでいるのか――そういうことを聞いたのだろう。


「あたしが悪いんですよ」


 でも、森下先輩はそう言った。


「あの子の闇を、聞いてあげられなかった。

 さらん先輩があたしの悩みを引っ張り出してくれたように、それで安心したように……あたしもあの子の信頼を取るべきだった……それができてこその、師弟関係ですから……。

 それを怠った、あたしの責任です。

 この怪我は、あたしに師としての自覚と実力が足らなかった……その結果ですよ」


 だから。


「きらなを、悪者に仕立て上げるつもりは、ありません」


 ふうん、と値踏みするような、さらんさんの視線。

 それは、森下先輩の背後に向けられていた。



「――だ、そうだよ。きらな?」



「ッッ」


 事務所の入口の陰に隠れているのだろうが、見えてしまっているアホ毛ツインテールは確かにきらなの特徴だった。

 身を隠した時の足音に、僕たちの視線が入口に向かう。


 ゆっくりと、きらなが顔を出し、僕たちの様子を窺った。


「なーにしてんのよ」

「ま、まさきせんせ……っ」


「先生、か……その先生相手に加減なく暴力を振るってくれたわよね? 

 ちゃんと反省しているのかしら? ……その顔だと、してるとは思うけどさ」


 きらなの背筋が伸びる。

 だけど顔は俯いたままだ。


「はい、あの、わた、し……」

「痛い」


 急に片手を押さえてうずくまる先輩に、僕たちの目が点になる。


「あんたに踏みつけられた古傷が痛くなった」

「え、えっ、ええっ!?」


「この腕だと荷物が運べないなー、ご飯も食べづらいなー……あたしが困ってるんだけどそこで立ったままでいるつもり?」


「は、はいっ! すぐに荷物を運んできますっ!」

「よろしくねー」


 と、手を振る先輩がきらなを見届けた。

 振っている手は、つい今、押さえていた方の手だ。


「ふふっ、謝らせない気だね?」


「あの子はあの子で、信念があって、あたしを病院送りにしたはずです。

 本当に容赦なく攻撃してきたならあたしも怒りますけど……あの時のあの子は、とても苦しそうでしたから。

 あの子自身で、自分のしたことを責め続けていますよ。

 ここでさらに追い詰めるようなことは言いません――さて、あの子のためにも、しばらくは使い潰してやろうっと」


 罪悪感を残さないように。

 これからも長く関係性を続けられるように、という、先輩の優しさだ。


「まさきは、寂しいのかもしれないね」

「寂しいって……どうしてですか?」


 さらんさんが僕の頬を指でつついた。


「以前みたいに、まさきに付きっきりとはいかないからね」

「……僕のせいで、ですか?」


「言い方が悪いね、君のせいじゃない。私が、君のために、時間を使いたいんだ」

「……僕も」



「あなたのために、この身を捧げます。僕が、そうしたいんですっ」

「なら、存分にそうするといいよ――」


 すると、さらんさんが「あっ」と声を出して額に手をやった。


「また……っ、いつもの癖で冷たい言い方に……」

「いや、そんなことは全然――」


「私も、レイジに甘えたいんだ……いいよ……ね?」


 ごくりと唾を飲む。

 さらんさんの年下にも思えるそういう口調は、破壊力が桁違いだった。


「も、もちろんっ、いつでも、どこでもっ、僕は空いてますからっっ!」

「うん、やったっ」


 さらんさんが僕の胸に飛び込んでくる。

 咄嗟に両手を広げて、爪で傷つけないように……。


 この手のせいで、彼女を押し返すこともできなかった。


「(まあ、いっか。このままさらんさんの好きなように――)」



 と。


 じぃっ、という視線が突き刺さる。



 同じ部屋には森下先輩ときらながいて……帰ってきた新山マネージャーも合流した。


「もしかして、これから『これ』を毎日見ることになる……んですかあ?」

「でしょうね。先輩、これまでの反動で歯止めが利かなさそうだし」

「自室でなら好きにしてくれて構わないけど、共同スペースでこれはねえ……」


 女性陣の視線に居心地が悪くなり、手の甲でさらんさんの背中を叩く。


「さらんさん、一旦っ、一旦離れましょうっ。後で好きなだけくっつきますからっ」


「やだ、いま」

「は、反動が凄まじい……っ、そしてギャップが……っ!」


 かつて女神と形容したけど、天使だったのか。

 さらんさんが可愛過ぎる。


 彼女の幼児退行したような反応に、僕は身動きが取れなかった。


 このさらんさんを見れるなら、女性陣に冷たい目で見られるくらい、どうってことない気がしてきた……。


 ゆっくりと、勝手に手が彼女を抱きしめようと――、


「レイジ」

「っ、まだっ、手は出してませんよ!?」


「そうじゃなくて。あんたが『支える』と言ったんだから、先輩の手綱はあんたが握るのよ。

 魔法少女の最大戦力であるさらん先輩が色恋沙汰で使い物にならなくなったら、責任は全部、あんたに乗るんだから」


 スイッチのオンオフ。

 さらんさんのことだからプライベートと仕事の切り替えくらいはできるとは思うが……恋は人を変えると言う。

 僕が変わったみたいに、あの完璧だったさらんさんも、変わるかもしれない。


 人間的には前進しても、魔法少女としては後退してしまうことも――ないとは言い切れない。

 その手綱を、僕が握っている……責任重大な役目だ。


「さらんさんが……もしも使いものにならなくなったら……?」

「責任を取って、君に魔法少女になってもらおうかしら」


 マネージャーさんの、冗談とも、そうでないとも取れる言葉。

 先輩が頷く。


「始祖返りの姿から戻れば……うん、充分、いけそうかも」

「いけないですっ! 男の僕があの衣装を着たらどこに需要があるんですかっ!」


「意外とあるんじゃない?」


 だとしたらこの世は腐ってるッッ!


「冗談よ。でも、さらんの態度次第では、冗談ではなくなるかもね――」


 視線を下げると、見上げてくるさらんさんと目が合った。

 彼女の表情が緩みまくっている。


 以前の、気を引き締めた大人の女性って感じがまったくない。

 …………ちょっとちょっと。


 あなたの働き次第で、僕の未来が変わってくるんですよ!?


「ずっとこうしていたいなー、うぅん、働きたくない……」

「ええ!? ちょっとっ、さらんさん!? 働いてくだ――」


「レイジが甘やかしてくれるって、言ったよね?」


 言ったけど、僕にだって限度がある。

 理由がある休息なら取るべきだけど、楽に縋ったサボタージュは許さない。


「働け、ばかっ!!」


 後悔はない……でも。

 さらんさんは、頼る人がいない方が、上手く機能するんじゃないか……?


 だけど、以前のさらんさんが正解だとは絶対に思わない。

 それだけは否定しなければならない。


 さらんさんの手綱を握り、

 そして、調教をするのが、僕に与えられた課題だとしたら。



 ……僕自身の手でさらんさんをこんな風に堕落させておきながら、

 それを、僕自身が矯正させる――なんて、まったく。



「最後の最後まで、とんだマッチポンプだよ」

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MATCH×POP‐マッチ×ポップ‐ 渡貫とゐち @josho

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