chapter/end 銀色の天使
第39話 二日後
『始祖返りの亜人は、継続的にマナを取り込まなければあの姿を維持できない、と?』
『そうですね、亜人に変化するにはマナが必要なのでしょう。
私も、姿こそ始祖返り……どころか、そもそも始祖そのものである私でも、魔法を使うにはマナが必要ですからね。
しかし、こっちの世界には日常的に補充できるマナがありません……ですが、マナの葉が徐々にこの世界にマナを溜めてしまっている……』
『マナの葉の見分け方など、あるのでしょうか』
『……正直、難しいですね。決まった形がありませんから。
ヒマワリであったりチューリップであったり、バラであったり……お花屋さんに紛れている可能性もあります。
店員さんが無作為に選んで作った花束の全てがマナの葉だった、なんて珍しくもないでしょう。それくらい、マナの葉は私たちの世界に合わせて姿を変え、繁殖していますから』
『では、マナの葉はかつては裏で取引されていた、と聞きましたが、今の時代ではそうする必要もないというわけですか』
『周りを見渡せば、近くにあってもおかしくはないでしょうね。
それに、マナの葉をマナの葉と認識できるのは亜人だけです。元々人間には縁遠いものですから、見分けるための特徴を、人間の目では見ることができません。
反面、亜人はマナを自然と取り込みますから、意図せずとも体が欲するものですし、マナを得れば目で見ることも可能になります』
『……今後、始祖返りをした亜人が町を襲うこともあると思いますが……、始祖のエルフさんはどういう対処を考えていますか、お聞かせ頂けますか?』
『マナの葉は当然、規制していきます。
始祖返りは世界のパワーバランスを崩してしまいますし、そもそも取り込み過ぎれば毒になる代物です。
マナを取り込む、と言い方をしましたが、マナに取り込まれているとも言えますから。
最悪、始祖返りを越えて目の前のものをただ壊すだけの獣になってしまうことも、多量のマナに耐え切れず、死に至る場合もあります……各家庭、マナの葉を押収……そして売人の特定、繁殖ルートの把握……無理難題ばかりが重なっていますが、できないとも言っていられません。
やらなければ日本という国が始祖返りの亜人たちに支配される未来しかありませんから』
『……亜人の尻拭いを亜人でする、ということですね?』
『そういうことです。今回ではっきりしたと思いますが、亜人を「亜人」とひとくくりに考えず、亜人にも二種類いる、と理解していただければと思います。
マナを取り込み、人間に復讐を考えている亜人もいれば、「彼女」のように、命を懸けてでも戦ってくれる亜人もいます。
亜人だから――で、私たちを最初から拒絶しないでください……それが私から、私たち亜人からの、お願いです――』
始祖のエルフが、深々と頭を下げた。
十秒以上経った後、彼女が頭を上げ、
『マナの葉を見分けられるのも、暴れる亜人を対処できるのも同じ亜人です。
これから、選ばれた亜人は国家転覆を企む組織――便宜上「亜人梯団」と呼びますが、彼らの確保に尽力します。
警察への捜査協力を惜しまず、自衛隊への戦闘参加、そして、みなさまの声に耳を傾け、可能な限り私たちの力をお貸しします』
『私たちは亜人ではなく、デミチャイルドです』
『復讐に取り憑かれた怪人ではなく、この国と人間が大好きな、魔法少女です』
『私たちは、みなさまの、味方ですっっ!!』
熱が入った始祖のエルフの演説に、
隣のアナウンサーが戸惑った様子で次のニュースを読み始めた。
テレビのチャンネルを変える。他の報道番組も似たような内容だ。
それもそうだろう、まだ事件から日が浅い。
マナの葉の騒動から、二日が経っていた。
「なんの相談もなく、こっちの気も知らないで大言壮語なことを言われてますけど……」
「でも、ああでも言わないと私たちの立場は悪くなる一方だろうね」
「それはそうですけど……、あの、にじり寄らないでくれますか?
なんのためにソファの端と端に座ってるか、理由は理解してますよね?」
「もちろん。君の姿が未だ始祖返りをしたままだから、だろう?」
二日、だ。
まあ、それ以上に右手がずっと始祖返りしていたのだから驚くことでもないけど……それにしても、生活しづらいことこの上ない。
力の加減が難しく、コップを持てば割ってしまうし、服を掴めば裂いてしまう。
食事の後は掃除が大変だし、着替えの後は服を何枚ダメにしたか数えていない。
右手だけでも苦しんだ不便な生活が、今度は全身にまで広がっている。
触るもの全てを傷つけてしまいそうな中で、さらんさんが暇さえあればこうして近づいてくるのだから、四六時中、気を張っていなければならない。
……ここ二日間、よりにもよってこの姿の僕に、さらんさんはなぜかべったりだった。
理由は分かっているけど……だとしてもここまで?
さらんさんは、どれだけ人恋しかったのか。
「君が頼っていいって言ったんだよ?」
「それは、そうですけど……困った時に頼ってほしいという意味で、常日頃から甘えてきてもいいというわけじゃ……」
「迷惑かい?」
「……そんなわけ、ないでしょ……っ」
僅かな変化だったけど、寂しげな表情をしたさらんさんを突き放せるわけもない。
「レイジは私に、『恋』をしているのだろう?」
「っ」
どうして知っている……っ、と戸惑ったけど、そう言えば勢いに任せて全部を吐露してしまったような気もする……。
「それとも、あの場で私を言いくるめるためだけの、偽りの言葉だったのかな?」
「ち、違います! 本音ですよ! 僕はっ、さらんさんのことが――っ」
ふと、これ以上、先は言えないと反射的に口が閉じた。
なぜなら、不機嫌さを一切隠す気がない『先輩』が、部屋に入ってきたからだ。
「あたしの退院に顔を見せないでなにをしているのかと思えば……へえ。
ふーん、そういう……、知らない間に随分と仲良くなってまあ……ほーん」
「あ、まさきじゃないか。退院おめでとう」
「はい、ありがとうございます……じゃなくてですね……」
森下先輩が僕を見た。
「……えっと、レイジ、よね? ぱっと見てそう思ったんだけど、もしかして別人?」
そっか、先輩とは、始祖返りをしてから会うのが初めてだ。
僕だって分からなくても無理はない。
「いえ、僕で合ってますよ。退院、おめでとうございます」
「そう……、言われてみれば、レイジね。
姿は前の面影もないけど、雰囲気は変わらずあんたのままだもの」
「そう……ですか?」
僕には分からない判断基準だ。
「で、あたしの退院の迎えにもこないで、二人でずっと乳繰り合っていたわけですか」
「迎えが必要なほど、子供でもないだろう?」
「っ、お、お見舞いも、きてくれませんでしたし……っ」
「すまないね、騒動中はもちろん、一段落した後も昨日なんか一日中拘束されていてね、やっと落ち着いたのが今日なんだ。
そしたら退院だってさとみが言うからね……忘れていたわけじゃないさ。
一応、彼女のために開けておいた側面もあるのだけどね」
彼女……もちろん、きらなのことだ。
先輩を病院送りにしたのは、きらななのだから。
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