第38話 決着/進展

「……あれ?」


 と、声を出したのはきらなだ。

 振り上げた拳の行き先が決まらず、ふらふらと迷わせた後、ゆっくりと下ろした。


「これ、レイジぱいせんの仕業ですか?」


 車体の下にいたのに、僕に気付いたみたいだ。

 他に動くものがなければ、気付いてもおかしくはないか。


「仕業って……僕が邪魔したみたいな言い方はやめてよ」


 確かに、具体的な作戦は伝えていなかったけどさ……正面から堂々と戦うよりは随分と楽な決着だとは思うけど……?


「そうですけどお。

 やっとエンジンがかかってきたと思ったところでお預けされると消化不良って感じで、気持ち悪いですよう」


「ついでに君も一緒に縛っておこうか?」


 僕の足下に集まる白いロープは、くねくねと蛇行するので大量の蛇に見える。

 そう、さらんさんが用意していたロープだ。


 車体の下に落ちていたそれらはマナ切れを起こしてただのロープになっていた。

 僕はそれに、あらためてマナを流して回っていただけ。


 マナを得たロープは、簡易的なものだが意思を持つ。

 彼らは命令に従い、近くの亜人を縛り上げる。


 マナを流した本人である僕は例外で、僕のマナの残滓ざんしを持つきらなも標的からはずれているけど、僕が命令すればたとえきらなでも縛り上げることは可能だ。


 マナを流したばかりなので頑丈だし、たとえきらなでも千切ることは難しい。

 ミノタウロスの力に耐えるロープだ。他の亜人に千切られることもないだろう。


 ――これが僕の作戦。


 戦わずに制圧する……さらんさんの置き土産を使った形だが、僕は元々、さらんさんの後を継いでこの舞台に立ったのだ。


 さらんさんがやり残したことを、僕が請け負うのは当たり前だ。


「そのロープにマナを流すために、わたしを囮に使ったんですね……そうならそうと最初に言ってくれればいいのに……」


「言う暇がなかったよ。それに、囮なんだから知らない方がより機能するじゃないか」


 ロープを気にして気が散ってるきらなから僕の作戦がばれる、なんて可能性は低いかもしれないけど、それでもゼロじゃない。


 ゼロではない以上、きらなには本気で亜人たちを制圧する気でいてもらわないと。


「まあ、いいじゃないか、こうして成功したんだしさ」

「……ですね。それで? 制圧しましたけど、これからどうするつもりですう?」


 手持ち無沙汰なのか、両手を広げてきらなが首を傾げる。


「僕たちは怪人役だ。

 中継のヘリも上を飛んだままだし、どこにカメラが潜んでいるか分からない。

 気を抜いて魔法少女と仲良くするわけにはいかないよ」


「? どういう……?」

「分からない? 今ここで魔法少女が駆けつけたら? 僕たちがやるべきことは?」


 答えは一つしかない。

 魔法少女と怪人、そして――カメラだ。


 カメラでなくとも、人の目があれば、おのずと道筋が決まってくる。


「僕ときらなと――さらんさんで」


 すると、車の陰から、銀髪の魔法少女が姿を見せた。



「僕たち三人で、今回の騒動に、決着をつけよう。


 これが今回の、台本ってことさ」



 マナの葉事件の解決は、僕たちの力では到底できない。

 大元の元凶一人、分かりやすいラスボスを倒せばそれで解決、なんて形をしていない。


 薄く引き延ばした生地のように、至るところが万遍なく敵の中枢だ。

 力で押し潰すやり方が正しいとも思えなかった。


 始祖のエルフが八十年かけて進めた社会復帰への道と同じく、

 亜人から人間への恨みも、その八十年で積もりに積もってしまっている。


 たった一言、二言で、相手を説得なんてできない。

 僕たちの言葉にそんな言霊が乗っているとは思わない――。


 だけど、

 人間と亜人の対立という構造を、


 魔法少女と怪人の対立に戻すことができれば、亜人の立場もいくらかマシになるはず。


 もちろん風当たりが以前よりも強くなるだろう。

 それでも、さらんさんや、町を守るために立ち上がってくれた魔法少女を支持する人は少なくともいるはずだ。


 彼女たちも人間を恨む亜人たちと同じ向こう側。

 亜人を全面的に忌避するのではなく、亜人にも二種類いるのだと意識してくれれば、それだけでも始祖のエルフの願いは前進していると言える。


「……言いたいことは色々あるけどね、でも今回ばかりは、レイジが正しい」


 と、さらんさん。


 ……褒めては、くれないようだ。

 褒めるべきところもあるけど、それ以上に僕は無茶をし過ぎた。

 正しいことをしても褒められない時は個人的な感情が邪魔をしている時だ。


 たぶん、僕とさらんさんの精神的な距離が遠ければ、よくやったね、と言われて終わりだったかもしれない。

 褒められても味気ない一言で、騒動の後始末に移る……だけど今の僕とさらんさんの距離なら、褒められはせず、よくやったね、とも言われず、でも、もっと踏み込んだ話ができる。


 騒動の後始末を終えても、僕たちの関係はこれで終わりとはならないし、きっと、もっと、距離が縮まってくれるだろうと思う。


「成功したからいいものを、もしも君になにかあったら……っ」

「さらんさん」


 カメラがある。あまり、こそこそと会話はできない。


「……ああ、そうだね、君は正しいんだ。

 正しいけど……っ、私に対してその答えが正解だとは思わないことだね」


 ……こわっ。

 声を荒げるような怒り方をしないのが、尚更だった。


 静かに、腹の内側にゆっくりとダメージが通っていく感覚……。


「乗ってあげるさ」


 さらんさんが薄く笑う。


「君の提案を、蹴るわけにはいかないからね」




 そして。


 騒動が一段落ついた後、

 各報道の一面を飾ったのは、魔法少女さらんの勇姿だった。

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